つかわしめ の巻
26


「鳩のもののけがいたとか」
 話にそうだった、と雲太はヒザを打ちつける。
「火の粉を吹いてミノオの住まいを焼いた。獅子が食らいついておっただけに、あれは……」
 が、そこで雲太の話は止まっていた。
「あれ、とは何なのですか?」
 急かして京三は聞き返す。だがしかし、言った京三の顔ももそこでおや、と曇った。和二もしかりだ。むむ、と口をつぐんでみせる。ままに三人は、眺めていた景色から一斉に視線を引き戻した。まず互いを見て取り、その目を和二の股ぐらへ落とす。ならば怪しんだ通りだ。いつのまにやらイナゴの包は失せると、互いの手はそこで互いを掴nんで絡まり合っていた。
「おっ、おいらの、イナゴがなくなってるぞっ!」
 たまげた和二が、尻で後じさる。
「まだ残っておったではないかッ」
 大事な最後の食い物だ。雲太の声も大きくなった。
「い、一体、包をどこへやってしまったのですかっ?」
 京三もまたうろたえる。
 と三人の視線は、またもやひと思いと持ち上がった。ほかに誰がいるわけでもない山の中だ。そうして言わぬが探るは、互いの腹に違いない。視線はたちまちじりり、宙でぶつかり、押して押されて、睨んで睨まれ、ぐぐっ、と三つの顔を寄せ合った。それ以上、近づけぬところまで突き合わせたなら、雲太がついに口火を切る。
「さては京三、嫌いだ嫌いだと言うておきながら、お前が包を隠したな」
「何をおっしゃいますか、わたしはそんないやしいことはいたしません。言うあなたこそ、怪しいのではないですか?」
 返す京三は落ち着いたものだ。
 と和二が、そのときはっ、と息をのんで飛び上がった。振り上げた指をすぐさま雲太へ突きつけ言う。
「そうだぞっ! うんにいは体が大きいぞ。だから一番、腹がすくぞ。怪しいのはうんにいだっ! 隠して、あとでこっそり食うつもりだぞっ!」
 雲太の眉が跳ね上がったことはいうまでもない。
「なっ、何をぬかすッ。わしは兄だぞ、そんな卑怯なことは断じて、せんッ」
 歯を剥き出し、巡る思いにはた、と荒げた息をおさめてみせた。
「いや、怪しいのはお前の方ではないか」
 和二へ目を寄せる。
「だいたい股に抱えておったのであろう。なくして気づかぬとは合点がゆかぬ。上手く隠せたと思っておっても、この兄の目だけはごまかせんぞ」
 そうしてニンマリ笑えば白い歯は怪しげと光り、重ねてずい、と雲太は和二へ手を突き出した。
「さあ、和二、お前が隠したな。今すぐイナゴの包を返せッ」
 それはずいぶん筋の通った言い分である。聞き入り京三もうなずき返した。
「そういうことだったのですね、和二。さあ、今なら許してあげますよ。早くこちらへ戻しなさい」
 などと和二の前に並んだ面持ちはことのほか真剣だ。たじろぎ和二は身震いした。その力を借りてどうにか千切れんばかりに首を振る。
「おっ、おいらは違うやいっ! うんにいと、けいにいは、そうやっておいらを悪者にする気なんだぞっ! きっと二人だ、二人がおいらからイナゴを取り上げたんだぞぉっ!」
「な、なにをおっしゃいますか。断じて違いますっ!」
「そうだ、わしではないぞッ」
 言い放つ二人の脳天で毛は逆立った。
「おいらだって違うやいっ!」
 おかげでガチリ、視線は噛み合う。逸らすことなく互いはまたもや、睨み合った。やおらぱん、と張り詰めた糸の切れる音はして、お前だ、いや、そちらです。ずるい。ずるくない。浜の村でもそうだったが、食い物の恨みはまこと恐ろしい。たちまち取っ組み合いのケンカとなった。
 上になり下になり。くんずほぐれつ。山道に砂埃が立つ。なら押し止める者などいないその先で、立ち尽くしていた猪だけがふい、と振り返っていた。
 あろうことかその口に、イナゴの包はくわえられている。
 目にしたとたん、三人のケンカはピタリ、止んでいた。
「ああっ!」
 京三の髪を掴んで和二が指さし、掴まれ、雲太へ馬乗りになって京三も目を丸くする。
「し、猪ではないですかっ!」
「そやつの仕業であったかッ」
 そんな京三の下で雲太も吠えた。
 だからと言って、聞き遂げた猪にどういう様子はない。ただぷい、と前へ向きなおる。ヒヅメの音も軽快に、それきりくねる山道の向こうへ走り去っていった。
「こっ、これっ。どこへ行きますっ?」
 無論、三人の腹具合こそ、見過ごしていいようなものではない。
「待たぬかッ、猪めッ」
「おっ、おいらのイナゴぉっ!」
 弾かれたちまち飛び起きる。猪を追いかけ駆け出した。


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