さらば三兄弟 の巻
88


「覚悟ぉっ!」
 叫ぶ天照に、放つ光はいっときながら弱まった。
 見て取り今こそ、と鳥は炎の圧を高めに高める。
 だがそのとき、光に火の粉を突き破り、それは前へと現れた。
 切っ先に、光まとわせ矢は飛び来る。
 いつの間に、と鳥のひるがえす羽は尾羽もまただ。
 しかしながらあろうことか、尾羽は鳥のいうことをきこうとしない。
「八咫をなめてはっ、いけませんよぉっ!」
 声はそのとき内より響き、なにを、と鳥は目を裏返した。
 こしゃくな。
 舌打ちももれて当然と、尾羽の炎はいつからか、きれいさっぱり消えている。
 瞬間、矢が、鳥の翼を射抜いていた。
 ぎゃあ、と上がった声は、溶けた矢の、まとう光が鳥の身へ染みたせいだ。吐く炎は途切れ、前へ天照の放つ光は怒涛のごとく押し寄せてくる。その白さに鳥は、距離さえ測れなくなっていた。
 その光にのまれると同時だ。
 高天原は、かっと瞬く。
 どこより明るいその光の中で、のまれた鳥が影と揺れていた。ままに焼かれて縮みゆく。やがてじう、ときれいさっぱり消え去っていった。
 なら遥か離れた野の窪みでも、焼け土の柱もまた白く光に包まれ輝く。消えず光は腫れあがると、木端微塵だ、噴き上がり続けていた柱を四方へ吹き飛ばした。
 光景に音はない。
 ただ闇を切り裂き日の光が、野を駆け抜けてゆく。
 暗がりに影のすべてを蹴散らすと、広がり明々、星を覆い尽くしていった。
 戦の手を止めた天津神らは空で、野の者らは溺れながらも泥の中で、覆いゆくその眩しさに振り返る。果てから差すまばゆい光に、誰もが言葉を失い目を細めていった。すると光に遅れて彼の声は、朗々、芦原の野へ響きわたる。
「我はぁ、なんじの幸魂、奇魂なりぃ。三輪の山に鎮めて祀れば、国造りを助けてすすめんぅ」
 それは人も良さげなあの声だ。
 それきり光は、しゅう、と縮んでしまう。
 縮んだそこに、浮いて男の姿は残っていた。
 だが今や、ほ、ほ、ほ、と笑うその姿は、荒ぶっていたとは思えぬほどに実に穏やかである。
 光はそんな男の背からも縮んで消え去り、ぼちょん、とたん男は泥へ落ちた。じたばたもがく様はもう、おそるるにあたわない。証しに束ねられていた国津神らも祟りから解き放たれると、次から次へ泥の中へ落ちていった。沈んでかき分け、あっぷあっぷ、八十神もみなして泥に掴まり中を漂う。


 だからして高天原でもそれはぽとり、落ちていた。すすけている、などとはもはや言えまい。もとより黒いその身に磨きをかけて烏は、仰向けとなり開いた嘴からぽ、と煙を吐く。
「や、八咫を、なめては、いけまへん、よぉ……」
「八咫っ!」
 声に天照は天浮橋を飛び降りると、穴だらけの雲を飛び越え駆け寄っていた。
「おお、これは畏れ多くも天照御柱自らおこしいただくとは。それもこれもすべては八咫の失態。面目ない次第にございます」
 目をしょぼしょぼさせて烏は詫び、天照はうんうん、聞いてその口を開く。
「自らよく矢に、当ってくれた」
「お声はいつでも、八咫の耳に。おかげで祓われ、もう、いつも通りの八咫でございますよ」
 ほほほ、と苦笑いしてみせる。
「それより野は、野はどうなっておりますか」
 確かめ、身を起こした。
 言葉にはっ、と天照も我に返る。雲の裂け目から急ぎ、足元をのぞきこんだ。ああっ、と呻いて両の手を、己が頬へあてがう。
 それほどにも、もう何をどうすればいいのか見当がつかない有様だ。祟りはどうにか祓えたが、この騒ぎに野は、いや、この 宇宙(ソラがか、外れたタガのまま均一にゴミを浮き漂わせんと、だぷだぷうごめいている。目にすれば溺れておるは天照も同じであった。高天原の雲も穴を大きくする中で、狂ったように野へ手を差し出す。


「たく、仕方ないねぇ」
 そんな天照の声がかすかに響く、さらなるここは高みだ。見おろし女はこぼしてみせた。
 待ち合わせは今も変わらぬ国中之柱であったが、立てた姿はもうない。だからしてあったろう所で、足元の様子を眺めて屈み込んでいた男もすくっ、と立ち上がる。
「お、またお前から声をかけたな、伊邪那美神め」
 肩を開き、振り返った。
「は、あんたがトロいのさ、伊邪那岐神」
 口ぶりに女も返す。
 顔を合わせるのは 黄泉津比良坂(ヨモツヒラサカで別れて以来か。そもそもは黄泉の国ですっかり変わってしまった伊邪那美神の姿にあったが、駆けつけたそれはいくらも整っている。伊邪那美神はその美しい衣をなびかせ、伊邪那岐神の元へ歩み寄っていった。
「どうりで、黄泉の国も騒がしいはずだよ。なんだい、こちとら命、賭けて産んだ大八島だってのに」
 見つめる顔が苦々しい。
「立て方が甘かった。鳥に蹴られて倒れるとは、不甲斐ない」
 並ぶ伊邪那岐神も隣で、その眉をひそめてみせた。
「ともあれ、これではお前が一日に千人黄泉の国へ連れ込んで、こちらが千五百産ませる勝負の決着もつかんことになる」
 舌打つ顔を伊邪那美神は、ちらり、盗み見ている。その頬を緩ませ、また目を野へ向けなおしていった。
「なら、一時休戦で文句はないね」
 口ぶりは、実にさっぱりしたものだ。
「するしかあるまい。何より、造化三神の命だ」
 返し伊邪那岐神も、迷わず手を懐へ伸ばす。すかさず伊邪那美神も差し入れたなら、互いに取りい出したる物はそう、どこへ行ったか誰もが不思議に思っていた、ハイテクノロジーのあの矛であった。最初、泥であった野を固めたそれは二つに分けられると、二柱がそれぞれ大事と懐に納めていたのである。
「久しぶり過ぎて、うまくできるかしら」
「うむ、やり方を忘れてしまったかもしれん」
 などといぶかる双方がすけべえであるとか、ないとかはさておいて、国造りと未来のため、女男が合体すべきは定めなのだ。ゆえにそうら、で握る矛を、二柱は高く頭上へ持ち上げた。掲げたそこでぴたり、一つと組み合わせる。長らく使っていなかったのだから不安はあったが、さすが造化三神が持たせたものだ。たちまちぶうん、と音は鳴り、温度は上がってばりばりと、辺りへ白くプラズマを飛び散らせた。技術確かと勢いも猛烈に、ひとたび動作し始める。
 おかげで吹き飛びそうな矛を、二柱は手に手に固く握りしめる。狙い定めるは火を噴き終えた、うがつ穴の真ん中だ。三輪の山がありしところへ切っ先を、二柱は力の限りに振り下ろしていった。

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