昔々 の巻
5


「もちろんです」
 答えた京三が、一歩、二歩と後じさった。そこで静かに剣を、涼しげな顔の前へ持ち上げてゆく。
「ところで雲太」
 問いかけた。
「酒の匂いがしますが、まさか飲んでおったのですか?」
 雲太の喉から、う、だか、ぐ、だか音がもれたことは否めない。
「な、何かと思えば。この嵐でよく分かるな」
「あいにく、雲太のせいで鍛えられましたので」
 言って京三は握り手側、先端につけられた赤子の拳に似た大きさの 柄 頭(ツカガシラ)へ手をかけた。
 上下を返す。
 そう、この剣は身もさやもない、いわば飾りの鉾だった。だからして剣身には銀の細工が絡みつくと、柄頭へはまこと繊細な透かし飾りも施されている。中には一個の鈴がおさめられ、鈴はむやみに鳴らぬよう詰め込まれた布で押さえられもていた。
「お、女がニコニコ持ってきたのだ。仕方あるまい」
 京三はその布の端を、透かし飾りの隙間から指でつまむ。
「それがあの蛇なんでしょうに。まったく」
 眉を寄せ、シュルシュルとひと思いに引き抜いた。なら窮屈そうだった鈴は柄頭の中で転がり落ちる。
「ひ、一口だけだ。見れば分かるだろうッ」
 また空を稲光が駆け抜けた。
 光に照らし出されて白蛇が、潰れた副屋の上をズルリと這う。
「うんにい、蛇がこっちへくるぞっ!」
 指し示す和二の言い分に、今度こそ間違いはない。
 雲太は、奥歯を噛みしめ白蛇を睨んだ。
「ええいッ。とにかく参るぞ、和二ッ」
「がってん!」
 小気味よい返事は返され、雲太はぬかるんだ地を踏みしめた。両手を高く振り上げ左右、手のひらを顔の真ん前でぴたり合わせる。息を殺して (コウベ)を垂れたなら、その背で京三が剣を振った。柄頭の中にあるのだから、鈴は小指の先ほどの大きさしかない。だが音は思いがけなく大きくジャンジャン鳴って、雲太と和二はきっかり三度で合せていた手を打ち鳴らす。
 祓いを乞うて打つ柏手は、二度。
 たちまち響きは祓いの 祈請(キセイ)となり、芦原の野を高く空まで駆け上がってゆく。
 吸い込まれて、また雨音だけが辺りを覆った。
 いや、そうなるかと思われたその時だ。雲太らの周りでピタリ、降り続けていた雨粒が動きを止める。雨音が途絶え、代わって降り来る気配が雲太と和二の中を駆け巡った。
 うながされてオモテを上げる。
 とたん止まっていた雨粒が、二人めがけて空を走った。触れることなく焼け消えたその時、雲太らの手へポウ、と白く光りは灯る。光はすぐにも風を通すと雲太らの髪を、衣の裾を、舞い上げた。あおられながらほくそ笑み、二人は打ったままの両手を開いてゆく。そこに光の玉はまあるく浮かび上がり、同時にズン、と重みが、雲太らの両の足にのしかかった。次いでモサモサ、手のひらへ白い粉は吹き出してくる。その粉の中から、いや、光を宿した雲太の利き手のアザの向こうから、やおらぬう、と何かは顔をのぞかせた。
 それは重みにかなう大きさだった。
 あいまって、いずる勢いもまた凄まじい。
 だからして跳ね飛ばされそうな上背を支えて雲太は、さらに深く腰を落とした。両手の間に収まりきらなくなったなら、唸り空へとその手のひらをかざす。なら刻まれた鳥居をくぐり抜けそれは、吹き出す塩と降りしきる水で次から次へと身を結びつつ抜け出してゆく。 益荒男(マスラオ)の上半身は、雲太の手から現れ出でた。


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