赤い川 の巻
47


 しこうして、ずぶ濡れのまま雲太は体を縛り上げられる。違わず縄目を食らわされ、和二と京三もその後ろに並んだ。捕えられた三人は馬へ繋がれると、川を下へ向かい歩かされる。
 しかし、あの大立ち回りでずいぶん川の水を飲んでしまったが、いまだ雲太に毒は回ってこない。その事を申し出ようにも発すれば、たちまち繋がれた縄を引かれて遮られるのだから、話すヒマこそなかった。うちにも、いつも通りと歩けぬ足は疲れを覚え、黙ったままの道行がなおさら気持ちを重くさせる。だが馬は止まらず、日暮れが近づいてきたところで、それはようやく雲太らの目に止まっていた。
 住まいだ。
 赤を流し去って色を戻した川のほとりに、ほどなく広がる里を見つける。粥の支度をしてだろう、真新しいワラで覆われた住まいの合間から、煙が細くのぼっているのが見えた。まわりには田畑がうかがえ、野原と異なる緑に覆われたうねも見て取れる。手前を (トリ)か、ちょこまか走っていった。後から子供らがわぁっ、と追いかけ、やがて燃された薪の匂いが風に混じって雲太の鼻先をかすめてゆく。追いかけ人のかすかな話し声や鶏の鳴く声が、道具を打つ音が、雲太の耳にも聞こえ始めた。
 そこに怪しげな雰囲気はない。むしろ温かく、穏やかであった。感じて雲太は、ほっと息を吐く。だが一方で里は、そこが入口と正面に門を立ててもいる。だからして雲太らが目指しているのは、己が身の丈ほどもある槍を携えた番の者の元でもあった。
 辿り着けば、番の者が帰った武士らへ一礼する。馬上の武士らは目もくれず、狭い門を二列に並んで潜り抜けていた。雲太らも連れられ、里へ足を踏み入れる。
 様子にいち早く気付いたのは、駆けていったハズの子供らであった。川番が戻ったぞ、と叫んで大人たちへ知らせ、それきり神妙な顔つきで雲太らをじいっ、と見つめる。なら子供らの声に住まいの影から、田畑のうねから、聞きつけた大人らはそろそろ姿を現し、子供らを胸にかばった。仕草はなお雲太らとの溝を深め、厳しい視線を投げ続ける。
 さらされ雲太らは、住まいの間を練り歩いた。
 里の中ごろか、やがて開けた地へ出る。
 馬はさらにその真ん中にまで進み出ると、ようやくそこで歩みを止めた。
 そん頃には来た道へ振り返れば、人垣はもう一重、二重と出来上がっている。頭が、何事かを囁き合って揺れ動き、目はどれも盗み見るように雲太らの様子をうかがっていた。
 見回して武士の馬が、雲太らより前へと歩み出てゆく。雷のようなあの声を、馬上より人垣へ放った。
「こやつらが (クダン)の毒を放っておった者である!  (ヌシ)は見ての通りの醜い鬼! さてわしらは約束を果たした。そちらも約束を果たされたい。モトバ様はどちらにおられるか!」
 声の大きさに怯んでではなく、聞き入らんがため人垣の囁きは止む。たちまち何十もの眼差しが雲太らを貫いた。そこにどれひとつとして武士の言い分を疑う様子はみられない。様子に雲太は、これはいかん、と焦った。
「それこそ武士らの間違いッ」
 だが問答無用だ。それは雲太へ投げつけられる。つぶてがぽすん、と胸に当たっていた。驚き雲太が顔を向ければ、そこで子供は仁王立ちとなっている。雲太へ向かい、兄ちゃんの仇、と声を上げた。声はぶつけられたつぶてより重く、むしろそんな子供の眼差しに、雲太はあった勢いを削がれてしまう。すると雲太を、和二を、京三を、めがけてひとつ、ふたつ、やがては人殺しの声と共に、つぶては雨あられと飛んだ。
「ま、待てッ」
 避けようとしても体は馬に結わえつけられ、払う手も縛られているのだから、どうにもならない。ことごとく食らって京三の叫び声は上がっていた。
「こ、このような仕打ちを受ける覚えなど、ありませんっ!」
「おいらは、水を汲んでいただけだぞぉっ!」
