たまご の巻
23


 大人たちの話では、それだけの人数が大手を振って歩けば、山賊は必ず現れるだろうということだった。歩きながら雲太は現れなければいいと念じる一方で、谷間の村で預かり先を探したところで縁もゆかりもない場所ならそれこそ難しいだろう、と考え気持ちを重くする。
 なら唐突に、それはヤブの中から飛び出していた。獣の皮をかぶった男は大、中、小、の三人だ。身を拭う前のミノオらのような顔で雲太らの前に立ち塞がると、獣の毛がこびりついたままの刃物や棒切れを突きつけ、持っている物は全ておいて行けと雲太らを脅した。
 すぐさま雲太は、くれてやるような物は持ち合わせていないことを説き、代わりに子供らをここに残すと絞り出す。その突拍子もない話に、しばし三人が顔を見合わせたことは言うまでもなかった。どうにか雲太らの言い分をのみこむと、ついに仲間を呼んで繁みの向こうへ野太い声を上げる。
「……お頭」
 片側にあった山肌には笹の葉が覆い茂っており、いつからかそこで目は、幾つも雲太らをのぞいていた。うちのひとつが斜面を蹴りつけ、雲太らの前へ躍り出る。
 同じく背に獣の皮を背負った、浅黒い小男だった。だが見るからに躯体はがっしりしており、肉付きも肌艶もいい。それだけで村の大人に比べれば食い物には不自由していないことがうかがえ、雲太はなおさら戸惑った。
「ほう、これは珍しい。人手はさらってでも欲しいところだ。それをわっぱを四人もくれてやると言うか。村の子だな。おうおう、頭もぼさぼさで、もうわしらのようだ。まあ、ちと小さいようだが、もらってやるにこしたことはない」
 すかさずシシシと笑って、お頭はミノオらを手招いた。
「ほら、ぼうっとしておらんと、こっちこ。色々教えてやるぞ。覚えたなら、うまいもんもたらふく食わしてやるぞ」
 見据えてミノオが、衣の裾をギュッと握りしめる。目じりにとらえた雲太の眉は、なおさらそこで詰まっていった。適当なことを言っておらぬな、とついぞ念を押す。
「盗賊になれば、こやつらをちゃんと食わせるな」
「なんだ、それとも荷をおいてゆくのか?」
 頭が、猫なで声を低くする。
「いいか、食わねば死ぬだろうが。死ねば働き手にならん。働き手が減れば、わしらも食えなくなる。子供はええ。わしらの入れん場所にも潜り込めるし、大人も油断するからな。そら、大事にするぞ」
 よほど子供らが欲しいらしい。言って聞かせ、またシシシと虫の食った歯を剥き出した。
 様子に朗らかさはなく、雲太は煮え切らぬ思いで頬を削ぐ。いかがわしさは下の子供らにも伝わるところとなったらしい。気づけばみな、ミノオへすり寄り小さくなっていた。
 と、そんなお頭をじっと見つめていたミノオが、雲太へふいと顔を上げる。
「大丈夫だ」
 言い切る声には芯があった。雲太は驚かされ、詰まっていた眉間を開く。それだけで問いかけられたように、ミノオはこうも答えてみせた。
「大きくなったら、ちゃんとおとうとおかあのおる畑へ戻る。ちゃんと戻るから、安心しろ」
 そうして向けた凛と輝く瞳と額で、力をたくわえ張った頬で、雲太を勇気づける。ままに小指を、雲太の前へ突き出した。
「約束、するぞ」
 雲太は動けず、しばし小指を見つめ続ける。やがて結んでいた唇の端を、解いていった。どうにか微笑んで、ミノオへとその身を屈めてゆく。
「そうだ、約束しろ」
 言った。顔と顔を突き合わせ、遅れてミノオの指へ自分の小指を絡める。
「お前にはおとうも、おかあもおる。そのうえよいか、わしには『結び』の力がある。だからしてわしと結んだ約束は絶対に破られんのだ。お前は必ず父と母のおる畑へ帰る。必ずだ」
 ひとつ、ふたつ、みっつ、指を振った。
 離せば、ミノオは深くうなずき、口を開いて言うべき言葉を見失った目をクルクル回した。気づいて雲太は大いに笑う。
「そうか、まだ言っておらんかったな。わしは雲太だ。あれが和二、あっちは京三だ」
 それは知っていると、ミノオが二人へ手を振った。雲太へありがとう、と添えて、その手で下の子供らを誘う。競争するぞと声をかけたなら、わーっと騒いでお頭の元まで駆け出していった。離されてはなるまいと下の子供らは懸命だ。満足そうに眺めるお頭をかすめ、後ろに立つ三人の元まで走り抜けていった。
