昔々 の巻
7


 昔々、そのまた昔の、また昔。
 遠い遠い昔々。
 なので話は長いが、何しろ万物の始まりからなのだから、気長にお付き合いいただかなければならない。それほどまでに遠い昔のこと。
 そこに天地(アメツチ )はなく 陰陽(メヲ)もなく、ただ雌鶏の卵によく似た宇宙だけが、ゴミを浮かせてぼんやり漂っていた。
 そのぼんやりの中に現れたのが、全ての始まり、 天之御中主神(アメミノナカヌシノカミ)高御産巣日神(タカムスヒノカミ)神産巣日神(カミムスヒノカミ)の、 造化三神(ゾウカサンシン )に代表される五柱の神々だ。
 さて、これら五柱はスゴい。
 天の神、通称、 天津神(アマツカミ)の中でも別格とされる 別天津神(コトアマツカミ)と呼ばれるくらいなのだから、格が違った。というのもこの五柱こそ、近代で言うところのファンデルワールス力やら静電気力そのもの、全てのものをつなげてカタチに成す「結びの力」そのものだったのである。
 ゆえに五柱が現れるや否や、宇宙に浮き漂っていたゴミは互いに引き合い、くっつき合った。あれよあれよで、アレ、ソレ、ココとたちまち宇宙は固まり始める。
 やがて上の、混じりけもなく軽く澄んだ部分が天となり、 沈むに時間がかかったゴミが集まり地を成した。すなわち天こそが今でいう高天原で、地こそが 芦原中津国(アシハラノナカツクニ)、またの名を地球、だ。
 だが「結びの力」は、それごときでついえる貧相なものではかった。その後も大いに働くと、高天原に芦原中津国を見守る神々を、 神代七代(カミヨナナヨ)と出現させてゆく。これこそが第一期、神様ブームと呼ばれる時代となり、天津神とはこのブームの間に生まれた神、全てを指すものとなった。そしてこのブームの最後に現れた神こそが、あの有名な 伊邪那岐神(イザナギ)伊邪那美神(ミザナミ)だったのである。
 さてそのさい別天津神らは生まれたてのこの二柱に、一本の (ホコ)を授けて、こう言い渡している。
「そら、下を見てみい。芦原中津国はザップンザップン水に浸った、どこが陸でどこが水かも区別のつかん、まったく泥まみれの未開地じゃ。ええか、わしはドロドロの田舎なんぞ気に食わん。それ、この矛で技術提供してやるから、矛から (イズル)『結び』の力を使うて、 おまんらもチョメチョメ、下界を美しく富める、優しき豊かな国に整え、あっぱれ治めてつかわせ」と。
 さて神の世は、これで結構、縦社会である。この辞令がたとえ芦原の野の先鋭部隊、つまるころ僻地開拓というドロまみれのヨゴレ仕事だったとして、二柱は別天津神らより、ありがたく矛を受け取ったのであった。
 そうしてさっそく 天 浮橋(アメノウキハシ)(雲)を吹かせてひとっ走り、現地の視察に向かう。このドロドロがいただけないと、ぬかるみへハイテクノロジーの矛をえい、と突き立てた。すかさずかき混ぜ引き上げたなら、なんと先から塩はざわざわあふれ出し、結びの力で固まって、泥まみれの芦原中津国へオノコロ島という最初の陸地を作り出す。それでも止まらず塩はあふれて海を作り、海の中でもむすばり塩は。ゴソゴソ、モゾモゾ、生き物を生み出した。やがて、やんややんやとにぎわい始めたなら、それはまこと順調な種の起源だ。
 見下ろし、あなたがステキと言ったから、今日は、国造り記念日。二柱は、オノコロ島へ「ここが国の始まりぞ」と定礎の柱を打ち立てる。
 柱の名は 国中之 柱(クニナカノミハシラ)。業績はすぐにも高天原をかけめぐり、その後、柱は、芦原中津国の有名なランドマークとなったのであった。
 さあ、仕事がうまく運べば、仲間意識も高まるものである。二柱はある日、国中之柱を待ち合わせの場所と、気分転換にデートの約束なんぞを取り交わした。
 しかしながら当日、どこで何をしているのやら伊邪那岐神はいっこうに姿を現さない。時間を間違えたかと伊邪那美神が気をもめば、何のことはない、柱の裏にぼうっと待ち続ける伊邪那岐神の姿はあった。思えばこの時から、伊邪那岐神はどこか頼りない男だったのである。伊邪那美神は、待ちぼうける伊邪那岐神へ柱の影から声をかけた。
「あ、探したんだよ」
 いつもの作業着とは違い、一張羅を羽織るその姿に声を上げる。
「へぇ、今日、すごくかっこいいね。ねね、さっそくどこかいいトコ連れてってよ」
 気づいた伊邪那岐神はそこでようやく振り返り、同じく伊邪那美神の姿に驚いてみせる。
「あ、そこにいたんだ。へえ、今日はセクシーじゃん。てか僕でいいの? ならいいトコ知ってるけど、行っちゃう?」
 僻地ゆえたいした遊興施設があるわけでもなし、「トコ」が「床」だったとしても致し方なしだろう。別天津神のチョメチョメがこのことだったなら、二柱はたちまち目出度く結婚とあいなったのであった。
 が、生まれてきたのはあろうことか、足の立たない 蛭子(ヒルコ)ばかり。なかなか良い子が授からない。果たして因果は妻か夫か。国造りどころか、夫婦間がぎくしゃくし始める。 と、アドバイスを与えたのは、さすが年長者、別天津神だった。どうやら人も神も、男がリードせねばうまく行かぬようになっているらしい。最初、誘ったのが女の方だからいかん。別天津神はサラリと言ってのける。
