くしみたま の巻
41


 ばちん、と肉と肉のぶつかる音が鳴った。
 そこに骨の突きあうごん、という鈍い音も混じる。
 雲太の立ち合いを真正面から食らった京三の体は、そのとき確かに浮き上がると、突っ張っていた後ろ足をずず、と土俵の上で滑らせた。
かまう間もなくお互いに、つかみどころを探って手を交差させる。
 攻防に吐く息がふん、ともれ、制して先に京三が、雲太の脇をくぐらせ右の差し手で下帯を取っていた。ならおっつけ雲太も左の上手と右の差し手で、京三の下帯を掴み返す。おかげで京三は吊り上げられそうになり、押さえて食らいつき、泳いでいた左手で雲太の右の下帯を掴み返した。なら姿勢そこで、互いの左手が互いの腕の外から回る 左四(ヒダリヨ) つと固まる。だが京三のヒザは先ほどの立ち合いですっかり伸びてしまっていた。どうにも踏ん張りが続かない。力の入る所までにじり、引き寄せ、態勢を整えなおしにかかる。
 瞬間であった。
 雲太が身をよじる。投げ打とうとした肩へ力は入り、感じ取った京三の腰がふわり、浮き上がった。危ない、と思うが早いか京三は、引き寄せつつあった足へ急ぎ力を込めなおす。むしろぶら下がるように身を沈みこませ、雲太へすがって全身で投げを押し止めた。
 渾身のひと投げだったらしい。かなわず動きを遮られた雲太がはあ、はあ、荒い息を繰り返している。京三もまた同じようにふう、ふう、息を吐くと、今の動きに全身からどっと汗を吹き出した。
 それきり二人は動かなくなる。様子はただそうして立っているだけのように見えていたが、ままに力が拮抗するほど二人にとって押しも引きも油断のならぬ状態へと、見えぬところで勝負は煮詰まっていた。
 それでもあり余る力を見せつけ雲太は、押したり引いたり、上手で投げようとしてみたり、小刻みに仕掛けては機会をうかがい続ける。その度に京三は雲太の下帯を掴んでは踏ん張り堪え、しのぎ続けた。どうにも厄介な雲太の上手を切る機会は巡ってこないものか。食いしばった奥歯のまま考えるが雲太はスキを見せず、時だけが無情と過ぎてゆく。
 思いがけず長引く一番だ。このころには盛大だった声援も、かたずを飲んで一挙一動を見守る緊張へすり変わっていた。声は微々たる双方の動きを巧みに読み取った合いの手と、行司ののこった、のこった、のかけ声のみとなる。
 その中で、先に精根尽き果てかけたのは、やはり京三であった。上がる息のまま、堪えきれなくなった腰が、勝手と浮き上がり始める。だからこそ見て取った村の者が、「京の山」と合いの手を入れ励ました。おかげで気づかされ京三は、はっと我を取り戻す。奮い立ち、慌てて緩みかけていた四肢へ力を入れなおした。そのさい動きに乱れが生じたとしても、それはわずかな揺らぎだったろう。だがその乱れを、雲太だけは見逃さなかった。待っていたといわんばかりだ。えいや、で上手投げを繰り出してみせる。
 拮抗していたそれまでが嘘のようだった。
 食らった京三の体は、ひるがえる。
 気づき、辛うじて右足を残そうとした。
 だが堪えきれず足は、地から剥がれる。
 諦めきれず京三は、瞬間、右足を雲太の左足へ絡めた。
 ままで、投げ飛ばされる。
 なら雲太も、絡まる京三の足のせいで、きれいさっぱりすくわれ飛んでいた。
 ぽーん、と二人の体が宙を舞う。
 どうっ、と肩から土俵へ落ちた。
 弾んで後、一呼吸あったやも知れない。
 軍配が上がったのは東側であった。
「雲の山、上手なげぇっ!」
 間違いはないだろう。それは組んでいた京三だからこそ、よく分かっていた。やはりかなわなかったか。思いながら打ち付けた身を起こしてゆく。どっと沸き起こった歓声に、こたえて雲太も丸めた体を揺すりすぐにも、立ち上がってみせた。
 と、結び方が緩かったのか投げが凄まじかったのか、京三は剣がいつしか身から離れてしまっていることに気づかされる。立ち上がって見おろし、半歩、踏み出した足で、やれやれと手を伸ばした。だが掴み上げれば足は、柄頭に詰められていた布の端くれを踏んでしまったらしい。持ち上げるうちに布はするする、柄頭から抜け出して、中でコロン、と鈴は落ちる。跳ねてりジャン、ジャン、音を鳴らし、その傍らでついた土を払う雲太があろうことかその手を打ち鳴らした。
「……あ」
 と、言う間もなかった。土俵の周りからやおら湿り気が、ぶおと噴き上がる。
「な、なんだッ?」
 驚き雲太が声を上げ、やんや、やんやと騒ぎ立てていた村の者らもどよめいた。
「つ、柄頭の鈴が落ちたうえ、雲太が手を打ったせいですっ!」
「なんとッ」
 京三は教えるが、もう遅い。立ち上った湿り気は早々に消え去り、雲太の手に光は灯る。重みは足へのしかかり、押し返せないなら支えて雲太は、手を開いた。
「ええいッ、御柱に何とわけを話すかッ?」
 風が抜け、見入る村の者へ吹きつける。祠のワラ屋根が震え、巻かれて村の者らは頭を抱え悲鳴を上げた。
 果たしていずるは建御雷か素戔嗚か、はたまた獅子か、それともまた別の御柱か。そのとき塩は、わさわさあふれ出る。
 だが鳥居の奥から、どの頭も出てきはしなかった。
 あふれて塩は玉となる。
 なって、ぷわん、雲太の手を離れた。ふわり空へ舞い上がってゆく。しかもひとつではない。次から次だ。風に吹かれてゆらゆらと、大なり小なり泡ぶくのようにたわみながら、列を成して遠く山へと流れていった。

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