尽きぬ富 の巻
76


 あくる日。
 黄金色の市を、沈みゆく日が真っ赤に染める。
 そのうちのいくらかは、すでに訪れた者らの手により刈り取られ、もうなくなっていた。瓊瓊杵尊と獅子が去ったところにはいつも通りと塩の柱も残され、ひとすくい持ち帰ろうとする人の列もまた、畑の中にできあがっている。
 さて、銅銭はすすと舞い上がり土くれとなったうえ、すべては貧乏神の仕業であったのだから、シソウの落ち込みはひどいものであった。何も知らず今日にも市を訪れた者も同じだ。市の様子に驚くと懐で、袂で、すすと消えてなくなってしまった銅銭に気づくなり嘆き悲しむ。
 だからして雲太らは、銅銭は貧乏神がまいておったものだと、みなに語って知らせた。ならば持ちたがる者がいなくなるのは当然のことで、大国の大屋根も牛に踏まれてなくなっていたなら、持っておっても交換するあてこそない。目の前の穀を刈る方が先だ、と誰もはうなだれていた頭を持ち上げ、いそいそ仕事に取りかかるのであった。
 それもこれも、あまた国津神らが行き交う市であればこそ、悪しき者も紛れ込みやすいのでありましょう。こぼした瓊瓊杵尊はだからして、市を治める神として祀るがよい、と雲太らへひとつの石を残している。それはのんびり座った牛の形に似た石で、牛山を背に社を建て納めたなら、たとえ刈られた穀に牛山が解き放たれたとしても、二度と暴れることがないとのことだった。
 それを雲太は、シソウへ差し出す。
 昨日、一日、嘆いたことでどうにか落ち着きを取り戻したシソウは、今朝より他の者らに混じって穀の刈り入れに精を出しており、その面持ちは ()き物が落ちたようで穏やかだ。見送りに出てくれた市の外れでしかと受け取ってみせると、深々、雲太らへ頭を垂れていった。
「承知いたしました。このような災いを招いた大国の者として、二度と起こらぬようお祀りすることを、 (ミタマ)のお力をお借りし、再び市を豊かとたてなおすことを、ここにお約束いたします」
 雲太はうむ、とうなずき、そんなシソウへ少しばかり眉をへこませる。こうも口添えて言うことにする。
「なに、貧乏神に()かれ、わしも危ういところであった。だからしてお前がダイコク銭に (トリツ)かれたのも、よく分かるしかし、そんなわしが元へ戻れたのは、兄弟や嫁がおったからこそ。お前も周りの者を大事にするが、まこと富める道だとわしは思うぞ」
 最後まで耳を傾けたシソウに、もうたてつく素振りはない。
「はい。今日、刈った穀を持ち、明日にでも一度、村へ帰る心積もりでおります。よくぞ田畑を守り、待っておったとタカに詫びねば……」
 肩を落とした。様子に京三が、すかさずいたわり声をかける。
「大丈夫ですよ。戻れば必ずタカ殿は喜んでくれます。村といい、市といい、シソウ殿こそ大変な目にあわれましたね」
 いえ、と首を振るシソウの言い分はこうだ。
「どれもこれも荒ぶる神のなされたこと。わたくしには、どうにも」
 そうして浮かべた笑みは、どこかせつない。おかげで兄弟は、顔を見合わせることとなっていた。うん、とそれぞれにアゴを引いたなら、心配するな、と雲太は呼びかける。
「出雲へ着いたならこのことは、国造りを進めておられる御仁へわしらの口からしかと申し伝えよう。御仁が奮えば、このようなことは二度と起こるまい。だからしてシソウもくじけることなく市に村に、みなのために尽くせ」
 聞かされたシソウの目は、聞いてたちまち丸くなっていった。
「旅の途中であるとうかがいましたが、そのような旅であったのですか」
 感心して、かわるがわる三人の顔を見比べる。前で雲太らは照れてはにかみ、つくしがくすくす笑ってみせた。
 見守る日はいつしか山肌を滑り、今にも葦の茂みへ隠れそうだ。少しでも早く出雲へ辿り着きたいのなら、こうして名残惜しんでばかりはおれないだろう。雲太らはしからば、とシソウへ頭を下げた。シソウも旅の無事をお祈りいたします、と深々、体を折る。ままに、歩き出した雲太らを小さく消え入るまで見送るのであった。
 果たして貧乏神にあれほどの力はなく、与えたのはいかなる者か、と雲太らは話し合う。すぐにも京三が、貧乏神が消え入る間際「ぬし様」とこぼしたことを思い出し、みなへ告げた。聞かぬ名に、これもまた探す神の仕業か、と雲太は勘ぐる。
 前に、最後の山はそびえ立っていた。近いのは出雲のみならず、そんな神やも知れぬと雲太らは見据える。向かってまっすぐ道は伸び、背より日は差して力強く雲太らを押し出していた。出雲へとまた一歩、雲太ら三兄弟はその足を繰り出してゆく。


 かたやはあはあ、と息が荒いのは烏だ。
「途中でばらばらになられるなどと。足は三本あろうとも、さすがの 八咫(ヤタ)もこの身は一つにございますよ」
 何しろ市で目にした 八十神(ヤソガミ)らを追えば、馬にまたがり四方八方へ散っていた。しかも馬は、神が手綱を引く 神馬(シンバ)ときている。足の速さは獣と比べるにあたわず。すぐさま空へ舞い上がると、こずえを草原に変え疾風となり、追いかける烏をたいそう戸惑わせていた。
 だからして烏はともかく一頭を見定める。あとを追い、山たる山を飛び越え、流るる川に鏡のような湖をまたいだ。やがて野も奥深きところ、人里離れた山の懐へたどり着き、降り立つ馬と共に翼をたたむ。
 さて、周りなんぞ見ておる暇のない早さだかったのだから、どれほどの時間を、どこまで飛んだのか烏にはよく分かっていない。気づけばいつしか辺りは闇に覆われ、虫も遠慮がちに鳴く夜となっていた。眺めて聞きながら、烏は乱れた息を整える。あることに気づかされ、おや、とその首をかしげた。
足名椎命(アシナヅチノミコト)手名椎命(テナヅチノミコト)のおはせられるお社ではありませんか」
 そう、足名椎命と手名椎命といえば、素戔嗚の嫁、 櫛名田姫(クシナダヒメ)の両親だ。その名にも刻まれておるとおり足名推命は足がべらぼうに長く、手名推命は手がべらぼうに長い、天津神、素戔嗚と縁を持つことですっかりハクのついた国津神であった。その社が、こんもり茂った楠の下にのぞいているのを見つける。
 どうやらこんな時間にもかかわらず、八十神のアサクツはその社へ向かっておるようで、戸板を滑らせ、戸惑うことなく中へと上がり込んでいた。
 あまり行儀のよろしくない兄弟神らであることは、烏も重々承知している。だがこれはあまりに無礼が過ぎた。烏ははて、といぶかり、ようよう息も整ったところで翼を広げる。こずえを離れ、社の屋根へ舞い降りた。とんとん、三本の足で跳ね、反った屋根の合わさったところ、風通しか煙抜きか、ちょうど烏ならもぐり込めそうな穴へすり寄ってゆく。
 どうも盗み聞きするようで心苦しいが、やぶさかない。一体、何の用があってのことかと、そうっと中へ頭を潜り込ませていったのだった。

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