昔々 の巻
6


建御雷(タケミカヅチ)かッ」
 早くも雲太の倍以上となった益荒男を見上げ、雲太は声を張った。
「じゃあ、おいらからはきっと獅子が出るっ!」
 隣りで和二が嬉々と叫ぶ。だが身に合わせて浮かんだ小さな光の玉からは、雄々しい猪どころからタケノコがぽん、と飛び出しただけだった。
「えぇっ?」
「間に合わんのだッ」
 目を白黒させる和二へ、雲太は叫ぶ。
 なるほど。そら大きな建御雷は、ようやく結び終えた右足を雲太の手から抜いてずん、と地につけたところであった。
「どうせおいらは、余り塩だようっ!」
 見て取り和二が、白蛇へタケノコを蹴りつける。
 追いかけ白蛇の頭がふい、とタケノコへ逸れた。
 いてもたってもいられぬ様子でそれきりタケノコへ、飛びつく。
 とらえて巻き付き、縛って、のたうち、一心不乱に食い始めた。
「さすが、 黄泉津比良坂(ヨモツヒラサカ)のタケノコッ」
 感心して雲太は見入り、その手から建御雷が左足をグイ、と抜き去る。ついに両の足で地を踏みしめたなら、いかっていた肩をふう、と下ろしていった。
 やおら空を見上げ、片腕を振り上げる。
 なら応えてそのとき、空がぴしゃり、と稲妻を走らせた。
 光は一直線に建御雷の手めがけて落ち、建御雷は目も当てられないようなその光をもののみごとと、掴んでみせる。
 稲光がおさまれば手の中には、一本の剣が姿を現していた。
 様子に頭を持ち上げたのは、少々腹を膨らませたの白蛇だ。両眼を光らせ、剣を手に立ちふさがる建御雷の姿をとらえる。口先から、割れた舌をちろちろのぞかせ、やがてズルリ、とその身をほどいた。皮だけになったタケノコを放り出し、壁がごとくその口を建御雷へ向かい開く。
 吐き出す息がシャー、と空気を揺るがしていた。
 それきり白蛇の身は、建御雷へ向かい泥をかいて一気に滑る。
 だが建御雷に退く様子はない。
 ただ剣を振り下ろす。
 動きはどこか雲太らの目に緩慢と見えて仕方なかったが、続く勢いこそ凄まじかった。
 降っていたはずの雨粒が、剣身から白蛇へ向かってザァッ、と飛ぶ。伝って剣から稲光はほとばしり、もののみごとと白蛇を叩きつけた。打たれて白蛇の体からウロコは飛び散り、断末魔だ、白蛇の叫びが闇の隅々にまで響きわたった。
 怨念に、夜がたわんだ。
 雲太と和二と京三も、思わず耳を塞いで身を縮める。
 そんな絶叫が枯れ、たわみが元へ戻るまでいかほどか。やがて白蛇は消えてなくなり、突き抜け剣身から飛んだ雨粒はざばん、泥を叩いて地に落ちた。そのおびただしい量に、あっという間に池かと水たまりは現れ、中でクルクル、副屋の木切れは浮かんで回る。
 見届けた建御雷が、振り下ろした剣をゆう、と持ち上げていった。
(ハラ)いて、ここに 和 魂(ニギミタマ) となり。 これを鎮めて末永く(まつ)らん」
 告げる声は実に穏やかなものだ。
 雲太は見上げ、やがて視線を御雷のそれに添わせていった。
 と、打たれた稲妻を帯びてそれは、まだ淡く輝いていた。色は翠色。形はどことなく蛇に似ている。副屋の残骸に混じって水溜りに、 勾玉(マガタマ)はひとつ、浮かんでいた。
 あ、と雲太は声を上げ、改め建御雷へ頭を垂れる。
「しからばさように伝え申す」
 和二と京三も同様に勾玉を見て取ったらしい。雲太に続き、そこでうやうやしく建御雷へ頭を垂れた。
 なら高みから見おろした建御雷は、こうも言う。
「それから、急ぎの場合は、もそっと早めに 祈請(キセイ) するように。何しろ野はこのありさまだ。こちらもたてこんでおるゆえ、すぐには手が離せん」
 なるほど、神にも都合があるらしい。
 雲太は二礼目と共に詫びて、深く頭を下げた。
「は」
「……それから」
 人の願いを聞く分、注文も多い様子だ。言う建御雷には、まだ続きがあるらしい。
「その身は社(ヤシロ)ぞ。わしも通るゆえ、よく拭っておけ」
 確かに、のっぴきならぬ事態だったとはいえ、誰もが泥まみれとなっている。
「ただちに」
 雲太はこの言いつけにもなおのことかしこまり、頭を下げて返した。
 見届けて得心いったように建御雷が、剣から手を解いてゆく。なら剣は再び稲妻へ戻るとさらに龍へ姿を変え、雨を引き連れたなびくように天へと帰っていった。おかげでこれまでが嘘のように雨はピタリ、と止み、早くも雲に切れ目さえのぞかせる。そんな空を、 高天原タカマガハラを、建御雷は仰いでみせた。
「さて、帰るとするか。途中のままほうってきたゆえ、心配でならん。まこと国造りとは、せわしいものよ」
 すると空に残る雨雲の片隅でだ。これが最後と雷鳴は鳴り響く。稲光もまたひとたび瞬いて、これまでにない風が彼方から吹きつけた。あおられ水たまりに波が立つ。泥は散って、雲太も和二も京三も、両手を振り上げ飛ばされまいとその身を伏せた。
「健やかにあれ!」
 上から建御雷の 言霊(コトダマ)が降る。
 高笑いこそなかったものの、消え入れば風はやみ、そこに夜らしい、まさに月ののぞく夜は広がった。
 穏やかさに三人は、振り上げていた手をおろしてゆく。おずおずと、建御雷の消えた空へ目を持ち上げていった。
 風が払ったそこにはもう、雲ひとつ残されていない。空にあまねく光り輝くのは、満点の星ばかりであった。光景に雲太は思わずおお、と声をもらす。もらした雲太の傍らには、これまた建御雷の残していった塩の柱が、真白と天を指しそそり立っていたのであった。

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