たまご の巻
17


 かまどの影に潜んでいた二人の子供らを呼び寄せる。並べば、和二が手をつなぐ子供が一番末っ子であることがわかった。
 母はその子を産んだ時、命を落としたらしい。それから父一人が、四人の子供ら育てることになったそうだが、その頃から菜も穀も思うようにとれなくなったのだと聞かされた。
 ここなら海は近い。魚を獲ることもひとつだ。だが田畑に尽くした父に船を用意することはできず、操る技も持ち合わせていなかった。ゆえに足りない分は山でみつくろうことにしたらしい。だが海に比べて山はずいぶん遠く、出向けば田畑を一日、二日、空けることとなり、世話を怠った田畑はなおのこと荒れ、果てに父は田畑を諦めたようすだった。
 その分、山の実りでしのいできたが、それはずいぶん暖かくなってからのことだと聞く。数日ぶりに山から帰った父は、最後の食い物を置いて横になると、それきり喋らなくなった。
 おそらくこの時もう、ミノオは父が死んだことを悟っていたように思われる。だがミノオに、信じてすませることはできなかった。なぜならミノオには父の投げた田畑を耕す力もなければ、山へ分け入り、四人分もの食い物を集めてくる知恵もない。そのことを誰よりもよく知るのは父だ。だのに勝手に去ってしまうなどと見捨てられたも同然であり、そのような仕打ちこそ父がするはずもない、とミノオは信じ続けたようだった。
 少し体を悪くしているだけだ。
 尽くせば必ず元気を取り戻す。
 そして自ら食い物を集めて回れぬミノオに出来る事と言えば、そんな父へ話しかけ、早く元気になるよう励ますことくらいであった。
 あいだ父が持ちかえった最後の食い物は底を尽き、ミノオらは浜の貝や、虫やら蛙を捕まえて食ったと言う。時には隣の畑から盗んで食いつないできたとも聞かされた。確かに土座にはかじった後のある大根が干からびて転がり、貝のカラが幾つか散らばっている。だが父が起き上がるようなことはなく、むしろ日に日にその形はほどけると、こうして雲太らが訪れるまでおぞましい姿を晒し続けることとなったようだった。 
 たとえ住まいとは言え、臭いもさることながらそれはもう生ける者がくつろげる場所ではなくなっている。京三は子供らを表へ連れ出し、そこへかまどを作ると、穀を分けて粥を炊いてやった。自分らの持ち合わせも限られていたなら薄い粥には違いなかったが、ミノオも下の兄弟もたちも、ものも言わずに最後の一滴までをすすり上げる。過ごしてきた日々のせいか、みな大人しく、よく手伝う子供らだった。
 雲太はミノオを打ったあと、何も言わず住まいを抜け出したまま戻っていない。だからして一段落ついた子供らの様子を見回し京三は、かまどを離れることにした。
 相変わらず緑ばかりだ。その中を、雲太の姿を探して歩く。
 ならやがてあぜをしばらく行ったところで京三の目に、投げ出された足はとまった。あぜの立ち上がりへ背を預ける雲太は、そこに寝転がっていた。ずっとそうしていたのだろう。青い空との間に手のひらをかざし、じいっと見つめている。
「ここにいましたか」
 声をかけた。
「手が痛い。ほかに言いようがあったものを、それほど強く打ってしまったようだ」
 目を逸らすことなく雲太は返し、そうしてようやく、ずらした手の向こうから京三を仰ぎ見た。そこにらしくない、皮肉めいた笑みを浮かべてみせる。
 さて足元は、どこからが田でどこからがあぜなのか区別がつかないほどだ。それでも見極め、京三はえい、とあぜから飛び降りた。草がザッと音を立てて折れ、虫が慌てふためき逃げ出してゆく。
「あの子に言ってきかせるには、それだけの力が必要でした。わたしにはとうてい……、足がすくんでしまっておりましたから」
 そうして雲太の隣へ腰を下ろした。辺りに生える草の背は高く、京三は中へ埋もれてしまったような気分になる。隣でそうか、と雲太はうなずき、見つめ続けた手を下ろしていった。頭の後ろへおさめて組む。その目を遠く空へ投げた。
「子らは、どうしておる?」
「はい、粥を炊いて分け与えました。ちょうど食べ終えたところです。今は、和二が相手を。子供は子供同士がよいようですよ。ミノオも和二となら話しておりますし。おかげで母もおらんということがわかりました」
 荒れた田畑を眺めて京三は、今しがたの様子を雲太へ教えた。
 聞いた雲太が答えるまで、しばらくの間はあく。
「……立ち去る前に、何とかしてやらんといかんな」
 言うは一言だったが、言い出すまでいくらかあったように、おそらくそれは容易ではない。
「ええ、あの骸も放っておくわけにはゆきません」
 答えて返す京三に、しかしながら戸惑いはなかった。そうして腰に挿していた剣を抜き取る、施された銀細工へと目をやった。
「四人も子を残して去ったとなれば、さぞ無念であったことでしょう。あのようでは 産土神(ウブスナガミ) に導かれ無事、穢れを祓えたのかどうかも甚だ心配です。さ迷い、 祟神(タタリガミウブスナガミ) にでもなってしまわぬうちに弔っておかねば」
 気を入れ替え、剣を袴の腰へ挿し戻す。思い出したように雲太へ目をやった。
「漕ぎ手の話、耳にしておいてよかったようです。わたしたちはそのために命を授かりましたが、何も知ってはおりませんでした」
 そんな雲太の目には、浜へ向かって流れる雲が映りこんでいる。
「嫌われた浜へ卵を生まねばならん亀も、可愛そうなものだな」
 京三へ振り返った。
「ともかく、今日は子らの体を拭って、明日、父の骸を弔おう。子らを頼めるか?」
 声の調子は変わり、断る理由などない、いつもの笑みを浮かべて京三はうなずき返す。
「はい」
 なら軽く吐き出した息と共に、雲太は頭の後ろにあった腕を振り上げた。寝そべっていたそこから身を起こす。引き寄せたヒザで草むらの中からひと思いと、立ち上がってみせた。
「わしはその間に足をのばして、預かってくれるところがないか探してくる」
 驚いた虫がそんな雲太の周りで跳ね回っている。
「ですが先ほどの様子が気になります。わたしたちの呼びかけには答えてくれませんでした」
 住まいへ向かう途中、見つけて雲太が手を振った人影のことだ。だが雲太に気にかけた様子はなかった。
「なに、見知らぬ人がうろついておるから、怪しんでおっただけのことやもしれん。大丈夫だ」
 笑い、あぜへ足をかける。ぽつりぽつり、遠くに並ぶ住まいをとらえなおした。
「ですが雲太」
 横顔を京三は呼び止める。
「万が一にもよばれた先で酒など出されたとして、口をつけぬように」
 おかげであぜへかけていた雲太の足も滑った。
「ゆ、油断もスキもない奴だな」
「は、どちらがですか。立ち寄った先々で裸踊りの噂など、残したくありませんから」
 と、その時であった。田から立ち上がった雲太の大きな体を目指し、影は走り来る。見れば和二だ。背には、手をつないでいたあの末っ子を負っていた。しかしながらいつもと変わらぬ早さで駆ける来る様子は、よほどのことがあったに違いない。示して声は、辿り着く前に張り上げられる。
「うんにい、けいにいっ! 大変だぞっ! 早くうちまで戻って来いっ!」
 思わず二人は顔を見合わせていた。


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