 見知らぬ大人たちに囲まれても、ミノオに不安げな様子はない。ミノオが落ち着いていたなら、下の子供らもそれにならった。連れられ後ろ姿は三人と共に斜面を下り、やがて茂みの奥へと消えてゆく。
 見送るお頭は満足げだ。そうして雲太らへ向きなおった。ならその時、笑みも裏返ったようすだ。鋭い眼光が、すきなく雲太らを刺して睨んだ。
「これでお前らは見逃してやる」
 担いだ獣の皮を向ける。笹の葉影から見つめていた目が、それを合図に次第と茂みへ紛れていった。なら追いかけ消え去る間際、お頭は雲太らへこうも吐き捨てる。
「命拾いしたと思え」
 瞬間、雲太はかっ、と両目を見開いていた。茂みへ傾いだお頭の体は、今にも紛れて立ち去りそうだ。雲太は慌てふためき、その背を押し止める。
「待てッ、ならばおぬしらは、人の命も手にかけるということかッ」
「何を今さら。お前は荷を置いてゆけと言われて、それに従うのか?」
 言い返す言葉がない。
「子らもそのうち覚えることよ」
 残し、その小さな体はぽん、と跳ねた。藪に紛れて見えなくなるのに、それほど時間はかからない。
 置き去りにされて雲太は、唖然と立ち尽くした。
 目を覚まさせて何かは、やおら雲太の足へぶつかる。おずおず見下ろせば、そこに食らいついているのは和二であった。
「いかんぞ、うんにいっ! 人を殺してはいかんぞ。そんなことをさせてはいかんぞっ! それともミノオの母は、そう念じたのかっ? そう念じて、ミノオらを生んだのかっ?」
 ありったけの声で叫ぶと、掴んだ雲太の袴を揺さぶった。ちがう。雲太は答える代わりに、そんな和二を引き剥がす。ミノオらを追いかけるべく、目覚めたばかりの体を倒した。押し止めて京三の声は、そのとき雲太へ放たれる。
「どこへ行くのです、待ちなさいっ!」
 雲太が振り返れば、目は自ずと邪魔立てするなと語り、聞こえたからこそ京三は烈火のごとくまくしたてていた。
「連れ戻したとして、わたしたちがどこまでしてやれるのですか? どうにかなるのは最初のうちだけです。どうにもならなくなった時、また子らは見捨てられるのですかっ? それともわたしたちが授かった命を諦めるのですかっ?」
「だがわしは、人殺しに子を預けたぞッ」
 雲太もまた怒鳴り返す。浴びたところで京三は身じろぎもせず、そんな雲太を見据えて静かに首を振った。
「いいえ、あの子はいたしません。あなたとの約束を守ります。そのためにも決していたしません。『結び』の力が、父と母の魂がそうはさせません」
 ぐ、と雲太は下唇を噛んでいた。その渋面へ京三はなおも続ける。
「あなたはおっしゃったではないですか、子が悪いのではないと。穀のとれぬことが悪いのだと。あのような虫の大群、全ては国造りが滞り、芦原の野が乱れての天変地異。ならば魂を探し出し、大国主と引き合せ、お山に鎮めることが先決です。でなければもし再び子らが田畑へ戻ったとしても、穀がとれぬようでは一体どうなります。それこそ、どうするのですっ?」
 声は大きく、京三はそこで自らをなだめるようにひと息ついた。雲太へそっと口添える。
「わたしたちがあの子らにしてやれる、それが本当のことなのではありませんか?」
 雲太の目が、ミノオらの消えた茂みを睨みつけた。
「あのような子らをこれ以上増やさぬためにも、わたしたちは預けて先を急ぐべきです」
 言い切りそこで、京三は面を伏せる。
 なら堪えた怒りのままにだ。背にして雲太はぼん、と木立を叩きつけた。木立は揺れて、上から木葉は舞い落ちる。それははらはらと、こぼれ落ちる涙のような舞い方でもあった。


 それから三人は、日が落ちてからも月明かりを頼りに黙々と山道を歩き続けた。
 これだけ木切れがあるというのに、誰も粥を炊こうと言いださず、その日は登った木の上に身を引っかけ、何も言わず眠りにつく。
 闇にまぎれてまたどこか遠くで、烏がかあ、とだけ鳴いていた。

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