たまご の巻
18


「さんざん人様のものを盗んでおいて、自分らはとんといいモンを食っておるときたっ!」
 持ち上げたナベの中を覗き込み、言って男はぽい、とそれを投げ捨てる。ならその隣だ、また別の男が乾いた口を開いた。
「誰ぞ、お前らに、ようしてくれる人ができたんか?」
「お前らだけのうのうと食う気じゃあるまいの。だったら、わしらから盗んだ分を今すぐ返せ!」
 異なる声はさらにもうひとつ、上がる。肩をいからせた大人たちはまだ数人、粥の後片付けを進めていたミノオらを睨むとずらり、その後ろに立っていた。

 誰もは見るからに貧しく、満足に食っていないだろう身は痩せ細っている。そのため駆けずり回った衣は見るかげもなくほころび、なにより削げた面持ちの内側に宿る食い物への執念が剥き出しと、瞳の中でギラギラ光っていた。
 ミノオらは、そんな大人たちを前に、身を強張らせてひと塊となる。何も言えず立ち尽くすと、今にも襲いかかってきそうな大人たちから後じさっていった。

「こら、返さねえつもりなら、ひどい目に合わすぞ!」
 と、声に、かまどの隅でうずくまっていた子供の片われが泣き出す。火のついたような泣き声はたちまち大人たちのすきっ腹に響くと、なおさら気持ちを苛立たせた。

「ええい、うるさい餓鬼め!」
 泣いてすむかと手は伸び、胸ぐらをつかんで地面へ投げつけようとする。なら拒んでミノオがその腕へしがみついた。守って踏ん張ったなら様子に驚き、手を焼き大人はミノオを引きずり回す。たちまちもみ合い、と言ってもそれは一方的なもみ合いだが、になった。

 血相をかえて雲太らが駆け戻ってきたのは、まさにそのただなかだ。あぜを走りながら目にした光景に、これはいかんと雲太は声を上げる。
「まてぇーいッ」
 地を蹴る足へなおさら力を込め、双方の間へ問答無用でもぐりこんだ。早々に子供の胸ぐらをつかむ大人の手を切り払う。対峙して大にかまえ、雲太は言った。

「待たれいッ。子供相手に大人が大勢で、これはいったい何事だッ?」
 大人たちは風のように飛び込んできた雲太の動きもさながら、しっかり肉のついた頑丈そうな躯体に気圧されたらしい。すぐにも後じさると、見据えてそこでぐっと身を低くする。雲太の問いにはしかし答えず、しばし探るような目で睨みつけ息た。
 やがて口を開いたのは、中でも先頭に立つ男だ。
「うるさい、あんたらが餓鬼らの新しい親だなっ」
 その顔に見覚えがあったなら雲太は眉を寄せ、思い出して、かぶったまぶたを押し上げる。
「おぬしは、先ほど影から様子をうかがっておった者だな」
 間違いなかった。草の影からのぞいていた禿げ頭と、光に透けたほつれ毛がそのままだ。どうやら呼びかけに答えず去ったのは、こうしてほかを呼び集めるためだったらしい。
 そんな雲太の脇を、追いついた京三がかためて立った。大人たちへくまなく鋭い眼差しを向け牽制する。
 禿げ頭はそんな京三へもチラリと視線を投げると、そうだと言う代わりに、こう答えた。
「ハルカ彦のことで訪ねて来たと言いおったが、粥まで炊いて餓鬼を食わすというなら、お前らは今日から餓鬼らの親だ」
 その口から唾が飛ぶ。
「この餓鬼は、さんざんわしらの元から菜をくすねた盗人だ。親なら、その責任を取れ。盗人に食わす分があるのなら、わしらの菜を今すぐ返せ!」
 どうやらハルカ彦とはミノオの父の名であるらしい。続けさま、禿げ頭の周囲でそうだ、そうだ、の声は上がる。大きさに思わず雲太は怯み、見て取った京三が代わって口を開いた。

「粥は、この子らがあまりに腹を空かせていたため、わたしたちの分を分け与えたまで。わたしたちは旅の途中の身ゆえ、迫られたところで、分けて返すような菜など持ち合わせてはおりません」
 聞いて雲太も我に返る。
「そうだ。ミノオの親を訪ねて参ったのも、浜で亀の卵をあさっておるところを見かけてのこと。親のことで困っておると聞いたため、道すがら放っておけぬと思い立ち寄った。だが、人の物を盗ったことはいかん。わしがこの子らの親に代わって謝ろう」
 む、と口をつぐんで頭を下げた。
「二度とせんよう、言ってもきかせる」
 わかったな、とミノオへも目配せを送る。筋を通したなら、思うところをつけ加えて雲太はこうも言った。

