つくし の巻
64


「と、いうことで嫁ができた」
 それからつくしはずっと雲太の袂を握ったままで、雲太は和二と京三へ仕方なく言って知らせることにする。なら二人はもののけにでも会ったかのような顔をして、とたんに何もしゃべらなくなった。だが本当なのだから、どうしようもない。これまた仕方がないので、雲太はまいった、まいった、と笑う。
 だが笑いはそれ以上、さっぱり弾まなかった。
 開いていた京三の口もやがて閉じられてゆく。それきりむん、と息を吐き、山道を踏み割らんばかりに雲太へ歩み寄った。しばらくお借りいたします、とつくしへ頭を下げるが早いか、雲太の耳をくい、とつまみ上げる。
「兄上、ちょっとこちらへ」
 などと引っ張るものだから、いたたと雲太は声を上げる。しゃー、と吐きつける京三はまさに蛇だ。つくしよりいくらか離れたところでようやくその手を離し、雲太へと向きなおってみせた。
「あなたは厠へ行っておったのではなかったのですかっ? だのにどういうわけでっ、わけでっ、嫁が出来るのですか? 厠に行って、どうして嫁がついて帰って来るのですかっ? わたしたちには大事な命があるのですよっ! なのにあなたは、あなたは一体、何をしておいでなのですかぁっ!」
 雲太へ向かい、はあはあ、息を弾ませた。
「な、何もそこまで怒ることは……」
 耳を押さえて雲太は涙目となるが、京三はまたしゃー、と吐きつけるばかりだ。勢いに雲太は縮こまった。どうにか伸びあがり、一枚岩での出来事を話して聞かせることにする。するとどうだろう。とがっていた京三の肩はたちどころに元へおさまり、つくしの目のことを知ったあかつきには眉さえへこませ気の毒に、とうなだれていった。そろり、振り返る。ならそこでつくしは頭を垂れると、珍しげと眺めて跳ねる和二を周りにまといつかせ、じいっと雲太の帰りを待っていた。様子はなお不憫と京三の目に映り、そこでついにため息はもれる。
「そのような、お方だったのですか……」
「のう、死ぬか生きるかであったのだ。気が動転しても当然。わしが本心で言ったのではないことくらい、いずれつくしも気づくであろう。そら、つくしの方こそ、本当にわしの嫁になるつもりでおるなどとは思えん。しばらくもすれば気も変わる」
「それまでのかりそめの嫁、というわけなのですね」
 京三の落ち着いた目が雲太をとらえた。受けて雲太もそうだ、とアゴを引いて返す。
「いうんにい、けいにいっ!」
 そこへ駆けつけたのは、つくしの周りを一周し終えた和二だ。一大事と息を切らせて二人へ教える。
「おいらは嫁を初めて見たぞ。嫁は、とっても優しそうなんだぞ。優しそうで、とっても柔らかそうなんだぞっ!」
 笑って雲太は、そうか、そうか、とその頭をぐりぐりなでた。
「それはよかった。わしの嫁だからして、これから共に出雲へ向かう。みなできちんと挨拶をしておこう」
 なら食いつくように、和二は何度もうなずき返し、三人は再びつくしの前へ戻っていった。その足音に顔を上げたつくしへ雲太は、和二と京三を兄弟だと教える。話につくしは、まあ、と喜び、嫁のつくしです、としずしず頭を下げていった。雲太にもしたように一人づつ、ぺたぺたと顔を触って様子を覚えてゆく。終われば雲太は、自分たちは国造りを手伝うため魂を詣で、大国主命に出雲まで会いに行くところであるからして、つくしもついてくるように、と促した。ならつくしはたいそう瞳を輝かせ、そのように大事な命をお持ちの方の嫁になれるなどとは思いのほか、つくしもお国のためになりたく、ぜひともお供させてください、と言って返した。
 まったくもって妙な話だったが、こうして一行は四人に増える。再び山道を下ってゆくのであった。
 そんな京三の足取りが乱れることはない。
 和二はぴょんぴょん跳ねて、みなの先を歩いた。かと思えば袂につくしをくっつけた雲太まで駆け戻り、穴が開くほどつくしを眺めてまたわぁっ、と先頭へ駆け戻るを繰り返す。
