昔々 の巻
9


 大国主は大いに奮起する。
 気持ちだけは、十分だった。
 だが実際、相手が大きすぎて手に負えないと言うのが実感だ。何しろ芦原の野には素戔嗚が束ねて治めろと言ったとおり、伊邪那美神の産んだ国津神やらその子孫がいつしかむやみやたらと増え、人も死んで地に鎮まるとご先祖様になったりならなかったりしている。そのうえそれぞれに呪ったかと思えば奇跡を呼び、 (ヨコシマ)、縦シマ入り乱れているのだから、様子はもうスラムそのもの。無法地帯とワケの分からぬ状態に陥っていたのであった。
 さてはてどこから手を付けるべきか。
 困り果てて三保の浜を歩く。
 と、それは沖からトプトプ現れた。
 芋の船だ。
 恐らく芋は、金時芋。
 中には似合う、茶目っ気たっぷりの 少彦名 命(スクナヒコナノミコト)が乗っていた。
 この神、芋の船にのれるほど小さく、きっとグッズを作れば、女、子供に売れまくる、二頭身がアニメキャラさながらのキャッチーな神だ。だが小さくとも知恵の神であり、別天津神、高御産巣日神の子だったりもする。小さすぎて指の間から滑って下界へ落ちたと高御産巣日神は説明するが、まあ、そうした生い立ちを持ちながらもよくグレなかったと思うほど性格もよい神だった。
 ゆえに互いはすぐにも意気投合。足りぬところ補い合い、国造りに励むことを誓い合う。
 おかげで事業は、順調と進んだ。
 芦原中津国も、いくらかスラムを脱し始める。
 ところが、だ。この少彦名命、仕事の合間を縫って葦の穂にぶら下がり遊んでいたところ、しなった葦に弾かれキラリ空へ消えてしまったのである。そう、黄泉の国まで一気に飛ばされてしまったのだった。
 昨今、遊具で怪我をしたと騒ぎ立てる親もいるが、神もこうして公共の遊具で ()るのだから、お役所ごときに文句を言っても仕方ない。
 さておき、冗談のようにあっけない別れは大国主をおおいに落ち込ませた。心強かった相棒をなくせば将来も不安だ。食さえ進まない。須勢理ヒメも気をつかう。
 するとそこへ、またもや神は唐突に現れ出でた。しかもいきなり大国主の眼前に立つと、「お前を助けてやろう。なぜならわたしは、お前の 幸 魂(サキミタマ)であり 奇 魂(クシミタマ)だからだ。 とっとと三輪山に鎮めて祀りやがれ」と、言い放つ。
 ちなみに幸魂、奇魂とは、荒魂とは真逆の広く平和をもたらす 和 魂(ニギミタマ)から分類されるもので、幸魂が幸福、平穏をもたらす魂を表し、奇魂は奇跡をもたらす魂を現している。つまりその神は、自分を山に祀ることでお前の志の全てがうまく回り出す、とふっかけていたのであった。
 さて、ここで後世に残る「古き事」の記述をのぞいてみよう。
 「古き事」につづられている大国主はここで、「なるほど、そうらしい。ただちに言うとおり鎮めて祀り、お力をお借りします」と、返している。おかげで国は栄え、めでたしめでたしの区切りはついて、時代は近代まで流れるのだった。
 が、この大国主はちょいと違った。
 胡散臭い。
 疑い、その目を細める。
 だいたい自分の幸魂、奇魂とは、なにごとか。高飛車な態度にそう感じるのももっともだが、なにより大国主自身、これまで親兄弟に散々な目に合わされている。用心深くなって当然だった。ゆえに押し売りお断りと、その神を追い返してしまう。
 なら成り行きにうえっ、と天で声は上がっていた。そう、高天原で全てをハラハラしながら見守っていた天照だ。
 実を明かせばこの高飛車な神、少彦名命をなくした大国主を見かねて天照が向けた神であり、さらに明かせば少彦名命が落ちたのはうっかりではなく、大国主を助けるため高御産巣日神が送り込んだ神だったのである。その粋なはからいを真似て天照は、第二の神を送り届けたつもりでいたのだった。
 だというのにうまく行かなければ、身もふたもない。加えて伊邪那岐神もそうであったからこそ、譲って引退だ、などと言い出したに違いなかった。夫婦喧嘩でしばし放置された芦原の野は、とにかく荒れ放題とおぞましい。天津神にはなじまなかった。だからして直接手など出したくなく、ここはひとまず国津神らに国造を任せて程よく整ったところで再び手の内へ取り戻すか、と企んでいたのである。
 つまりこれが「古き事」の記述にある後の「国譲り」だ。そして大国主への手助けは、芦原の野の高天原返還、そのための大事な布石でもあったのだった。
 だがたとえツンデレだったとしても、天照の送った神は間もキャラも悪かった。
 突っぱねられて慌てふためく。
 大国主を思いとどまらせるべく降りて口添えするか、と目を寄せ、うーん、と唸って天照は口を結んだ。
 そして心底、思う。
 ばっちいのは、ヤダ、と。
 ままに下界を見下ろした。
 はたまた、うえ、と声を上げる。
 祀られることのなかった神はいつしか行方が分からなくなり、所詮、大国主一人では無理なのだ、とたん停滞した国造りに芦原中津国は再び荒れ放題とスラム化の一途を辿ってゆく。
 次の神を送るにしてもこれら不測の事態に、天照以下、天津神は己が担当を治めてすでに、てんやわんやの大騒ぎだ。持ち場を離れて下界に単身赴任などできるような神などおらず、代々、別天津神からことづかった美しく富める優しき豊かな国などどこへやら、芦原の野の劣化は止まらない。
 まずい。
 天照は考えた。
 そしてなにより、ばっちいのが嫌いであった。
 そのばっちい下界が、自分のものだとも思いたくなかった。
 と、妙案はその時、過る。
 誰も行けぬならこれしかない。
 天照はポン、と手の平を打っていた。


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