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『SO WHAT ?!』 another story

赤いブルーベリーチョコレートの作り方

2014/2/ by N.river
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 スイッチを入れる。ベッド下からノートパソコンを引きずり出し、温まり始めたろうこたつへ乗せた。よっこらしょ、は年齢に合わなくとも、出るのだから仕方ない。ままに百々未来は背さえ丸めて、やぐらの中に足を滑り込ませた。その大きさは抱え込めるほどだろうか。言わずもがな独り暮らしの田所だ。そうも大きな物こそ必要なかった。
 つまりここは、八畳あまりが手頃か手狭か、田所の部屋である。教えてもらった場所から鍵を探り、上がり込むのも慣れつつあるアパートの一角だった。
 ゆえに、玄関を入ってすぐのところに、トイレと一体化したユニットバスはあり、その向かいには一口こっきりの電気コンロが備え付けられたキッチンと、コインロッカーのような冷蔵庫もまた備え付けられている。上には所狭しと皿が並べ置かれ、言うまでもなくそれらは、こうして上がり込んだ百々が持参したもので間違いなかった。いや正確には、ずいぶん母の手を借りて作り上げた今日の晩御飯、だった。
 つまり知られることとなった田所との関係に、百々がどれほど気をもんだかは知れない。だがそれも杞憂と、自分のことのように張り切り料理を教えてくれた母は、百々をずいぶと安心させてくれていた。
「八時前か。よし、あと三十分したら温めようっと。それまでの間に、と」
 おかげさまでの仕上がりに、百々は見上げた壁時計から視線を戻す。十九時半あがりの田所はおそらくそれくらいのタイミングで帰ってくるはずで、よし、とパソコンの電源を入れた。
 ほどなく立ち上がった画面へ、共有にして以来、設定した自分のパスワードを放り込む。ユーザを切り替え、現れた画面に、鼻歌交じりでインターネットのブラウザを開いた。
 その検索欄へ打ち込む文字はもう、決まっている。
 「チョコレート」だ。
 そう、彼の有名なイベント、バレンタインデーは早くも来週に迫ると世間は戦々恐々、賑わいを見せていた。だというのにすっかり出遅れた百々は、チョコレートを買うのか、それとも作るのかさえ決めていないありさまだ。
 とにもかくにもこのバレンタインデーが、付き合うことになってから初めて迎えるその日となる。ぞんざいになど過ごせないなら気合もろとも、百々は狙い定めて文字を打ち込んでいった。間髪入れず弾くリターンキーで、吹き上がって来る国内外の、百貨店から巷の洋菓子店に、超高級から数十円までの情報と、真っ向睨みあう。
 何ら目ぼしいものが見当たらなければ、検索欄へ「手作り」の文字を加え、再び目を這わせていった。
 やはり興味がわかなければ、引いた体でしばし「うーん」と、唸って眉を詰める。
 納得できない。
 なにかこう、二人だけの特別な思い出になるものはないのか。
 思案すればするほどだ。こだわりは強くなっていた。
 と、その時だ。

