昔々 の巻
8


 さてさて話は長くなったが、今しばらくお付き合いいただきたい。
 こういう場合、癒して忘れるに手っ取り早いのは、やはりひとっ風呂浴びてスッキリする事だろう。一難去った伊邪那岐神は、澄んだ川へと身を浸す。そうすれば脱いだ服から神は現れ、国津神となり散って行った。さらに拭った右目から太陽の神、 天照大神(アマテラスオオミカミ)が、左目から月の神、 月夜見(ツクヨミ)が、 (ケガ)れを祓って絶好調、鼻からは嵐の神、 素戔嗚(スサノオ)が現れ出でる。
 見て取った伊邪那岐神は、思った。伊邪那美神もいなくなって一人身だし、ちょうどいいや引退するかと。
 ということで伊邪那岐神は、天照に高天原と国造事業の全権限を譲った。さらに昼の高天原の統治を預け、月夜見をそのサポートとして夜の高天原の統治を任せる。そして素戔嗚に海を任せた。
 これにて一見落着。お役目ご免。
 ふん。
 いい湯だな、あははン。
 などと引退すればのんきなものだが、預かった方はそうもゆかない。中でも素戔嗚は、伊邪那岐神の性質を継いだ様子だ。国造りどころか、たちまち母恋しとむずかり始める。挙句、担当を母のいる黄泉の国へ変えろと言い、通らないと分かれば天津神、国津神のせっせと作った国の一部を破壊し始めた。そこから先はもうヤクザだ。嫌がらせとばかり、天界における悪の限りを尽くしてゆく。
 様子におののき怒ったのは、事業を預かったばかりの天照だった。そうしてあの有名な「天の岩戸」の一件は起きる。
 隠れて長らくじっとり、夜が続いた。
 知ってのとおり、ウズメの裸踊りというシュールなオチで一件は終息を迎えるが、それで素戔嗚の罪が許されたかといえば、また話は別だろう。
 そんな素戔嗚に下った罰は、高天原追放。国津神への降格だ。素戔嗚もさすがにやり過ぎたと思ったに違いない。頭まるめてヒゲそって、神なのに仏門にでも入る勢いでしょんぼり天下ってゆく。
 ところが芦原中津国とて、住めば都であった。なにしろ腐っても元は海を統治し、嵐を司る天津神の素戔嗚だ。地上では、向かうところ敵はいない。たちまち色狂いの蛇を退治すると、地元のヒーローとまつり上げられてしまったりする。
 捨てる神あれば拾う神あり。国津神の両親を持つヨメさんまでもらいうけると、順風満帆の荒れ野生活は始まったのであった。
 さて、この嫁の名は、たいそう有名な 櫛稲田姫(クシナダヒメ)である。やがて互いの間には、八人の子、いわゆる 八十神(ヤソガミ)が産まれた。
 そんなこんなで月日が経つのはまこと早く、その子らは皆、大きく育つと、そろいにそろってイケメンとなった。くわえて少々チャラくも育っていた。
 いやここはたった一人を除いて、と訂正すべきだろう。派手な兄を七人も持ったせいで末っ子の 大物主(オオモノヌシ)だけは、男版シンデレラといつも兄の荷物持ち、虐げられる日々を送っていたのである。
 だからして、どこぞにめっぽう美人の姫がいるらしいと、サインに握手、あわよくば結婚なんてことを考え、我先にと向かった兄たちに付き合わされた時も、ただただ振り回されていただけだった。
 ところがこの姫、男を見る目はあったらしい。チャラ男たちより苦労してきた大物主がいい、と正面切って言い放つ。
 苦節、ン十年。大物主が泣いたかどうかは定かでない。だが一方でこの一言は、高かいがからきし軟弱だった兄らのプライドをことごとく傷つける大参事を引き起こした。兄たちは「のび太のクセに」ではなく「大物主のクセに」と怒り狂う。そうして報復の日々はここに、幕を開けたのであった。
 まず兄らは、火であぶった石を転がし大物主を焼き殺した。
 続いて、誘い込んだ森で、木の割れ目に挟みぺしゃんこに潰して殺した。
 そう、二度にわたって殺された大物主は、なんと、二度にわたって「結び」の力で蘇ってみせたのである。
 ナンセンスだろうが、潜り抜けたならこれほど壮絶なこともない。そしてこの無茶苦茶加減に一番びびった者こそ、大物主本人だった。だからして、このままではやっておれんと、この頃、念願かなって黄泉の国で番をしていた父、素戔嗚の元へ助けを求め走る。
 が、運命はここでも大物主にちょっかいを出した。素戔嗚の元で大物主が目にしたのは、なんとも美しい素戔嗚の娘、 須勢理(スセリ)ヒメだったのである。
 もう、今までの修羅場なんぞ一気に吹き飛び、大物主は恋に落ちた。ならヒメもヒメで、イケメン兄弟の末っ子ゆえ見てくれも悪くなく、むしろ修羅場をくぐって引き締まった大物主に、一目で恋する。兄の事など後回しだ。若い二人は、急転直下で結婚の約束を交わした。
 え、兄弟じゃないのかって。
 まあ、まあ。そこはソレ、神はおおむね長生きなのだから、こんなこともあるのだ。
 しかし、おやじの心理に古い新しいはなかった。兄よろしく、子が子なら親も親。大事な娘を手離したくない一心で、大物主へ試練を次から次へ投げる。リアクション命の若手お笑い芸人でもあるまいし、蛇のうごめく小屋へ放り込んだり、ムカデと蜂の駆除を強制したり、挙句の果てには大物主のいる野原へ火を放ってみたり、騒ぎはもう熱湯風呂どころではすまされない。
 が、須勢理ヒメの機転にも助けられ、くぐり抜けたからこそ大物主は悟った。
 ダメだ。こんな気狂い家族をまともに相手していては、いくら命があっても足りない、と。
 さすれば後が決まるのは早かった。ついに須勢理ヒメと手に手をとり、素戔嗚の財産の一部もちょろまかして、史実最初の駆け落ちを試みる。
 さあ、ようやく本題だ。
 逃げた二人に気づいた素戔嗚は、落ち合った兄ら七人と共に、大物主を追いかけた。だが手に手を取った麗しき二人の後ろ姿に、われは鬼かと気づいたらしい。涙ながらに娘の幸せを祈ると、兄らをたしなめ、逃げる大物主へこう言い放ったのであった。
「くそぉ、こわっぱ。お前には今日から 大国主 命(オオクニヌシノミコト)の名をやる。出雲を拠点に国津神として数多神を束ね、芦原中津国を治めてスセリに相応しい男になれぇっ」
 結構、感動のシーンだったに違いない。須勢理ヒメも「おとうさん、ありがとう。わたし、シアワセになりまーす」くらいは言っただろうと想像される。
 まあ、これだけの修羅場をくぐり抜けたのだから、資質は十分にある。そうして本腰を入れて始められたのが今、ここに続く芦原中津国の統治であり、大八島における国 (ツクリ)なのであった。


トップへ