昔々 の巻
10


 さあて、ここでお立合いだ。
 目をつむって歯を食いしばり、天照は辛うじて下界へ手を伸ばす。
 風に落ちた杉の神木、その小枝を一本、拾い上げた。
 一本では心もとなかったが、二本も拾う根性がない。それを折って二つに分けた。
 伊邪那岐神と伊邪那美神がぬかるみをかきまぜた矛は、どちらかが持ったままだったが、モサモサ湧き出した塩は高天原にもまだ少し残っている。 島を作り海を作った生命の源だけに貴重な塩ではあったが、背に腹はかえられないと天照は遠慮なくつまんで、手折った枝へと振りかけた。
 すると別天津神のハイテクノロジーな力、「結び」の力は働いて、塩はたちまち肉へ姿を変えてゆく。棒切れをまとって盛り上がると、そこに手を、足を生やしていった。やがて毛が伸び、指が割れ、覆ってパリパリ皮が張ってゆく。
 果てに、男の 木偶(デク)は、形を結んだ。
 なら天照は御柱から (タマ)を分けて、木偶へふうと息を吹きかける。とたんそれまでのっぺらぼうだった木偶の顔にポツポツと二つの穴は開き、やがてそこからプウ、と息を吐き出した。上にずんぐり鼻は立ち上がってゆき、おっつけ窪んで眼は現れる。やがてそこに切れ目は入るとまぶたは作られ、ぱちりと両目を見開いた。たちまち元気そのもの、天照の手の中で手足をばたつかせ始める。
 離して、天照はそっと足元へ木偶を置いた。木偶は産まれたままの姿で、そんな天照の周りを駆け回り、まといつかせて天照はすかさず残りを手に取る。
 同じように塩を振った。
 肉が盛ったところで、おっと、と気づき手を止める。だいたい女男にすれば、どうにも後がややこしそうでならない。 対とはいえ癖で女を作りかけ、上に有るモノを下へチョンチョンとすげ替えた。出来上がった木偶へもふう、と息を吹きかける。足元に置けば同じくいてもたってもおれぬ様子で木偶は、走り出した。
 眺めて天照は木偶を呼び止める。が、それは話を始めようとした時だ。枝を折ったさいに飛んだ端くれらしい。欠片がまだ残っていることに気がついた。元が一本の杉の枝なら、足りない方も残された方もさぞ不憫だろう。それも拾い上げることにする。残ったわずかな塩をかき集め、天照はパッと端くれへ振りかけた。おっつけ魂を分け与えたなら、そこにことのほか小さな木偶もまた結ばる。
 その木偶も同じ場所へ放してやった。
 呼び止めて天照は手を叩く。
 その三つへと、声を上げた。
「さあさあ、木偶たちよ、よくお聞き」
 呼び掛けられて木偶たちは、走り回るのをやめるとポカンと天照を見上げる。
「これより、あなたたちに大事な使命を与えます。そのために分け与えた魂です。しっかりつとめるように」
 承知したと、木偶らはこくり、うなずき返した。
 前に、天照は指を一本、立てる。
「ひとつ、芦原の野に降り、三輪山に鎮まるはずだった神を探してまいりなさい。国を造り、まとめる大きな大きな力を持った神です。芦原の野を幾らも分け入れば、すぐにも目にとまることでしょう」
 そうして二本目の指を追加する。
「ふたつ、その神と出雲の国の大国主の間を取り持ち、神を三輪山に鎮めるよう大国主へ勧めなさい。ほら、出雲はこちら、三輪山はこちらです」
 足元の雲をかき分け、芦原の野を指示して教えた。なら木偶はのぞきこみ、また天照へうなずいた。
「と、下はあのような様子。途中、悪しき神、 (ケガ)れしものに出会うは必至でしょう。ならこれも国造りのひとつです。わが勅命を受けたそなたらです。その身を歩く社と定めます。互いに相談し、祓いが必要であると定まれば、鈴を三度、手を二拍、鳴らして祈請をなさい」
 天照は言ってそんな木偶らの頭を撫でる。すると木偶らの手に光は宿り、鳥居の印は浮かんでシュウと染みこんでいった。
「お前たちの体を作った『結び』の塩が尽きぬ限り、わたしの魂が穢れぬ限り、神請を受けた神はその鳥居から、塩と清水でカタチを結んで地へ舞い降り、悪しく穢れたものを祓い清めてくれるでしょう」
 そうして作り損ねた木偶にだけ、天照は指を鳴らす。音からぽうん、と鈴を仕込んだ剣は飛び出し、授けて天照はこれまた、木偶らへ言い含めた。
「ことがすんだなら、感謝の礼も忘れずに」
 聞いた木偶たちは剣を、手のひらを、眺めて目を輝かせる。やおら叩いて振ると、喜び勇んでまた天照の周りを飛んで駆け回った。
 まんざらでもなく見て、天照は口をすぼめる。
「では、名を授けなければなりませんね」
 指を、走る木偶の間へ巡らせていった。その先を、やがて最初に形を結んだ木偶へ定めてピタリ、止める。
「お前は、 叢雲(ムラクモ)のごとき、大きくたくましき男児になれ。名は雲太」
 唱えれば、やおら木偶の頬に切り込みは入り、にゅうと裂けて、そこに口は開いた。
「はい」
 返された声は低く、実に男らしい。
 すかさず天照は二番目の木偶を差した。名を与えかけてうーん、と詰る。なぜなら、もしかすると作り損ねたこの木偶は、何かと面倒を起こすやもしれない。勘ぐり逸らして、最後に成した小さな木偶へ指を差しかえた。
「お前が二番手です。間に入って和を取り持て。名は和二」
 同じく、名を授かった木偶の頬にパン、と口は開いて高い声はもれた。
「がってん!」
 そして最後、剣を携えた木偶を指さす。
「お前は、二つを支える百人力、万人力の力になれ。名は京三」
「心得ました」
 開いた口は小さく見えなかったが、確かと聞こえた声はそう言っていた。
 見回し、天照は再び手を打ち鳴らして呼び集める。
「さあさあ、お前たち。芦原中津国を放っておける時間はありません。早速、天浮橋を駆って国中之柱からオノコロ島へ滑りなさい。良い知らせが来ることを、首を長くして待っておりますよ」
 その音に天浮橋はひゅーっと滑り込み、木偶の体へ衣とささやかな荷はまといついた。急ごしらえのせいで少々ちぐはぐなうえ安っぽく見えたが、荷を抱えて帯を締めなおす木偶らの姿は、それでも頼もしく天照の目に映る。
 やがて乗り慣れない天浮橋へ木偶らは身を移すと、国中之柱へ向かい飛んだ。しがみつき、そこからするする滑り降りる。
 もちろん巨大な柱だ。一度、降りると、もう自力で上がることはかなわない。そうしてオノコロの地を踏みしめ、木偶らは、いや、雲太、和二、京三の三兄弟は、遥か海の方を見定めたのだった。
 目指すはその先、大日本豊秋津洲にある出雲国の大国主。
 求めるは、三輪の山に鎮まる予定の神だ。
 この星が出来た時からの約束事、別天津神もことさら望む美しく富める優しき豊かな国造りのため、昔々、そのまた昔の遠い昔、三兄弟の旅ははじまったのであった。


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