 仕切りなおせば、たちまち二柱の間に、 大日本豊秋津洲(オオヤマトトヨアキヅジマ)、つまり本州はまるっと産まれた。その後も夫婦円満、家内安全。伊邪那美神はポンポンと四国、九州、隠岐に佐渡と、 大八島(オオヤシマ)、つまり今の日本を産み落としてゆくこととなる。
 なら増えた国土を支えて豊かにするため伊邪那美神は、あらゆる自然や生活を統治する神を各省庁よろしく、どんどん、ばんばん、 八百 万神(ヤオヨロズノカミ)と呼ばれるまでに、産み続けた。
 産まれた神はその後、高天原に残るものと離れて芦原の野へ下るものに別れている。下った神らは各担当へ散ると国土運営の神、 国津神(クニツカミ)として働き、荒れ放題の大八島を住みよい場所へと変えることに心を尽くした。
 おかげで人は現れ、群れができ、 (ムラ)となって村と呼ばれ、農耕は始まると、野に国らしい形はようやく見え始めることとなる。
 さて、これらが第二期、神様ブームであることはいうまでもなく、その最後に生まれたのが、いや、産まれたからこそ最後となったのが、火の神、 軻遇突智命(カグツチノミコト)であった。 この軻遇突智命、あり得ないことに産まれた時から燃えていた。あっぱれ産み落とした伊邪那美神はやけどを負い、 黄泉(ヨミ)の国へ、つまりあの世へ 神避(カムサ)ってしまう。
 事態にうろたえたのは、伊邪那岐神だった。だいたいハナから伊邪那美神にリードされていた、草食男子だ。残されて、どうしていいのか分からなくなる。それどころか悲しみと怒りにかられ、我が子、軻遇突智命の首を払いさえした。
 そのさい出現したのは、建御雷を始めいくらかの神だが、喜んでいる場合でこそない。もう、修羅場だ。自殺まがいかストーカー行為か、伊邪那美神を連れ戻すため伊邪那岐神は、黄泉の国までひた走る。そうしてついにあの世の暗闇で、伊邪那美神との再会を果たしたのであった。
 だが一緒に帰ろうと呼びかけた伊邪那美神は、すでに黄泉の国の食べ物を口にしたせいで、もう戻ることはできない、と伊邪那岐神を追い返す。
 無論、伊邪那岐神は聞かなかった。
 いい年をして、周囲の目もはばからず駄々をこねる。
 様子はかなり情けなかった。
 さすがに見かねて、伊邪那美神もキレる。
「ったく、情けない男だね。ちょっくら行って、ここの頭と話をつけて来るから、アンタはそこで大人しく待ってな」
 乙女だった伊邪那美神も、今や数多産み落とした島と神のおかんだ。強かった。言い放つや否や、直談判すべくその場を去る。
 だからして告げられた男、伊邪那岐神は待った。鼻水をずびずびいわせながら、淋しいところを堪えて待った。
 が、なかなか伊邪那美神は帰ってこない。不安は過る。暗いのもの怖い。しょうのない男だ。積もり積もって堪えきれず、ついに伊邪那美神を追いかけその場を動き出す。そうしてほの暗い黄泉の国で目にしたのは、すっかり腐れて虫の這った伊邪那美神のおぞましい姿だ。伊邪那岐神は、思わずうひゃあ、と声を上げていた。
「うらぁっ。だから、待っていろといったろうっ!」
 気づいた伊邪那美神が吠え返すが、有様はよけいに恐ろしく、伊邪那岐神は腰を抜かして震えあがる。これはすでに嫁ではない。ようやく気付いた鈍さはさておき、とにもかくにも一目散と逃げ出した。その姿に伊邪那美神も、どういうことかと顔を歪める。
「あんたっ、ビビるだけならまだしも、逃げるって何よそれぇっ。あたしの魂を迎えにきたんじゃないのぉっ。やっぱり体だけが目当てだったのねぇっ!」
「つっても、堪忍してくれー」
 なんの、伊邪那岐神を責めたとして、好意の最初を左右するのは見た目が九割九分と近代の科学も証明しているのだから、仕方ない。腐れてウジがわいたカミさんを、今さら愛しているなどと言うのは無理があり過ぎた。
 きー、と伊邪那美神の発狂する声は上がり、伊邪那岐神はそれさえ払う。
「こら、またんかいっ!」
 怒りに任せ、伊邪那美神は伊邪那岐神を追いかけた。
 伊邪那岐神は逃げる道すがら、伊邪那美神へ木になっていた桃を千切って投げつけ、ブドウをもいでは投げ、タケノコを掘っては投げつける。惑わされた伊邪那美神が食らいついている間に距離をかせぎ、命からがら 黄泉津比良坂(ヨモツヒラサカ)までを走り切った。そうしてえいやと、そこに巨大な岩を置く。道を塞いでこう告げた。
「伊邪那美神、悪いが、俺にはもうムリだぁ」
 なら伊邪那美神は、岩の向こうでまた吠える。
「この薄情者ぉっ。国造りがなんじゃいっ。ならあたしは一日に千人殺して、黄泉の国へひきずりこんでやるぅっ」
 おいおい、それはないだろう。思い過れば塞いだ岩のおかげで少々強気が戻ったか、そこでようやく伊邪那岐神は男を見せた。
「うるさい醜女。やれるもんならやってみろ。べろべろばー。こっちは一日に千五百、産ませてみせるわ。がははははっ!」
 つまり昨今の人口の七十億人突破は、この夫婦喧嘩が元だ。しかもこうして岩のおかげであの世とこの世は行き来が不能となり、黄泉の国は伊邪那岐神のトラウマと共に、おぞましくもけがれた世界のイメージが定着することとなったのであった。


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