尽きぬ富 の巻
70


「おぬしか」
「さあ、始めますので、どうぞくじをお確かめ下さい」
 雲太は渋面で見おろし、大国の者はうって変わって腰も低く雲太を促す。それきり身をひるがえすものだから、こら待て、と雲太は大国の者へ手を伸ばしていた。しかし届かず、大国の者は大屋根の下へもぐりこんでしまう。
 そこでテケテケテケ、小太鼓を打ち鳴らした。合わせて大国タカラくじの取り決めのが始まることを、ふれて回る。耳にした人はそぞろに集まり、いまや遅しと並ぶ頭が雲太の前で揺れ動いた。
 だが雲太は別だ。ちらり、人だかりヘ目をやったきりである。ぽい、とくじを投げ捨てた。せいせいした、と思えばこそだ。背を向けその場を後にする。
 しかしながら、ここはどうにも人が多いというものであった。そんな雲太の背で、拾い上げる影は早々、動く。
「まぁ、まぁ、そうおっしゃらず。せっかくダイコク銭でおもとめになられたくじです。ご覧になってから行かれてはどうですか」
 その口ぶりは穏やかだ。腹立ちまぎれと聞き捨てるに忍びなく、雲太はついぞ踏み止まる。礼儀とわきまえ、声へと頭をひねっていった。男はそこに、拾い上げた紙切れを雲太へ差し出し、立っている。荷を負っていないのだから市に住いする者だろう。口ぶりとたがわず浮かべた微笑みは優しげで、まこと人の好さげな風体をしていた。目にしたなら、なおのこと怒鳴りつけられなくなってしまう。雲太は男へ、形ばかりと頭を下げていた。
「かたじけない」
 捨てたはずのくじを渋々、受け取る。
「いえいえ、何しろ当たれば玉虫色のタカラ者です。どうぞ大事にお持ちください」
 と、男が目を大屋根へと向けた。そこで大国の者は、大懐より取り出した細い筒の先へ何かを詰め込み、目隠しをして大屋根の奥へ向かいかまえている。集まった人らは様子を一心に見つめ、かたずをのんで何事かを待っている様子だった。
「ああ、もう始まりますよ。絵柄はお確かめになられましたか? まだでしたらわたしが見て差し上げましょうか」
 向きなおった男が言う。
 しからば、と雲太も男へくじを差し出した。
 ならテケ、と小太鼓は鳴らされる。合図に大屋根の下へぱあっと紙切れはばらまかれた。大屋根の下は一度に真っ白となり、目がけて大国の者は、口元へ持ち上げた筒へ鋭く息を吹き込む。中から何かが素早く飛び出していた。それは散っていた紙切れを数枚、突き刺し、立てかけられていた板へカツン、突き刺さる。
 音に雲太は振り返っていた。
 男がどれどれ、と雲太のくじをのぞきこむ。
 ひと仕事終えた大国の者はするり、目元の布をはずし、雲太のくじをのぞき込んだ男がほほう、とそこで声をもらした。
「これは面白い絵がある」
 感心するものだから己が手へ、雲太も視線を落としていった。耳に、板に留められた紙切れを剥いで読み上げる大国の者の声は響く。
「本日の当りは絵柄が四つっ! ひとつめは亀の二にござぁいっ!」
「ええ、まずは亀の二」
 男も違わず、雲太のくじを読んでみせた。さらに大国の者が「鶴の十四」と言えば、男もすかさず「鶴の十四」と繰り返し、三つ目が梅の九なら、それもなぞって梅の九だ、と告げる。最後は丸の二十六で、大国の者は読み上げた紙きれを晒して板へ貼りつけ、あぁ、と落胆する声はそこここで上がった、だが男はそのとき、誰の言葉もなぞることなくこう言ってのける。
「おやおや、丸の二十六が最後ですね」
 だからして雲太は、ん、と男へ首をかしげていた。
 男の顔はそこで持ち上がり、雲太へ親しげと笑いかける。
「大当りですよ」
 などと、雲太にはわけがわからない。
「大当り?」
 繰り返してようやく気づかされ、なにをとくじへ首を突っ込んだ。まさかとむさぼり絵柄を読めば、あろうことかそこには板にさらされておるとおりが書き込まれている。雲太の口から、おおッ、とうめき声はもれていた。
「大当たりは確か、ダイコク銭が万枚だったはず」
 男は空を仰いで雲太へ教える。
「なんとッ」
 雲太は思わず、その空へ飛び上がっていた。だが再び地についた足へ力は入らない。腰は抜けてその場にへなへな、座り込んでいった。そんな雲太へしずしずと、男は頭を下げてゆく。
「これは遊び放題、食い放題。あやかりたい、あやかりたい」
「あわわわわ……」
 雲太はただ、うめき、これはえらいことになった、とおののいた。何しろ昨日、三枚あっただけでもあの騒ぎである。それが万枚ともなれば、もう想像がつかない。
 うちにも男は去り、当った方はおられますか、と呼びかける大国の者の声が耳へ届いた。答えて雲太は己が手を、これでもかと振り上げる。
「わッ、わしだッ。わしのくじが当たったぞッ」
 いっせいに振り返った誰もの目が痛かった。
 見つけて駆け寄る大国の者の面持ちも凄まじく、くじを確かめるが早いか、さげていた小太鼓をこれでもかと打ち鳴らしてみせる。様子は時を告げる雄鶏がごとしだ。四方へ大当たり、とふれて回った。
 ならそこから先は嵐となる。雲太は大屋根の下へ引っ張り込まれ、その身へ玉虫色の衣を羽織らされていた。手付けでございます、と一枚の銅銭は渡され、打ち鳴らされる小太鼓に合わせて奥から駆け出してきた者らに、わぁっと取り囲まれる。
 みなあふれんばかりの笑顔だ。浮かべて声をそろえると、「大市一番、タカラ者」と唱えてみせた。袂より掴み出した色とりどりの紙切れを雲太へぱあっ、と振りまき、降り注ぐその下で、やんややんやと踊り始める。
 聞きつけた人が、通りから駆け寄ってきていた。お囃子はいっそう賑やかさをまし、憧れ、仰ぎ見るあまた眼差しを雲太は一身に受け止める。
 おかげでようやくだった。大当たりを出したのだ、と雲太は感じ取る。舞い散る紙吹雪を肩に受け、初めてタカラ者になったのだ、と心の底から思い知っていた。
 とたん起きたことは嘘、幻ではないはずだ。越えて来た険しい山肌も、腹を空かせたひもじい細道も、みながふわ、と消え去ってゆく。代わって雲太の目の中で、あまねく野は錦と輝いた。その美しさは息をのむほどで、吸い込まれて雲太は目を見張る。すると光は雲太へと、得も言われぬ力をだくだく注ぎ込んでゆくのだった。
 おかげで膨れ上がったのは心か、その身か。はち切れそうになって雲太は己が中より、囁く光の声を聞く。さあこれで手に入らぬものはなくなりましたよ、と。だのに何を好んで辛い思いをすることがありましょうか、と。ついに野はあなたの思うままなのです、とまで耳にする。
 そのどれもが嘘である、とは思えない。
 なぜなら雲太には万枚の銅銭がある。
 手ごたえがニヤリ、雲太を笑わせていた。
 さて、どこへ帰るつもりであったのか。憧れ見つめる目にさらされ忘れて、雲太は堰を切ったように笑い出す。心のままに高らかと、空を仰いで笑うのだった。

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