尽きぬ富 の巻
68


 翌朝、これまた出された豪勢な朝げをたいらげ、雲太らは見送りに出てくれた女どもへ礼を述べる。昨日はずいぶん寄り道をしてしまったのだから、急がねばなるまい。手を振り、振られて大屋根を後にした。
 さすがに銅銭は使い果たせたようで、そのさい一枚も、釣りは返ってきていない。少し寂しくあったが袂の代わりに心と腹が膨れていた。抱えてこれまで以上に勇み励んで、出雲へ足を繰り出すことにする。
「マソホの村も、ここで布とダイコク銭を交換しておるのだろうな」
 思い起こして雲太は言った。
「そうですね。ダイコク銭を持っておれば、このように不自由はいたしません。きっといくらかは、そのようにされておるでしょう」
 肩を並べて歩く京三も、賑わい始めた通りの向こうを見つめて目をたわませる。同じく昇りゆく日に頬を照らされて、つくしも雲太を呼びとめた。
「雲太さ」
「どうした?」
「ここに一枚」
 掴む雲太の袂を指さしつくしは、首をかしげる。のぞき込んで雲太はたちまちおお、と口をすぼませていった。昨日、すべて渡してしまったと思い込んでいた銅銭だ。小さな銭が、紛れて一枚、袂に残っていた。つまみ出し、掲げて雲太はその穴をのぞき込む。
「こやつ、はぐれおったな」
 笑いかけてやった。
「ああ、昨日、釣りでもらったぶんですね」
 見上げて京三も口添える。
「さて、どうしてやるか」
 見上げて歩き、雲太はアゴをなでつけた。やがてよし、と心を定める。
「よき思い出のしるしだ。お前はわしのところに残れッ」
 がはは、の笑い声は朝から豪快だ。聞いてあら、とつくしは微笑み、京三も確かに、とうなずいて返した。気づき、その目を足元へ落とす。
「どうしました? 和二」
 その通り。さきほどからひとつも声が聞こえてこない。いつも先頭を切って歩きたがる和二は今日に限って、雲太らの後ろを歩いてさえいた。挙句、その手は、京三のくくり袴をぎゅう、と握りしめる。
「なんだ、元気がないな」
 雲太も見下ろすが、答えず和二はうつむいてしまい、おかげで四人の足は歩き出して間もなく止まってしまっていた。京三が、そんな和二の前へ屈み込む。待って和二は、うつむいたままでぼそり、教えた。
「……おいらは、腹が、痛いぞ」
 聞いてああ、とへこんでいったのは京三の眉である。
「昨日、山ほど食べましたからね」
 うん、とうなずく和二は頼りなげでならない。
「厠へ行きますか?」
 京三はたずね、和二はそれにもうん、とうなずいてみせた。見届け立ち上がった京三の目が、すぐにも雲太をとらえなおす。
「連れて行ってきます。少しこちらで待っていただけますか?」
 拒むわけなどなく、雲太は早くすませてこい、と二人を促した。では、と京三が目礼する。しょげる和二の手を引き行き交う人混みの中へ、背を紛らせていった。
 さて、見えなくなってしまえば勇んでいただけに腰を折られたようで始末が悪い。雲太はふう、と息をもらす。手持無沙汰のままに右へ左へ、頭を振った。何をや思いを巡らせ、その目を寄せる。
 というのも雲太には、ひとつ見ておきたいところがあった。これほどまでによい思いをさせてもらった銅銭だ。持ち込んだ大国とは、さぞかし素晴らしい大屋根であろうと気なっていたのである。だからしてうーん、と雲太は考え込む。こうして待っておるうちに、ひょいと行ってさっ、とすませてこようか、と思い至った。よし、とつくしへ振り返る。
「つくしもここで、しばらく待っておれるか?」
 声を辿ったつくしが顔を、持ち上げる。
「雲太さも厠ですか?」
 雲太は、いやいやと首を振って返した。
「もう来ることもないだろうからして、最後にちょっと見ておきたいところがある。だが誰もいなくなってしまえば、戻った京三が困るであろう」
 つくしはなるほど、と聞き入れた様子だ。それからあれやこれやと思いめぐらせ、雲太へ笑みを浮かべてみせた。
「お二人のことは、このつくしにお任せください。ですが早うお戻りを」
「うむ。まかせた」
 雲太は微笑み、これまで通ってきたところになかったのだから大国の屋根はこの先だろう、人混みの中へ足を繰り出すことにする。
 それにしても相変わらずの人の多さであった。呆れながらも並ぶあまた品を横目で楽しみ、やり取りを心地よく聞いて大国の大屋根を探す。やがて行く手にことさら黒く人だかりのできているところを見つけたなら、あ、と口を開いて立ち止まった。間違いない。人だかりの詰めかけておる屋根にこそ、「大国」だ。看板が掲げられているのを見つける。
「これはすごいことになっておるぞ」
 ごめん、ごめん、で雲太は行き交う人をかき分けた。息せき切って駆けつける。中から放たれた声に驚かされていた。
「あたしにも三枚おくれ!」
「おいらは十枚だ!」
「いたたたた。押しちゃあ、危ないよ!」
「うるさい、うるさい。始まっちまう。早くしろ!」
 手を振り上げて肩を揺らし、押し合いへし合い、そらみなしてえらい剣幕となっている。それは雲太がしばらくあっけに取られるほどで、いやいや、と雲太は頭を振って我を取り戻した。おかげでなお興味はそそられるというものだ。覚悟を決めて、人だかりへ肩をもぐり込ませてゆくことにする。
「いや、失礼。すまん。何がどうなっておるのやら。そら、ちょっと中を見せていただきたい」
 ぎゅうぎゅう、押し合う人と人を押しのけた。雲太の力でもってしても弾き出されそうになりながら、どうにか人と人の頭の隙から大屋根の奥をのぞきこむ。
 見えたのは、設えられた台だった。台は押し寄せる人をせき止め、一人の男がその向こう側に立っている。その身なりは小ぎれいだ。すぐにも大国の者だと察しがついた。そんな男は気後れすることなくこの人ごみと投げつけられる声を、一手に引き受けさばいている。
「はいはい。そちらさんは五枚でしたね。次が三枚の、十枚。押さないで、押さないで。お待ちくださいよ。今、順に、順に、用意いたしますから」
 口ぶりも、浮かべた笑みも慣れたもので、小気味よく台の上でぽんぽん、判をついていた。そうして印も乾かぬ紙切れを束に持ち上げると、ゆすってひい、ふう、みい、と数え、突き出されたダイコク銭と次々に取り替えてゆく。
 見届け、思い当たるふしに雲太は、ははぁんと鼻をならした。これこそがタカラくじだ。みなそれを血眼でもとめておるに違いない、と人だかりを見極めた。
だがそれにしても、と目は寄ってゆく。これではそのうち銅銭のせいで、けんかのひとつも始まりそうでならない。おっかない、おっかない。もう十分見たからと、雲太は人だかりから離れるベく身を切り返した。
 瞬間だった。
 もみあう人の声に紛れ、それは雲太の耳へ飛び込んでくる。
「おうい、シソウ、そろそろキリだぞう」
 人だかりのただなかで、雲太は足を止めていた。目の前に、節のない竹のようなタカの姿は浮かび上がり、そのタカは、唯一、村へ戻ることのなかった旦那を思うと、雲太の前で寂しげと目を伏せてゆく。  

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