つかわしめ の巻
28


 聞かされ雲太と和二は、たちまちええっ、と声を上げていた。当然である。あの剣には大事な鈴がおさめられており、なければ祓いも行えない。分かっているからこそ京三も背をポッキリ折ると、地につくほど頭を下げていた。
「申し訳ありませんっ! 猪を追うなど思いもよらず、休むおり、身から離しておりましたっ!」
「言ったところですむような話ではないぞ、京三……」
 見つめる雲太の頬も歪む。なおのこと京三は顔を上げず、見かねて和二がそうっ、と雲太の袂を引いた。
「けど、うんにい、本当にここなのか? おいらたちは間違っていないか? おいらが手を振ったオノコロ島は見えないぞ。ぜんぶ山だぞ。剣は、ほかの場所にあるのではないか?」
 だが道に残るケンカの跡は雲太の目にも止まっており、間違いのないことは分かっている。ただし景色が消えてなくなったことだけはどうにも腑に落ちず、答えかねて雲太は茂る木立へ肩を切り返した。歩み寄り、生い茂る木立へ手をかける。そこから身を乗り出すと、奥へぐぐっと目を細めた。だがいくら辺りを見渡したところで、そこは濃い緑に覆われたきりだ。村はおろか海すら見えず、足元は転げ落ちそうな下り坂がうっそうと木立を生やしていた。
「……もしや」
 と、音はコンカン、響きわたる。
 呟いた雲太は、茂みの中で振り返っていた。何しろそれは鳥の鳴き声でもなければ、木の葉のすれる音でもない。よもや人が現れたのかと思い、慌てて山道へ身を引き戻す。そのうちにも音はまたコン、カン、コンコン、鳴り響き、頼りに雲太は人影を探した。いや違うと、アゴを上げる。頭の上は登りの山肌から張り出した枝に覆われ、浴びた日の光に重なる葉が透けて見えていた。狭間にあの音はまたカン、コン響く。
 間違いない。
 探す三人の体は揺れ、すぐ近くだ、ばさばさと翼のはためく音はした。
 はっと息をのみ三人共が振り返る。目に散りゆく木の葉は映り込み、混じって黒い影は、混み合う枝の中を過った。おっつけかあ、かあ、と声は降る。
 烏だ。
 葉影で黒いが翼が空を切っていた。だが混み入る枝に、烏の翼はぶつかる。また葉は散って烏はかあかあ鳴き、穏やかといえぬ様子に引きつけらて目を凝らした三人はあ、と息をのんだ。
 烏は、宙に浮かんだ光り物のまわりを飛んでいる。
 その光り物こそが剣であり、掴んだ鳩が持ち去ろうと飛んでいた。しかし重すぎるらしい。烏にたかられているせいもあるだろう。うまく飛べず、茂る枝に剣はぶかっている。そこからカン、コン、音は鳴っていた。
「そんなっ!」
 京三が叫ぶ。
「鳩?」
 雲太はいぶかり、そのとき鳩はぐ、と喉を詰めた。嘴から、赤い火の粉を吐き出す。
「そうだッ。あれは獅子が食らいついておった鳩だぞッ」
 言ううちにも火の粉は、ぽ、と烏の翼へ乗った。煙はそこから細く立ち上ると、烏が絡めんばかりに翼をはためかせる。飛んでいるのか落ちているのか、七転八倒だ。濃くなる煙を引きずり烏は、鳴きわめくまま空の彼方へ飛び去っていった。
 見て取った京三の眉も吊り上がる。
「あれが、あの鳩が、なのですかっ?」
 烏を追い払った鳩は、落ち着きを取り戻した様子だ。剣の重みに翼を鳴らし、ゆう、と雲太らの頭をまたいで飛んでゆく。
「火の粉を吐く鳩など、ほかにおるまいッ」
 目で追い雲太は京三へ返した。
「だとして、なぜわたしの剣をっ?」
 京三は問いかけ、雲太はギリリ、奥歯を鳴らす。
