昔々 の巻
4


 のしかかられて背から転げる。積んでいた薪が跳ね上がり、そんな雲太の上へ、醜女は衣の裾もかまわず馬乗りとなった。雲太の手へ食らいついた頭が、引き千切らんばかり振られる。唸り声は獣と上がり、払って雲太も手足をばたつかせた。出来た互いの隙間へ、足を引きつける。えいや、で雲太は醜女の腹を蹴り上げた。食らった醜女が副屋の端まで吹き飛ばされる。ぎゃん、と鳴いて壁へ強か背を打ち付けると、剥がれてべたり、土間に倒れた。
 見届け引き戻した雲太の手には、それこそくっきり、歯の跡が残されている。
 「ええい、まったく」
 振って身を起こし、背後へと声を張った。
 「和二ッ、京三ッ」
 だがこの騒々しさだ。呼びつけるより先、影はひとつ、動き出していた。
 京三だ。
 おっつけ醜女も、土間で体を起こし始める。なら明かりの届かぬそこへ輝く両眼は浮かび上がり、じっとり雲太を睨みつけた。睨んで地を這う、あの低い響トヨみを放ってみせる。
「われの鎮まる地にきたりて、うぬは何をやなさんとす」
 とたん副屋の中に風は走り、囲炉裏の炎が消え入りそうに縮み上がった。
()ね。ここはわが地なるぞっ!」
 身構えた雲太の体を、ドン、と衝撃は突き抜けてゆく。
 ガラガラ尾を引き、表で雷鳴が鳴っていた。
 揺れる入口のムシロの向こう、そのとき瞬く稲光は強く雲太の目を刺し、雲太は思わず目を細める。とそれは闇に浮いていた両眼だ。とたんするする、天へと昇り始めたではないか。伴い何かは闇を食うと、雲太の方へせり出してくる。言い得ぬ力に押し戻されて、雲太は急ぎ土座を後じさった。なら声は、雲太の背から投げ込まれてくる。
「出ましたかっ!」
 確かめる京三に、雲太は振り返るまでもなく返していた。
「こいつはデカいぞッ」
 なおもせり出してくる何かが、囲炉裏の明かりにその片鱗を浮き上がらせる。そこにウロコは、蒼白く光り輝いた。のみならず、ズルズル連なり走ってゆく。
「蛇だッ」
 貼り付けた腹は雲太の胴より太かった。その太い腹はうねるとたちまち囲炉裏のふちへのし上がり、どっかと炎へ覆いかぶさる。炎はいともたやすく消え失せて、闇が、ムシロの向こうで瞬く稲光をなおさら白く光らせた。
 見て取り京三が、手探りで枕元の (タチ)を引き寄せ始める。もう片方の手で、まだごにょごにょ寝言を言っている和二の体を揺さぶった。
「和二、これ。和二、起きなさい。これ、ほら、後にしないと蛇に食われますよ。というか、これでまったくよく眠れる小僧ですね」
 と天へ昇っていた両眼が、ついにワラ屋根を突き破る。
 闇夜にパアッとワラは散り、組まれていた丸太が、雨が、副屋の中へ降り注いだ。
 驚きたまらず雲太と京三は身を縮める。
 そんな二人の前を何かはひゅっ、とかすめ走った。
 ままに、副屋の左壁を叩きつける。壁は物の見事と砕け散り、衝撃に副屋は揺れて、傾いだワラ屋根からこれでもかとばたばた雨水は降った。
 弾いて再び何かは雲太らの前をかすめゆく。今度は右の板壁を打ちつけた。
「蛇の尾だッ」
 雲太は目を見開き、支えを失くした副屋はそこでぐにゃり、よじれる。潰れ行くに任せてビキバキ、音を鳴り響かせた。
「雲太っ!」
 目の当たりにした京三の叫びは性急だ。雲太も左右へ頭を振る。捻じれて開いた板壁の隙間があったなら、たちまちそこへと両目を寄せていった。
「わしに続けッ」
 否や雲太は、うおおっと唸って土座を蹴り出す。
 怒号にようやく、和二が跳ね起きていた。
「しゃんとなさいっ!」
 京三がその襟首を掴み上げる。
 背に雲太は板壁へ体当った。
 板壁がものの見事と弾け飛ぶ。
 雲太は表へ転がり出、剣と和二を手に京三も、その後を追いかけた。
 めがけ、 (マナコ)光らせ蛇の頭もそこへと滑る。だが開いた大口はわずかに遅かったようだ。三人の影だけを食んでいた。
 上へどうっと、副屋は崩れ落ちる。
 降りしきる雨の中、雲太は地を掴んでそんな副屋へ顔を上げていた。駆け寄り並んで京三もまた、振り返る。
「離せやいっ!」
 唸ってその手から、身を揺すった和二がぽん、と飛び出した。
 頭の上でまた稲妻が空を駆け抜けてゆく。光は辺り一面を白く焼き付けていた。中に、潰れた副屋からゆう、と鎌首を持ち上げる白蛇の姿は切り取られる。
「うわ。でっかい、みみずだぞっ!」
「これ、あれは蛇、蛇ですよ」
 などと指さす和二の手を、いさめて叩く京三の手は早い。聞いて見て取り雲太はおおいに笑った。口に入ったドロをぺっ、と吐き出す。
(ヌシ)はわしへ、地の神と名乗りおった。見ての通りの荒魂なら、約束の病の元凶で間違いなしだ。ようよう (ハラ)って、鎮めるかッ。どうだ、京三ッ?」
 白蛇を睨み、立ち上がっていった。


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