つくし の巻
60


 ひらり翼を駆りながら、空で烏はかぁ、でなく、はぁ、とため息をこぼす。
 なにしろ天照へ、これより離れて巡り、必ず荒魂の鎮まる場所を突き止めてごらんにいれます、などと言った時はたいそう気持ちがよかったものの、芦原の野はだだっ広い。川の流れる野原を渡り、山をひとつ越え、舞い上がったふたつ目の山の頂より四方、連なりをぐるり見回したところで探す神のお姿はおろか、影さえ見つけ出せず困り果てる。
 はて、どうしたものか。
 烏は考えた。
 考えて、ん、と心を決める。ともかくこのまま闇雲に探しても仕方がないのだから、最初で最後、神と遭った大国主命より話を聞いて足がかかりとするか、と一路、翼を、出雲へ向けてはためかせたのであった。
 さて、そうして下った二つ目の山のふもとにあったのは、小さな村だ。
 見回し烏は、村を軽々、飛び越える。
 ふん、ふん、らららん。
 烏の決意を知ってか天照のご機嫌もよく、野は心地よく晴れ渡ると気分上々、烏は鼻歌混じりとぱさぱさ、翼をはためかせた。
 とそこではた、と我に返る。それは烏の行く先だった。次なる山に三方を囲われた地の辺りが、どういうわけか黄色くかすんでいる。このまま行けばその中へ飛びこんでしまうことになるのだから、見過ごせそうになかった。鼻歌を引っ込め烏は、うむむと唸り、かすみへぐうう、と目を凝らしてゆく。やがてかすみの正体、見破ったり。閉じていたくちばしをかあ、と開いて鳴き声を上げた。
 行く手に立ち塞がるそれは、舞い上がったおびただしい砂埃だ。やがて烏の前にも立ち込め始めると、かすみを枝葉よろしくまといつかせて森がごとくこんもり、立ち塞がった。
 烏はその空へ飛び込む。
 集落か。
 足元を見下ろし目を細めた。だが訝ったわけではない。ついぞ覚えたほほえましさのせいであった。
「これは、これは。国津神に天津神、授かりし恵の品を持ち寄っての大市か」
 なるほど集落の真ん中には、広く整えられた道が一本、伸びている。その左右に大きな屋根は並ぶと、あいだを野の者らは帯となって歩いていた。その誰もは馬や牛を引き、姿が隠れてしまうほどの荷を負ってもいる。両側 大屋根のあいまには、敷かれたムシロへ食い物やら器、布に飾りは並べらられると、吟味する目が鋭い光を放っていた。これと決めては話を進める様子も繰り広げられ、整い、互いの品を交換する顔は、つられて烏も微笑んでしまうほど嬉しそうだ。まことたくましき姿かな。烏はうなずき、また心弾ませるのであった。
 がそこで、うぐ、と息を詰める。どうやら、これ以上は耐えられそうもない。様子見を切り上げ、急ぎばさばさ、高みへ舞い上がった。そこではあはあ、荒い息を繰り返す。
 それもこれも大袈裟とはいえないだろう。天津神の恵みはともあれ、市とはその実、それぞれの地より治めてほどこす国津神の恵みを持ち寄る場所であった。野の者らが持ち込んだ品々にはだからして、ことごとく国津神の魂が名残りと宿ってもいる。その魂は行方知れずとなった神のせいで今や傍若無人に振る舞うと、市はまさしく芦原の野の縮図。スラムと化してそこに広がっていたのだった。
「おおこれはひどい、ひどい。何が何やら、目がチカチカしてきましたよ。さてさて、市にも国の定めおき、というものが入りようでありますな、まったく」
 ようやく整った息で烏は嘆き、またゆったりと翼をはためかせる。
 しかしどうにも調子が出ない。
 食らったダメージは深刻だった。
 だからしてここは急がば回れだ。一服するべくこずえを探す。市の空から離れて烏は、空へ半分だけの円を描いた。はずが烏の目に、それは映り込む。つられておや、と首をひねった。半分だった円はそこで丸くつながり、烏は同じ空へ舞い戻る。そこから通りを見下ろした。
 間違いなしだ。くちばしはその時、またかあ、と開く。
「これは大国主の兄神らではないか」
 そう、姫にフラれて二度にわたり大国主を殺し、むしろおかげで大国主を国造りの立役者へと仕立て上げてしまった七人の兄神らは、そのときのらりくらりと雑踏の中を歩いていたのだった。 

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