 「赤いブルーベリーチョコレートの作り方」

 文字は百々は目へ飛び込んでくる。
 繋がりそうなほどに寄っていた眉は、そこで弾け飛んでいた。
 ためらう必要などありはしない。百々は興味に駆られるまま、文字の上へカーソルをあてがう。
 そう、「赤いブルーベリーチョコレートの作り方」とは、「20世紀CINEMA」で絶賛上映中の作品タイトルだったのだ。
 もちろんこの上映が決定したのは、タイトルが季節にちょうどということもひとつ、それ以上、濃密なサスペンスが珠玉の名作と水谷の目に止まったためで、遠くはチリから取り寄せた作品だった。ゆえにフィルムは日本にたった一本だけ。取り寄せた「20世紀CINEMA」を皮切りに、地方を回る「20世紀CINEMA」イチオシ作品でもあったのである。
 カーソルをあてがったリンク先は、どうやら「20世紀CINEMA」のホームページではないらしい。ならきっと「20世紀CINEMA」で鑑賞したお客さんがレビューを書いたに違いない、と思っていた。 なら見たくてウズウズするこの気持ちは、すっかり映画関係者のソレだ。百々は抱いた期待のままにクリックする。
 寄せた目は、そこで点へと縮みあがっていた。
 そう、お待ちかねのテキストが見当たらないのだ。
 あったのは動画の窓だけ。その中には見覚えどころか連日スクリーンで見ているとおりの作品タイトルがあり、あろうことかその上には「投稿日」が、下には上映時間とほぼ同時刻の「再生時間」が書き込まれていた。
「……え?」
 こぼさずにはおれない。
 同時に過るのは、よもやの事態だろう。
 それは信じられないからこそ、確かめなければならないもので、百々は恐る恐る動画の窓をクリックしてみる。
 そこから先、息は止まっていた。
 当然だ。
 窓の中で動画は動き出すと、日本語字幕さえちらつかせて「赤いブルーベリーチョコレートの作り方」の上映を始めている。
「うそぉ……」
 気づけば食いつかんばかり乗り出していた体から、力は抜けていた。
 盗撮だ。
 間違いない。
「しかもこれ……、ウチで撮られてるよぉっ!」
 なにしろ現地点で、日本語字幕で上映しているのは「20世紀CINEMA」しかないのだから、これまた疑いようがなかった。
 もう見ていられない。電光石火で動画を止める。止まっていた息のせいだ。わずか早くなっていた呼吸に気づき、百々は自ら己へ「落ち着け」と語りかけた。やがてその調子が誰かに似ているな、と過ってようやく、真の落ち着きを取り戻す。
 その目で隅から隅まで、動画の貼り付けられたページを見回していった。下に用意された投稿ゼロのコメント欄を、それはそれで落ち込むような乏しい再生回数を確かめてゆく。さらにその下、いくらかスクロールした場所に、記された投稿者のハンドルネームを見つけていた。
「……映画泥棒」
 思わず読み上げたそのあと、大きく息を吸ってみる。
「はぁぁっ?」
 全て吐き出し、百々は唸った。なら繰り出されるのは、鉄拳制裁そのものだ。その名めがけて百々はクリックを連打する。すかさず画面は張られていたリンク先へ飛び、投稿者の自己紹介ページは表示されていた。だとしてそこが空白で埋め尽くされていようとも、何ら驚きはない。相手は悪事を働いているのだから匿名中の匿名など想定済で、すっ飛ばしてさらに下、まだあるらしい画面を確認する。そこで百々は、再び唖然とさせられていた。
 そもそも上映ラインナップが特殊なのだから、見間違えようがない。全て「20世紀CINEMA」のものだ。上映されていた作品はそこにずらり、動画公開中と表示されていた。
「こ、これ……」
 動揺が押さえきれない。
 そこをなけなしの気力で、どうにかなだめすかす。なだめすかして公開中の一覧を、最後まで辿っていった。つまり最初の投稿が、去年の六月に行われていることを、盗撮はもう半年間も続けられていることを確認し終える。
 遠のいてゆくのは「意識」という、劇画タッチの代物だと思う。
 なんとか引き戻せたなら、デスクトップのカレンダーを開いた。
 そこには田所とスケジュールを共有すべく、アルバイトのシフトや上映スケジュールが保存されている。動画を違法にアップした何某が誰なのか。これだけ足繁く「20世紀CINEMA」へ通っているのだから、アルバイトの記憶を辿れば思い出すことはあるのではないか、と急ぎ手繰った。
 やがて成果はひとつ法則として、百々の前に浮き上がってくる。
 動画投稿日だ。
 全ては上映初日に行われていた。
 相手は判を押したように、必ず初日に現れていたのである。
 ならばそんな行動を取る人物こそ、限られていた。百々も顔を覚え始めた常連客に違いなかった。その中の誰かがこの「映画泥棒」だと確信する。
「ひ、どい……」
 おかげでずいぶん温まってきたはずのこたつの温もりも、いまちち伝わってこなくなっていた。それはけたたましい音を立てて開いた玄関の音もまた、だ。
「うほー。寒っ、みー」
 すぐそこの玄関から、ワントーン高い田所の声は投げ込まれていた。上へ、バイク通勤ゆえ脱ぎ始めた手袋にマフラー、カシャカシャうるさいウインドブレーカーの音は重なる。同時にかかとを抜き去る靴音も固く響いて、狭い玄関を押しのけ部屋へ上がり込んでくる田所の足音は近づいた。
「俺、鼻水でて……」
 などとそのとき田所は「ね?」と、聞きたかったに違いない。だが百々に遠慮はなかった。鼻水が垂れているかもしれない田所を睨みつける。開口一番、こう浴びせて言った。
「それどころじゃないよ、タドコロっ! 事件だよっ、大事件だってばっ!」
 食らった田所の顔は素っ頓狂だ。
「ってそれ、おま……、またテロリスト、か?」
 悲しいかな、経験が田所に言わせていた。