「お前たちは寝ておったから知らぬだろうが、蛇はわしを鳥居と知って、この手を食らおうとした。どうも芦原の野の荒魂は、この身のゆえんを知っておるようす。こたびは景色を見せ、よっては猪を駆り、剣を奪って祓いをできぬよう企んだッ」
 言ううちにも重なる葉影をぬって鳩は、山を奥へ飛び去ってゆく。
「まさか……」
 京三は信じられぬ様子でこぼし、雲太はそんな鳩へ目を細めた。どうやら鳩は剣の重みに、これ以上高く舞い上がれない様子だ。だからして山を越えることはできず、茂みを割いて伸びる道の上ばかりを飛んでいる。
 これならどうにかなるやも知れない。
 ふん、と雲太は鼻を鳴らした。肩をいからせ、履物の鼻緒へ指のまたを食い込ませる。鳩を睨み、よいか、と和二と京三へ声を張った。
「鳩に剣は重過ぎる。羽を休める所まで追いかけ、なんとしても剣だけは取り戻すぞッ」
 我を取り戻した京三が、握ったままのイナゴの包を懐へねじ込み答える。
「も、もちろんですっ!」
 間髪入れず雲太は駆け出し、その背を京三が滑るように追いかけた。遅れまじと和二もまた、飛び跳ね転がり走り出す。
 三人を引き連れ鳩は、吹く風に身を浮き上がらせると空を飛んだ。かと思えば滑ってくだり、また翼をはためかせては舞い上がるを繰り返す。山道は右へ行き左へくねり続け、引き離されまいと三人は走りに走った。などと、食っていない体が鈍るのは早く、そのうちにも息は切れ、喘ぐ声がもれ始める。だが疲れは過ぎた荷を提げ飛ぶ鳩も同じ様子だ。雲太らの足がもつれるほどに鳩も元気をなくすと、やがて低い所を飛び始める。ついに手を伸ばせば届きそうなところに剣がぶら下がったなら、狙って雲太は飛び上がった。だがまるで見えているかのようだ。フワリ、鳩はかわしてみせる。掴み損ねて雲太はつんのめり、がくん、体は鳩から退いた。
「むぅ、無念ッ」
 だが心配には及ばない。するりかわして追い抜いたのは京三だ。
「任せてくださいっ!」
 言って並んで走る和二へ視線を投げた。その袴へ腕を伸ばす。掴んだかどうかというところで和二が、えい、と宙へ伸び上がった。すかさずその体を京三が、押し出し鳩へと投げ上げる。小さな体は雲太が飛び上がった時よりも高く舞い上がり、驚いた鳩が初めてそこから振り返った。そのとき翼はおろそかとなり、のがさず和二は剣へ食らいつく。
「取ったぁっ!」
 掴んで離さぬ鳩もろとも、どうっと地面へ転がり落ちた。抜けた鳩の羽が舞い上がり、払って和二は両手足を剣へ絡める。二度とさらわれぬよう小さく丸まったなら、起き上がった鳩がそんな和二の頭を、背を、突っつきまわった。和二はいたたた、と声を上げ、駆けつけ京三は声を上げる。
「和二っ、剣をこちらへ投げなさいっ!」
「けいにいっ!」
 和二が、腹からえいっ、と剣を投げた。剣はみごと、京三の胸へすっぽり収まり、見て取った鳩が振り返る。和二から離れると、たちまち京三へまとわりついた。懲りず突っつきき羽を打ちつけ、剣を渡せと京三へ迫る。
 様子に、身を起こした和二がその名を呼んだ。
 ようやく追いついた雲太も声を上げる。
 前で鳩は、京三を見定めるとその喉を、ぐ、と喉を詰めた。
 いかん、と目を見張ったのは雲太だ。
 察した京三もまた顔を上げる。
 めがけて鳩は、ぽ、と火の粉を吹き出した。


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