「だが、この子らの親が亡くなったことはしっておったろう。だというのに、なぜ助けてやらなんだ。だからして畑の物を盗むようになったのではないのか? そちらにも因果の端はあるぞ。それをむげに子供ばかり責めるは、弱い者イジメだと思われるッ」
 すると大人たちは禿げ頭の周りで、いっせいに伸び上がる。

「強いも、弱いもあるか! もう、何年も思うように田畑は進まんと、誰もかれも、この辺りのもんはみな食うもんに困っとるわ!」
「よその面倒など見る余裕なんかねぇ!」
「だのにその餓鬼は自分の腹がすいたからと言って、ようやく出来た根の物も実も、小さいうちから取りくさって畑を荒らす。よけい、とれるものもとれんわ!」
「性悪な餓鬼じゃ! 懲らしめろ!」
「おかげで食えんと死んだ子もおるぞ! みんな、その餓鬼のせいだ!」
 切れ目のない言い分に、雲太は右へ左へ視線を飛ばし、きっかけにまた返せ、返せ、の声は合わさった。晒されミノオが歯を食いしばる。兄弟をつかんで引き寄せ、もう片方の手で頬を打ったばかりの雲太の袴さえ握った。
 気づき雲太が見下ろせば、見上げたミノオと目と目は合う。
 泣き止みそうになっていた子供が背で、甲高い大人の声にあてられると、また火がついたように泣きだしていた。その声につられて和二の背でも末っ子がむずかりだし、おさまりそうにない大人たちへ京三は両手を広げる。押し返しながら「落ち着くように」と、その声を張った。

 かこまれミノオはぼそり、こぼす。
「おいらが、悪い」
 伏せた目で、なおさらぎゅっと雲太の袴を握りしめた。そのとき確かに込められた力は雲太の衣を伝うと、ぞわぞわ体の中を駆け巡る。感じたからこそ雲太は、騒ぎ続ける大人たちへガバ、と顔を上げていた。吸い込んだ息にその胸は大きく膨らみ、雲太はこれまでにない大声を張り上げる。
「子らのせいではないぞッ」
 剣幕に、騒ぐ声はぴたりと止んでいた。京三までもが驚き、そこから振り返っている。
「ミノオの父が死んだのも、ミノオが盗みを働いたのも、そなたらが飢えて苦しんでおるのも、何もかも、食い物がとれんことが悪いのだッ」
 睨み付けて言い放ち、雲太は袴からミノオの手をほどいた。広げたままで止まっていた京三の手を押しのけ、大人たちへ歩み寄る。対峙して仁王立ちになると、並ぶ顔のひとつひとつを見回していった。

「わしらはこの国のため、国造りに励まれておるとある御仁へ会いに、護るべく魂を詣でに参る途中の者である。先ほども申した通り、だからして子らの過ちを埋めて分け与えるようなものは何も持ち合わせておらん。だが話を聞こう。聞いて御仁へ残らず伝えよう。出来ることがあるなら、ここで力にもなる。ただこのまま子を責めたところで、気は満たされても、そなたらの腹が膨れることはないぞッ。それとも、それが本望かッ」
 言い切り、かっと両眼を開いた。形相は余談を許さず、大人たちは怯んだことをきっかけに、落ち着きを取り戻してゆく。吟味して瞬きを繰り返し、振り上げていた拳を少しずつ引き戻していった。そこへ雲太は、たたみかける。
「そもそも言い分が本当であればおかしなことだ。なぜこれほどまでに緑は茂っておるのに田畑は成さん。わけが知りたい」
 よきところを突いたか、大人らの間からむむ、と唸る声は上った。やがて禿げ頭は雲太へ言う。

「しょせん口約束だろうて。だが聞きたいと言うなら聞かせてやる」
 まだ日は高く、雲太はミノオらを和二と京三へ預けた。和二と京三らはそのまま川へ身を拭いに向かうと、雲太は途中で道を分ける。大人たちの後につき、案内された住まいへともぐりこんだ。


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