つかわしめ の巻
25


 辿れども山の奥へ奥へ延びる 千曲(チクマ)の道は、登ったかと思えば下りの繰り返しが続く難所といえた。そこに踏みしめ作った人の気配は残っていたが、里のあぜとはまるで違い石や木の根は突き出すと、雲太らの歩みをこれでもかと妨げる。
 その度に手を引き合い、越えてどうにか回りこんだ。片側が崖と切り立つ小道さえ、おっかなびっくりやり過ごす。おかげで道中、汗は絶えずにじみ、三人の息も弾んで止まなかった。
 だが覆う山の緑は深く静かだ。立ち止まってその静けさを吸い込めば、懐かしむ杉の小枝が体の芯でさわさわと音を立て、気は巡り始める。雲太らはそうして、またどうにか道を辿り始めるのだった。
 お頭が見逃してやると言ったとおり、道中、あれから山賊に出くわしていない。どこへ飛んで行ってしまったのか、鳩も見かけることはなかった。
 山へ入ってから三日目の日のもと、左右に登りと下りの山肌を置き、埋めてうっそうと茂る木立に囲われ三人は、和二を真ん中に歩く。口元からポリポリ音を鳴らし、手を交互に和二へと伸ばしていた。
「よく見れば、どことなくかわいい顔をしておったのですね」
 しみじみ言う京三の指先にあるのは、一匹のイナゴだ。眺めて京三はまたポイ、と口の中へ放り込む。むしゃむしゃ食う様に、もう毛嫌いするそぶりはない。
「食ってしまえば、姿かたちなど関係ない。腹にたまればなんでも大歓迎というものだ」
 雲太も言って、同じくイナゴを口へと投げ入れた。そう、ミノオ兄弟を食わせたせいで穀はあっという間に減ると、渡されたイナゴは雲太らの大事な食い物となっていたのである。
「おいら、イナゴが大好物になったぞ」
 おっつけ和二も抱えた包へ手を入れると、頬張った。
「まさかこの中に御器かぶりはまじっておらんだろうな?」
 などと、いまさらいぶかるのは雲太だ。
「そのような冗談、金輪際、よしてください」
 京三が投げて返せば和二からそのとき、声は上がっていた。
「お、ほんとだぞ。混じっていたぞっ!」
 やおらぶ、と京三が、食らっていたものを吹く。だが包みから抜き出した和二の手こそ、何も掴んではいなかった。
「嘘なのだ」
 キシシと笑って肩なんぞ、揺らす。たちまちその脳天へ、京三がグリグリヒジをねじ込んだ。様子に雲太は大笑いし、ぎゃあぎゃあ喚く和二へ京三の説教は甲高く始められる。
 と、和二を助けて手を差し伸べたのは、ほかでもない眩い光だ。思いがけず三人の足元に差しこむと、乾いた風さえさわわ吹き抜けていった。心地よさは格別で、不意を突かれた三人共はきょとん、とその顔を持ち上げる。
 ならゴキブリ騒ぎなど、どこへやらだ。
 それは目に入りきらぬほどと、そこに広がっていた。
「すっ、すごいぞっ!」
 和二がその目を輝かせる。
「これはまた……」
 京三もたまげてこぼした。
 雲太も見張った目を、ぱちくり瞬かせる。
「いつの間に、こんな高いところまで登っておったのか」
 それは、歩く山道の片側を埋めて生い茂っていた木立だ。うっそうとしていた茂みはそこだけぽっかり途切れると、真っ青な空をのぞかせていた。そんな空には雲が、手に取ることができそうなところでゆるゆると流れ、おかげで三人共は空へ舞いあがってしまったかのような心持ちにとらわれる。だからしておっかなびっくりだった。遠く眼下へ目を投げる。すっかり縮んだ村を、先には鏡のように広がる海を、かすんで浮かぶオノコロ島を、見た。
「うわぁっ!」
 京三の下から飛び出てしてゆく和二は、まるで吸い込まれてゆくかのようだ。切り立つ山道のきわまで走り寄ると、今にもそこから飛び立ちそうに爪先立ち、体ごとオノコロ島へ手を振ってみせる。
「おぉーいっ! おぉーいっ! おいらたちは、ここまで来たぞぉっ! 見えるかぁっ!」
 なるほど。旅はまだ始まったばかりであれば、いずかたへか消えた神はおろか、出雲にさえ辿り着いていない雲太らである。だが今にも見えなくなってしまいそうなオノコロ島は、雲太ですら国中之御柱を発ってずいぶん経ってしまったような気持ちにさせてならなかった。だからしてそれでは見えんだろう、と雲太は和二の体を高く抱え上げてやる。和二はきゃっきゃ、と騒いでなおさらイナゴの包を振り回し、こころゆくまでオノコロ島へ手を振り続けた。
「そら、おしまいだ」
 ひとしきりはしゃぎ終わったところで雲太は、その体を地面へ戻した。おかげで先ほどにもまして雲太の体から汗は噴き出し、拭って雲太は腰を伸ばす。ふと、京三が見当たらないことに気づき辺りを見回した。
 探していた京三の声はちょうどその時、雲太の背から投げこまれる。
「ちょうどいいではありませんか」
 振り返ったところ、山側の斜面だ。差していた剣を腰から抜くと、京三はそこに腰を下ろしていた。
「何しろ朝から歩き詰めです。眺めて、ここでひと休みでもいたしませんか?」
 言われて雲太もそうだった、と思い出す。
「何しろ食う飯がないからな。歩くしかほかに、することがない」
 笑って京三の元へ歩み寄り、雲太もまたその隣へあぐらをかいた。
なら腰の竹筒も取った京三の口ぶりは、まんざら冗談とも思えぬものとなる。
「おかげで道は進みましたが、無理をすると、すきっ腹がこたえて倒れかねません」
 道すがら汲んでおいた清水を竹筒から一口、含むと、雲太へも差し出した。
「明日にも越えんことには、まずいことになりそうだ」
 受け取り雲太もひと息入れることにする。水をあおり、改まったように京三へ向きなおった。
「お前の言うとおりだった。子らを連れていたなら、この山道は到底、無理だったろう」
 そこにおごる素振りはない。
「こらえていただき、心より感謝しております」
 京三は目を伏せ、笑って雲太も竹筒を返した。竹筒が京三の腰に提げなおされる。そこに和二も加わった。迷わず二人の間へ座ると、股ぐらへイナゴの包を置いて中をのぞきこんだ。
「お、もう、なくなるぞ」
 ならばなおのこと食っておかねばなるまい。言って包へ手を差し入れた和二に続き、雲太も思い出したように包へその手を伸ばす。
「うむ、これがなくなれば、あとはそれぞれ穀が一握りのみだ」
「明日でおしまいですね」
 への字に曲げた眉で京三も、イナゴを探った。
 ひとつ、ふたつ、みっつに、よっつ。景色をぼうっと眺めながら、三人してイナゴを食らいあう。
 あいだ時折、風は吹くと髪を揺らして汗を乾かし、耳に揺れる木の葉が何事かを囁いては遠ざかっていった。その囁きにチチチと小鳥が応えたなら、山道を辿るあいだ詰めていた三人の息も緩む。なら腹の減り具合はなおのことあからさまとなり、イナゴをつまむ手は止まらなくなっていた。
 さなかそう言えば、と話を切り出したのは京三だ。


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