 犬ころと吠えて和二も、力の限りと訴える。だが投げ込まれる数は減らず、勢いに怯えた馬が暴れ始めた。後じされば引きずられて雲太はすっころび、なおのことやあ、やあ、と人垣は勢いづく。押さえて武士らが馬を前へ後ろへ操るが、この騒ぎにはかないそうもない。
「しかしながら、身なりはマソホの者にあらずっ!」
 裂いて飛び込んできたのは、言う男の声であった。姿は人垣の中から風のように現れ出ると、見つけた武士らも振り返る。モトバ様、と人垣からは呼ぶ声は上がり、モトバと呼ばれた男はそのまま雲太らの元まで進み出た。
「このほうら、まこと川上から来た者か?」
 落ち着いた口ぶりで武士らへ問いかける。
 おかげでつぶての雨が止んだことは幸いだろう。いたたた、と呻いて雲太らは縮めていた身を引き伸ばしていった。くわえてすっころんだ拍子に閉じていたなら、雲太は目もまた開いてゆく。そこから武士へ詰め寄るモトバの顔を見上げた。
 なるほど、声の様子と違わない。炭で一本、キリリと引いたような眉と、つながる鼻筋が勢いのよい面持ちをしていた。さしづめ神事を司る者か。珍しくもまとった 直垂(ヒタタレ)がしなやかと揺れていた。
(カミ) の者かどうかなど問題ではない。こやつ、鬼だぞ。共にこの二人が川へ怪しげな筒を浸しておるのも、わしはこの目でしかと見たのだ」
 武士はモトバへふてぶてしく返し、モトバはさらに半歩、武士へ歩み寄っていった。
「川を赤く染めておるのがマソホ村であることは、村の者も認めておる話。だがそれが毒であるとは承知せず。川番は、ゆえに我らが言い分の正しさを知らしめるため、毒を放った者を捕えマソホへ突きつけるためのもの。何もつぶてを投げる相手を探してのことではないぞ」
 突きつけられて武士が馬よりも馬らしく、開いた鼻の穴から大きな息を吐き出した。成り行きに人垣の野次はおさまり、かたずを飲むがごとく沈黙は訪れる。
 すなわち名乗り聞かせるなら、今がその時であった。雲太は小鼻を広げてふん、と息を吐き出す。つけた勢いのまま投げ出していた足を高く振り上げた。縛られた体を丸めるが早いか、くるん、と起き上がる。
「いかにもッ」
 上げた声は大きく、人垣のみならず睨み合っていた武士にモトバさえもが驚き雲太へ振り返っていた。ただ中で雲太は、あぐらをかくと前のめりになる。囲う顔の端から端までをひとつ残らず睨んで回り、ようく聞かれよ、と言い放った。
「わしらは遥かオノコロ島より出雲のとある御仁へ会いに、あいだ魂を詣でるべく参った者であるッ。ゆえに川へ立ち寄ったのもこたびが初めてのこと。毒を放つなど、ましてやマソホ村の者であるなど、濡れ衣も甚だしい武士らの取り違い。斬りかかられたゆえ、 大人しく (バク)につきここまで足を運んだが、恨みは全て身に覚えのないものばかり。すぐにもこの縄を解くが礼儀と思われたしッ」
 そうしてさらにぐい、と周りへ顔を突きつけ、こうもつけ足してやった。
「それにわしは鬼ではない。そらよく見ろ、人だ。やぶ蚊に咬まれてこうなった」
 だが顔へ、何をいいおる、とつぶてはまた投げつけられる。
「どちらでもかまわんわ。武士の言うとおりじゃ。川へ寄りつくやからはみな怪しいわ。逃げ帰る嘘になんぞ、だれがだまされるかっ!」
 きっかけに、再び数多つぶてが投げ込まれる気配はたちこめた。やましいことがないからこそ雲太は、その気配すら肩で払いのけ睨んで返す。
「ならば、うかがうッ。そもそも赤い印が毒だと言うが、それはまことかッ? わしはいくらか食らったが、この通りぴんぴんしておるぞッ。嘘言いがかりは、そちらの方だッ」
 形相に、怯んだ人垣が広がりなびいた。言い訳に窮したような間はそこで空き、やがてそれは鬼だからだ、と野次は上がる。ならそれは違う、と雲太が返した時だった。モトバが前へ屈みこむ。巻きこんだ直垂の袂をヒザから払う仕草は変わらず落ち着いたもので、ままに雲太へこう話し始めるのだった。

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