くしみたま の巻
35


「村に働き手がおらん、と?」
 合わせた顔を向けなおし、雲太は問うた。京三も腑に落ちぬらしい、そんな村があるのかと確かめる。
「それは、つまり、男衆がおらんということなのですか?」
 タカは答えずうつむいてしまい、大きなため息をついたクメが、吐き出した息の分だけ縮んでしまったようにな身を揺すって二人に答えた。
「はぁ、この村にはわしのような年寄りか、女、子供しかおらんのです」
「なんと」
「そんなことがあるのですか?」
「さては戦だな。おいらだって知ってるぞ」
 和二がむむむ、と唸り声を上げる。だがクメは横に首を振っていた。告げられたわけは、誰をも驚かせる。
「いえいえ、龍ですな。龍が村を襲い、穀と菜を毟ったせいですなぁ。今では浜の村で穀と菜をことごとく毟っておると噂に聞きますが、龍は最初、この村にいついておりましてな。おかげ穀も菜もとれんようになってしまい、食うために働き手はあちらの山向う、大きな村に立つ市へ出ていってしまいました」
 雲太らが向かうべき山を示して、肩を落とした。
「そ、そうであったのか……」
「それはそれは、むごいことになっておったのですね……」
 雲太はあっけに取られて呟き、京三もまた眉をへこませる。うつむいて話を聞いていたいたタカはとうとう、抱えていた物を置いて座り込んでしまっていた。チラリ目をやったクメが、まだ先はあると雲太らへ話を続ける。
「おかげでわしらは食いつなぐことができましたが、龍が浜へ去り、ようやく田畑が興せるようになった時にはもう、噂でしょうなぁ、ここは誰も寄りつかん村になってしまいまして。いや、ほかの村人だけではのうて、ついに働き手さえ戻って来んように……」
 とたんすくっと立ち上がってみせたのは、タカだ。
「違うわ、おとうさん。こうして山の向こうから人が来たのよ。もうすぐよ、もうすぐみんなも帰ってくる。シソウだって帰ってくるわっ! そうすれば、また畑も田んぼも耕してくれるっ! だってみんな、シソウのうねだものっ!」
 両の拳を握りしめ、声の限りに言い放った。その横顔に野花の面影はなく、まっすぐ伸びる竹の勢いだけが際立つ。曲げればしなって跳ね返す激しさは、雲太らの目にさえ強く焼きついた。
 だが勢いは続かない。寄せた眉の下で両目はたちまちくぼんでゆくと、埋めて不安が色濃く漂った。かすれるような声が、やがて雲太らの耳にまといつく。
「……勝手によその人が畑を触ったら、それこそ帰って来なくなっちゃうかもしれない」
 伏せられた面が、握りしめた両の拳を見つめていた。持ち上げてチラリ、タカは雲太らを盗み見る。そこに隠せぬ毒があったなら、雲太はなおのこと口ごもった。ただ京三だけが確かめて、そうっとクメへ声をかける。
「あの、そのシソウ、とは?」
「は、娘の旦那にございます」
 と、問いただすタカの目が雲太へ迫った。
「山を、山を越えていらしたというのは、本当なのですね? なら浜の村に龍は、龍は、いましたか? またここへ戻って来ると言っておりましたか? 山を越えて人が来たのは、もう龍が田畑を食う前のこと。こうやっておいでになることができたのは、龍がいなくなったからなのですよね。旅の方は、良いことのしるしなのですよね? タカは間違っておりますか? 間違ったことを言っておりますか?」
 繰り返し、胸の前で握り合わせた手を震わせた。様子をクメがこれ、と後ろからいさめ、それでも引かぬタカは雲太らへ刺すような眼差しを向け続ける。しかしながら雲太らにこそ答えをはばかるようないきさつはなく、わけを知った今となっては、なおさら胸を張って明かしやれるだけの話があった。
「そうだ。わしらはオノコロ島から海を渡り、浜の村より山を越えて参った。龍も確かに、浜の村を襲っておった」
 タカの目から瞬きが消え去る。
 その目をのぞきこみ、雲太は言った。
「だがもう出ん。二匹とも鎮まった。今ではこの山を護る和魂となっておられる」
 笑いかけ、懐へ手を忍ばせる。
「龍の正体は虫とヒヨドリであった。鳩が荒魂のつかわしめとなり操っておったようだ。この通り、今では鳩もまこと美しい (ギョク) になっておられる。祀れば山の道中を見守り、実りを豊かにしてくださると、ご神託もたまわった」
 取り出した紅玉を証と、タカの前へ差し出した。
 聞いていたタカが、のぞき込んで紅玉へと身を乗り出す。クメもまた、まさかとつま先立ってまで食い入るように玉を見つめた。
「ほおお、これはなんと真っ赤な玉か」
「……す、てき」
 手を出しかけてひっこめたタカが、遅れてぼそり、呟く。
 そんな二人の顔へ、雲太はかわるがわるその目を向けた。
「ついては、下った山の入口に祠を立て、祀るつもりで山道も越えてきた。どうであろう?」
 呼びかけ誘えば、なんのことかと紅玉へ貼り付いていた丸い目玉は四つ、雲太へ持ち上がる。
「この辺りに鎮まる神はない様子。わしらの手で祠を立ててもかまわんだろうか? さすれば龍が鎮まったという証になる。悪い噂も絶えることだろう。途絶えれば人足も、ついては働き手も、帰って来るのではないだろうかと、わしは考える。そのうえわしらも役に立てるというなら……」
 ニ、と剥き出した歯は白い。
「八方丸くおさまり、ではないか?」
 笑った。
 だが二人は、すぐにも雲太のいうことが飲み込めなかったらしい。返事が帰ってくるまでに、いくらか間はあいていた。やがて唖然と聞いていたタカが、またこうこぼして瞬きを繰り返す。
「……す、てき」
 その目を雲太の隣、満足げにうなずく京三へ向け、自慢げと鼻を擦り上げる和二へ下ろした。再び雲太へ跳ね上げたなら、元通りと頬をぱあっ、と赤く染め上げる。その額は野の花と日の光を照り返し、弾けるような声を放ってみせた。
「すてきっ! おとうさん、龍はいなくなったんだわっ! もう心配しなくていいっ! お祀りすれば、みんなだって帰って来るっ! また昔のようにやれるんだわっ!」
 クメの手を取るが早いか、やんや、やんやと飛び跳ねた。そんなタカの勢いにふりまわされ、ポカンとしていたクメだったが、次第に話を飲み込んでいったようすだ。やがてタカに合わせて地を踏み鳴らす。
「ほ、ほお、そうかっ! なるほどっ! それはよい、それはよいことじゃっ!」
 眺めて雲太は紅玉を握りしめた。並ぶ和二と京三へ目配せを送れば、二人もまた快く応じてアゴを引き返す。従えた雲太の声は、今日一番と村へ響き渡るのであった。
「ようし決まったッ。受けた恩、これにてまるごと三人分、お返しいたそうッ」


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