尽きぬ富 の巻
66


 空ゆく鳥の落とす影が、市をなぞって駆け抜ける。
 目には入らず雲太らはその時、得も言われぬ賑わいの中を人にもまれて歩いていた。踏み固められた道はすっかり整うと、今や広々とした通りになって伸びている。その中へ、人に馬に牛らは、ものともせずなだれこんで黒い帯を作り上げていた。両脇には見たこともないような品を並べた大屋根が連なり、その隅、屋根を持たぬ者の広げたムシロの上にも、これまた珍しげな品が並べ置かれている。
 番の者らは大屋根の下もムシロも向こうも威勢がいい。おっかなびっくり歩く雲太らにも、親しげな笑みを向けて呼びかけていた。その笑みに応じて足を止める者も多く、負ってきた品を見せては交換の話を進めている。一部始終は手際がよく、抜け目もないとくれば雲太らを感心させ続けた。そうしてまた、けたたましさの絶えぬ通りを埃に巻かれて進んでゆく。
 するとそこに、どうにも行き過ぎるに気がかりなムシロは現れていた。艶やかで美味そうなものばかりを並べる市の中、そこだけは水に浸した黒いつぶてをゴロゴロと並べているのだから、おかしな話というものだろう。こんなものと手持ちの品を交換したがる者がおるのだろうか。思えば自ずと足はムシロへ吸い寄せられ、気づけば雲太らは通りの流れから離れて真下に見下ろしていた。
「な、んだ。これは?」
 雲太は目を瞬かせる。
「ここは、石をおいておるのですか?」
 番の者にたずねて京三も、素っ頓狂な面持ちを向けた。なら袖のない衣を羽織った番の者は、よく日に焼けた銅色の頬をたちまち盛り上げて、雲太らを笑い飛ばす。
「冗談をいいなせぇ、これは貝だ」
「か、貝だと?」
 雲太の眉は跳ね上がり、京三もえっ、とうめいて男の顔とつぶてを見比べた。何しろ二人とも、貝といえば扇の形をしたつるりと丸いものしか見たことがない。すると男は食ってみるか、と雲太を誘い、これは確かめねばなるまい、雲太はすぐさまようし、と腕まくりして返す。と男の手はすかさず雲太へ差し出されていた。
「何と交換する?」
 その通り、ここは市だ。思い出した雲太の勢いは、あっというまに削がれていった。
「いや、そうだった。だがわしらは旅の者だからして、その、替える品など持ち合わせておらんのだ」
 肩を落とせばめざとく男は、和二の担ぐマソホの赤い布を指し示してみせる。それとなら交換してもよいぞ、と持ちかけた。雲太は驚き、これはわしらがまこと川へ毒を流した者を見つけた褒美だからして変えられん、と返す。
「なら食わせられん」
 先ほどのまでの愛想はどこへやら。男はそれきりそっぽうを向いてしまった。
「うむ、市とはやっかいだな」
 出し惜しみをされているようで、雲太の頬も歪む。思い出して、いそいそ手を袂へもぐり込ませた。つまみ出した銅銭を、指に挟んで男の前へかざす。
「なら、これではどうだ?」
 様子は手のひらを返すがごとくだ。たちまち男の目は大きく見開かれていった。
「なんの、ダイコク銭か! そら、あんた、いいモン持っておるではないかぁ」
 おかげで、銅銭など何の役に立つのやら信じていなかった京三も身を乗り出す。
「そんなにいいものなのですか?」
 確かめれば、そらそうだ、と男は京三へつき返してみせた。そうして実に楽しげと、銅銭にまつわる話を始める。
 それは名に由来する「大国」という大屋根が始まりだということだった。市でタカラくじを始めた大国は品とタカラくじを交換せず、一旦、品を銅銭と交換させたらしい。そうして銅銭でのみ、タカラくじを求められるとふれ回ったそうだ。そしてタカラくじの大当たりは、銅銭と交換して集めた大屋根の下、全ての品と交換してもまだ余るほどの銅銭である、とはやし立てたらしい。