 うちにも空は赤く焼けて、誰もの足から夜の気配に引っ張られた影が長く伸びた。絡ませついに、四人は山を抜け出す。
 さて、雲太らの足であれば明るいうちに、もうひと踏ん張りできそうだったが、つくしのことが分からない。なので兄弟は相談をすると、今日はここで荷を下ろすことを取り決めた。少し早い夕げだったが、支度に取りかかることにする。
「それではみな様、どうぞゆるりとお休みください」
 ところが言ってのけたのは、ほかでもないつくしであった。雲太らが驚かされたことはいうまでもなく、衣の袖をまくり上げ、長く垂れた袂をくいくい脇へ押し込むつくしへ詰め寄る。
「いえ、つくし殿こそ、こちらでお待ちください」
 京三はたしなめ、目のことがあるからこそ雲太も傍らでうなずいた。だがつくしは、ことのほか張り切っている様子だ。
「いいえ、見えぬからなどとご心配なく。村でも支度はつとめておりました。粥炊きくらいがなんです。しかと、つくしがこさえてみせます」
 それも嫁の勤めですから、とつけ加え、くるり身をひるがえした。仕方なく雲太らは、しばらく様子を見るか、と荷の隣に腰を下ろすことにする。
 そんなつくしは薪を拾うつもりでいるらしい。まず、すたすたと山へ向かって歩いていった。その足が山道からはみ出しても進み、雲太らの眺める前でがくん、窪地へ姿を消す。目にして雲太らが跳ね上がったなら、落ちてしまいました、笑って土手へ這い上がってきた。ゆえにこれはいかん、と雲太らも手伝って拾い集める。その薪を組むつくしの手際は、見えておるようでなかなかよい。だが見つけた川で穀を洗って帰れば、穀の半分は流されてしまっており、それでもナベをかまどへ据えて石を打ったなら、つくしにも火は起こせるのです、と言って自慢げに振り返ったつくしの袂こそ火をくすぶらせていた。様子に雲太らは目から火が出るほど驚かされ、慌てふためき叩き消す。それからというもの火に驚いたつくしは泣いてしまい、もうよいから、と雲太はナベからつくしを離してしまっていた。
「本当に、村でやっておったのか?」
 前において問い詰める。
「まったく、危なくて見ておれんぞ」
 言う口は自ずからへの字と曲がり、つくしは目からぽたぽた、涙を落とした。ままにつくしは、首を横に振る。見て取った雲太の顔はますます厳しさを増していった。
「嘘などついてはならん。わしはそんな嘘つきを、嫁にもらった覚えはない」
 おかげで燃えてしまいそうになったのだから、叱りつける声の加減がきかない。
 剣幕に、代わって粥炊きをしていた京三が顔を上げていた。
 なおさらつくしは泣き声を上げ、両の手でまぶたをこすり続ける。
 見かねて京三の傍らから、和二が駆け寄ってきた。
 だが見えぬつくしが振り返ることはない。
「……できんとつくしは、いらんと、雲太さ、に、……いらんと、言われてしまいます」
 涙の合間から声を絞り出す。このときばかりは雲太の口も、あ、と開いたままで止まっていた。
 つくしはそれきり雲太の前へ座り込み、ただなきじゃくる。見下ろす雲太にかけてやる言葉は浮かんでこなかった。ただやりとりをじいっと見つめていた和二だけが、つくしの隣へ屈みこむ。
「大丈夫だぞ。おいらもいっぱい、いっぱい、できんことがあるぞ。つくしもおいらと一緒にがんばるぞ」
 寄り添いそうっと語りかけた。声につくしは体を揺らしてうなずき返す。その頭をいいこ、いいこと、和二はなでた。うなだれた雲太が去ってもなお、いいこ、いいこ、となで続けていた。


 粥がようよう炊き上がった頃には、つくしもいくらか泣きやんでいて、粥が炊けなくとも嫁は嫁だから気にせず食えばいい、という雲太と共に夕げをすすった。
 疲れてれ火の周りで横になったなら、四人は落ちてくるまぶたに任せて眠りにつく。そのあいだもつくしの手は、雲太の袂を握ったままだった。かたときもその手を離そうとはしなかった。

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