くしみたま の巻
37


 一晩明けた次の朝。切り出し皮を剥いた幹は不思議なほどすっかり堅く乾き切り、その気で雲太らを待っていた。雲太らもまた夕げの残りをかきこんで、意気揚々と祠づくりに取り掛かる。
 とは言え、明かせば三人共が祠づくりなど初めであった。そうそう思うようには運ばない。どうにか幹から材を切り出しはしたが、そこから先、とたん手元は思うように進まなくなる。ああだのこうだの、三兄弟そろって頭を寄せるが時間ばかりが過ぎてゆき、気づけば昼を前に、にっちもさっちもゆかなくなっていた。
 と、それこそ神のお導きか。そこへひょっこり現れたのは、昨夜、同じ囲炉裏を囲んだ年寄りだ。宴のさなかに聞いた名前を思い出すに、タツノと名乗った者である。
 タツノは途方に暮れる雲太らを見つけて歩み寄ると、自分はもう手がいうことをきかないが、これでも村の住まいを幾つか手がけたことがある者だからして、知恵を貸すことは出来ると言った。それこそが初めて試みる三人に足りないものであったなら、むしろ雲太は頭を下げてタツノに教えをこう。
 そこから先は昨日とまるで同じだった。どうなっているだろうかと様子をうかがう村の者がそぞろに集まり始め、人手は増える。タツノはそんな村人を右へ左へ振り分けると、祠の足場を固めて積み上げる石を探してこさせ、屋根として 葺フくワラの準備をいいつけた。一方で雲太らへヒノキの扱いを教える。
 とはいえ、慣れぬ仕事は見よう見まねだ。タツノは道具を振るう雲太らへていねいに教えたが、失敗も一度や二度ではすまなかった。そうして出来上がったものが見栄えするかと問えば、どれもずいぶん不細工だ。気落ちもするが、こうして苦心できるのもタカらが世話をしてくれたおかげと思うしかなく、雲太らはタツノの言うとおり懸命と道具をふるった。不細工なぶん一日も早く稼ぎに出た働き手たちが帰って来るよう、気持ちだけは込めて仕事に励んだ。
 などとよく働けば、日が落ちるのは早い。
 祠の場所はヒノキを引き下ろした山道の入口より里へ下りたところ、田畑と住まいを見渡せ、山を背にして平らと開けた一角に定まったことを、帰る道すがら雲太らは見て取る。そこに祠の足場は積み上げられると、柱を立てる窪みだけが大きく残され、神のおわす場所としめ縄が張られていた。両脇には塩の盛られたカワラケも並べられ、残るは祠だけと雲太らの目に映り、これはますます励まねば、とタカの住まいまで帰ったのだった。
 しこうして二日目の日は昇り、雲太らも気持ちを新たと引き締める。だが昨日、失敗を繰り返して身に着けた技こそ、改まることはなかった。おかげで数本もある柱は、昼過ぎにも全てが仕上がる運びとなる。
 抱えてさっそく、土台の元へ向った。
 窪みへ突き刺し、互いをもたせ掛けるようにして柱を立てる。
 その大きさは、ちょうど雲太と京三が両の手をつないで輪になったほどだろうか。削って作った柱の凹凸をしっかり噛み合わせ、そのつなぎ目がずれぬよう気を配りながら、てっぺんをワラでまとめてきつく縛り上げる。ワラ屋根を葺くべく、組まれた柱の周りをぐるり、取り囲むように何段もワラを張っていった。
 さほど大きなものではないはずだったが、休まず手を動かし続けたなら、いつしかふうふう息は切れる。しかしながらあと少しだと誰も休む事すら忘れ、運ばれてきたワラを小さな屋根へ葺いていった。
 一通りが終わったところで、雲太は揺すってほどけることがないことを、葺いたワラ屋根が飛ばぬことを、念入りに確かめる。じゅうぶんだと分かったところで、少しばかり大きく作られていた土台の窪みと柱の隙間へ余る石を詰めていった。
 終われば、余るワラを切り落とし正面を整える。
 出来た。
 思えども声は出ない。
 うん、と頷き、雲太は祠からあとじさっていった。
 数歩も行けば祠は、すっぽり雲太の目の中に納まってしまう。形は土から芽吹いたばかりの土筆さながら、何とも控えめな祠だと雲太は眺めた。だがそこが可愛らしくも思え、親しみのわく祠だとつくづく感じ取ってみる。
 そんな雲太らの周りには、いつしかか村の者らが集まっていた。ついに出来上がったとあれば、進み出てきた女たちが抱えた荷を下ろし、手際よく祠の中へ祭壇をこしらえ始める。ワラ屋根の下へ麻布を敷き、水と穀を供え、雲太の切りそろえた正面に鮮やかな藍に染めあげられた布を垂らし、神の座を覆い隠した。共に運ばれてきた供え物の菜は、大きすぎて祠の中に入らない。だからして祠の前へ積み上げることにする。
 見ての通りの質素な村ゆえ、どれも華美とはほど遠いものばかりであった。だが豪勢であることに変わりはなく、山の平穏と、ひいては村の安泰を託して迎え入れる神へのもてなしはこれにて整う。
 女たちがそそ、と退いていった。
 入れ替わりと進み出て、雲太は懐から紅玉を取り出す。
 いつしか誰もが、その時を見守りかたずを飲んでいた。
 ただなかで、祠の一番奥、敷かれた麻布の上へと雲太はそうっ、と紅玉を納める。
 やおら辺りからため息をついたような声がほう、ともれた。
 そのとき転げるように人影は、山道を駆け降りてくる。


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