 とはいえ最初、それがどういうことのなのか、誰もぴんときてはいなかったという。ただ余った品を腐らせるくらいならと遊びついでに交換して、タカラくじに興じていたらしい。ところがついに大当たりを出した者は現れ、市の様子は変わってしまった。銅銭をたんまり使って働く事無く品を手にする暮らしぶりを見たなら、誰もがくじを、そのための銅銭を、欲しいと思うようになったのである。
 そんなわけで品をまるごとダイコクへ持ち込み、すべてを銅銭に替える者は現れた。おかげで大国の品ぞろえは今や、天下一品だ。そうして手にした銅銭でさらなる銅銭を求めるべく、くじは交換され続け、くじ欲しさに銅銭を求めるものと品と銅銭をやり取りする者さえ現れるようになったのだという。
 きっかけに大国のみならず、ほかの大屋根でもムシロでも銅銭のやり取りは始まると、市は大国を真ん中に、くるくる品に銅銭を回す今の姿を整えたということだった。
「だいたい穀も菜も魚も肉も、器も布も、食えばなくなる。放っておけば腐る。使えば壊れておしまいだぁ。だがダイコク銭はな、腐りもせねば壊れもせん。一度、穀一握りと取り替えたなら、次の年もその次の年も、未来永劫、変わらず穀一握りのままだ。それだけでも持っておれば安泰のところを、増えるというならなおさらみなは欲しがりよる。ほんに、ダイコク銭はええ。何にも勝る素晴らしかもんよ」
 男の目じりは下がり、聞き入り雲太もほぉ、とアゴをなでつけた。
「ならわしは、そのつぶてが欲しいッ。そちらはこのダイコク銭が欲しいッ。みなにひとつづつだ。これと交換できるなッ?」
 声を張って、男へ銅銭を突きつける。なら待っていたかのような男の返事も威勢がよかった。
「そうとも、決まった!」
 早速、つぶてを掴み上げる。雲太らの見ている前でそのひと所に狙いを定め、カツン、太刀のような小さな道具を差しこんでみせた。器用にねじって二つに割り開き、見てくれとは裏腹の、つるりとした真っ白い中身を雲太らへ晒す。ぷくり膨れた貝の身は、その真ん中に横たわっていた。あまりの光景に思わず三人の頭も寄ってゆく。おおっ、と声を上げ、前において男は次々、貝を開いてムシロへ並べていった。
「そら、つまんで食いなされ」
 促す。
 うなずき雲太は男の手へ銅銭を乗せ、代わりにつぶてと思いこんでいた貝を手に取った。持ち上げて四方から眺め、柔らかそうな身へ恐る恐る指を伸ばす。人差し指と親指でつまみ上げたなら、大きくてろん、とした貝の身は目の前にぶら下がり、和二と京三の見守る中、おずおず口の中へ落としていった。
「どう、ですか?」
 ごくり、息をのんだ京三が問いかけている。だが貝の身が大きすぎて、雲太はすぐに答えてやれない。とにもかくにも、もぐもぐ食んで、たちまち、うん、うん、見開いた目でうなずき返した。飲み込むが早いか、ヒザを打つ。
「うまいッ」
 だろう、だろう、と言う男は自慢げだ。それは 牡蠣(カキ)という貝で、生で食えるのは海が近いせいだ、と雲太らへ教えた。そのように大きな牡蠣を獲ることができるのは、浜の守り神のおかげでもある、と自慢げに語っても聞かせる。
 だからして次に手をつけた和二と京三は、浜の神へ感謝して貝へ両手を合わせてから、口の中へ放り込んだ。つくしもおっつけ雲太の手を借り、味見する。そんな三人が黙っておれたのは、牡蠣を食んでおるあいだだけだ。たちまち誰もが美味さに驚かされ、これ以上ないほどの笑みでもってして牡蠣の味を語り合った。それは貝のみならず、訪れなければ遭うこともなかったろう遠い場所の神がもたらす、ありがたくも格別な恵みであった。銅銭があればこそ得ることのできる、かくも至福の笑みであった。

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