尽きぬ富 の巻
69


 雲太は通りへ向いていた体を、ひるがえした。
 目を泳がせる。
 どこに、だれが。気ははやり、はい、いますぐ、と答える声を耳にしていた。
 ほかでもない、台の向こうで判をついていあの男だ。
 見つけて雲太の目は定まる。
 そこで男は人だかりへ声を張っていた。
「これにて締め切りとさせていただきます。どうぞ、お求めの方はもう少し前へ、前へいらしてください」
 なら雲太の周りから人は前へ、台へと流れ、気づけば雲太だけがぽつねん、と大屋根の下に取り残される。それでも眺めて立ち尽くし、首から小太鼓をさげる大国の者に追い払われてようやく雲太は、我に返っていた。
「さあ、さあ、今日はこれまでですよ。いらないなら通りへどうぞ」
「いや、わしももらうぞッ」
 転げるように人だかりの一番後ろへつく。
 男、シソウはそれからも手元を途切れさせることなく、求められた数だけのくじを小気味よく配り続けた。人だかりはみるまにしぼみ、女が嬉しそうにくじを受け取ったなら、大屋根の下はついに雲太が残されるばかりとなる。
「そちらはいかほど、ご入りようですか?」
 いまにもぽん、と押しそうに判をかまえ、シソウは雲太へ笑んでいた。だが雲太はくじが欲しいわけではない。ただ己が顔をシソウへ突き出す。
「タカの旦那、シソウとお見受けしたッ」
 とたん息を止めたシソウの目が、丸くなった。かまわず雲太は、携えてきたものを髪からほどく。
「これに見覚えがあるはず」
 タカより預かりし、黒い石を結わえつけた麻ヒモだ。シソウの前へ突き出した。シソウはそれを丸まったままの目でのぞき込み、じいっ、と見つめて判をおろす。再び雲太へその顔を上げていった。
「……確かに。わたしがタカへ渡したもの」
 やはり、と雲太の頬はそこで引き締まる。
「わしは雲太と申す旅の者。その方の村を通り、ここまでやってきた。村ではこの通り、タカにおうてきてもおる。よく聞けシソウ、タカはお前が帰ってこぬことをたいそう心配しておったぞ。だからして見かけたなら、そのことを伝えるとわしはタカと約束をした」
 説いてシソウの目をのぞきこんだ。
「案ずるな、もう龍は村へこん」
 ゆっくり言い含め、首を振る。
「災いを起こしておった魂は鎮まられた。ほかの働き手もみな戻っておる。これまでとおりだ。仲良うやっておるぞ。お前も安心して村へ戻れ。戻ってタカに、元気な姿を見せてやれ。はよう安心させてやれ」
 そら、と麻ヒモをとシソウへ突きつけた。だがシソウの手は伸びてこず、落ち着き払った面持で一言、雲太へこう口を開く。
「そうでしたか」
 おかげで、まくし立てた雲太の方こそ、しどろもどろになっていた。
「そ、そうでしたかとは、どういうことだ」
「ご覧の通り、わたしは大国へ勤める身でございます。勝手と帰ることは許されません」
 その手元で判はすっかり、乾いてしまった様子だ。シソウはていねいに色をあてがいなおす。
「しかし、タカが……」
 合間をついて雲太はシソウへせっつくが、もちろん、と言うシソウにすぐにも遮られてしまっていた。
「終われば村へは帰るつもり。そのさいには食うに困らぬ穀どころか、尽きぬ富をちょうだいして戻る約束もとりつけております。龍の一件をご存じなら、あなたもよくお分かりでしょう?」
 今度はシソウが、雲太をのぞき込む番となる。
「わたくしはあの出来事で、田畑が当てにならぬことを、いやというほど思い知らされたのです。ですから大国に誠心誠意、奉公することを決めました。あかつきには、この手を銅銭の畑に変えてみせると、己が心に誓ったのでございます。そのためには、あらゆる苦労もいとわぬと覚悟いたしました。嫁であればそんな旦那を支えこそすれ、足手まといになるようなもの言いなどせぬもの。迷惑千万(メワクセンバン)、ふがいない」
 ふん、と鼻を鳴らしてみせた。
「なんの。尽きぬ富だとか、何だか知らんが、タカはそのことを知らぬ様子だったではないか。せめて知らせてやるべきであろう。そもそもだ。お前の手に入れようとしておるそれは、タカより大事なものなのか?」
「もちろんでございます。それに勝手には戻れぬ、と申し上げたところ」
 などと、シソウの返事は早い。いわずもがな、雲太の唇は尖っていった。そんな雲太の前へ、シソウは痺れを切らしたように色の行き渡った判を持ち上げてみせる。
「さあ、つまらぬ話はここまでです。おもとめになられるから、こちらへ参られたのでしょう。何枚になされますか? 先ほどから向かいで当りの取り決めを待っております」
 たちどころに雲太の眉間は狭まっていった。やがてその手をだん、と台へ叩きつける。
「もうよいッ。だがこれはタカとの約束だからして、そちらへお渡しいたすッ」
 麻ヒモをおいて息巻けば、シソウはただ頭を下げただけだった。なお腹立たしくなって雲太は、袂をまさぐる。最後の銅銭を掴み出し、たがわずそれも台へ叩きつけた。
「もらえるだけだ。くじもいただけば文句はあるまいッ」
 なら涼しい顔でのぞき込み、シソウは、ぽん、と一度きり紙切れへ判をつく。雲太の前へ差し出した。
「どうやら少し足りぬようですが、ここまで色々お運び頂いた分がございます。差し引かせていただきました。どうぞ気兼ねなくお受け取り下さい」
 もう怒り心頭だ。雲太はふがふが、空を食む。それきりくじを毟り取った。
「タカが可愛そうでならんッ」
 勢いのままにきびすを返せば、その背でシソウは言っていた。
「ダイボウ様の手業(テワザ)をご覧にになれば、あなた様でもお分かりになられます」
 頭を垂れて雲太を送り出す。
 聞かず振り上げられた雲太の足は、大屋根を蹴り倒さんばかりだ。大股で大国を後にしていった。
 こんなことなら、のぞいておこうなどと思わなければよかった。自分こそ早くつくしの元へ帰ってやらねば。雲太の口からもれるのは、後悔の念ばかりだ。だというのにその腕は、すぐさま横から伸びた手に引っ張られることとなっていた。
「いやはや、待ちかねておりましたよ」
 気づけばあっという間に、向かいの大屋根へ引っ張り込まれる。何をする、と雲太が払えば、そこには先ほど雲太を追い払おうとした大国の者が立っていた。

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