 おかげですっかり晩御飯の準備を、忘れ去る。
 だがレンジをチンチン鳴らす時間はもってこいで、使って百々は今しがたの話を田所へまくし立てていった。だからして一部始終を聞いいた田所は早くもこたつに広げたパソコンで、動画を確認している。
「うお、マジかよッ」
 挙句、田所も唸った。
「だよ。もうさ、見つけた時は腰が抜けそうになっちゃったんだから。それ、あした速攻、支配人に連絡だよね」
 憤るまま返して百々は、鈍い音を立てて回転するレンジの中をのぞき込む。自分の白飯はそこで、ツヤツヤと光り輝いていた。
「だな」
 時間を確かめた田所が、口をすぼめて返している。神妙な面持ちへ輪をかけると、再び画面へ視線を落とした。
「でもさ、常連さんの中の誰かが犯人だなんてさ、すごいショックだよ。有り難いなって思ってたのに。これじゃ来る人来る人、盗撮犯に見えてきそうになっちゃうし」
 白飯から振り返って、百々はそんな田所へ眉をへこませる。
「まあ、世の中すべてイイヒト、ってわけもないし、そう言う人もいる、って勉強したとでも思うしかないんじゃね?」
 発言は悟ったかのようで、そこでレンジも座布団一枚といわんばかり、チンと音を鳴らす。
「あ、わたしのごはん、ごはん」
 腹が空いては戦はできぬだ。取り出し百々は、とにもかくにもすでに大皿、小皿の並ぶこたつへ向かった。見て取った田所も、食う体制を整えパソコンを脇へ追いやる。ままにいそいそ、こたつへもぐり込みなおせば、加わった百々と共に、中で足の置場を確保し合った。整ったところで同時に、「いただきます」の声を上げる。
 経て見回す今夜のメニューは、小山と盛られた鳥の唐揚げにアゲと菜っ葉を炊いたもの。リンゴの入ったポテトサラダに、インスタントながらもワカメの味噌汁だ。その中でも好物を最後に残す田所は、案の定、真っ先に菜っ葉へ箸を伸ばしていた。だからして唐揚げはきっと最後になるはずで、今日も百々は横目に観察しながら自分もまた皿へ箸を伸ばす。
「冷めちゃう前に、唐揚げも食べてね」
 さりげなく促していた。
 鼻で「うん」と返す田所は、そんな時間さえ惜しむように菜っ葉を口へ放り込んでいる。上から白飯でフタをすると、味噌汁をズズズ、と流し込み、それからようやく言われたとおりと唐揚げへ手をつけた。そのさい目配せと共に送られた「ありがとな」の言葉はごく自然で、見たかったのがその食べっぷりなら百々は「うん」と、答えて返す。
 まるでおすそ分けをもらうような気分だった。から揚げは早くも二つ減っていて、遅ればせながら百々もそこへと箸を伸ばしてゆく。


 翌日、左右シアターの入れ替えもすんだがらんどうのフロアを前に、 「20世紀CINEMA」支配人、水谷は珍しくも渋い顔を見せていた。やむを得ない。カウンターに置いたノートパソコンであの盗撮動画を確認したところなら、むしろまだ冷静な方だと言えよう。
「どれも公開初日にやられてます」
 田所が言葉を添えていた。
 隣で百々もその通り、と水谷へ熱い眼差しを送り続ける。
 だがそれきりだ。水谷の渋面はそこで解かれていった。
「そうですか。これは困った人がいたものですねぇ」
 他人事と上げた手で、頭なんぞを掻いてみせる。
「支配人っ、そうじゃなくて警察に通報してください。今すぐ捕まえてもらわなきゃ、こんなの著作権侵害の、営業妨害ですっ!」
 言わずにおれないのは、百々こそが第一発見者だからだろう。だがここでも「そうですねぇ」と語尾を伸ばす水谷に、百々の憤りが伝わったようすはなかった。
「百々君」
「はい」
 呼び掛けが、すでに用意されている結論をにおわせる。
「著作権を侵害されているのはウチではなく、映画の製作会社になることは分かりますか?」
「……あ」
 なるほど、それは言われてみればの理屈だ。
「ですからまず、連絡するなら警察ではなく製作元へ、ということになりますね。従って後のことは製作会社が判断することになります。ウチが差し当たってしなければならないのは、今後の防止の徹底でしょうね。そんなこちら側が犯人逮捕を訴えるのは、少々筋違いの話になるんです」
 それはもっとも過ぎる説明で、ぐうの音も掠れて百々は、当初の勢いさえ削がれてただうなだれる。
「はぁ……」
「まあ、とはいえ」
 と、視線を宙へ持ち上げたのは水谷だった。
「製作会社も結局のとろころは、警察へ被害届を出すはずなんですけれどね……」
「だったら、そちらから犯人を見つけ出してもらえますよね」
 つい、念押ししてしまう。だが水谷はここでも「うーん」と唸ってみせただけだった。
「そうですねぇ。捕まえる、というよりサイトの管理人へ連絡して、動画の削除を求めるくらいが関の山じゃないかなぁ」
 顛末には、「ええええ」とのけ反るしかない。
「事実、似たような動画はインターネット上にあふれていますが、アップロードした人物が逮捕された、という話は滅多に聞かないハナシですし」
 言われてみれば確かにそうで、そして行われている盗撮が今、直面している一件のみとは考えられなかった。つまり似た結末は巷で数多、繰り返されており、隣で田所も口をアヒルと尖らせ「そうですね」と同意している。
 泣き寝入りなのか。
 なら常連ゆえこのあとも「映画泥棒」はのうのうと劇場へ足を運ぶ図は浮かぶ。ふてぶてしさに悔しさはこみ上げ、百々の不満は正義感をも上回った。
 が、その時だ。水谷は不敵に頬を持ち上げる。ままに「ですが」と言葉をつないでみせた。
「例外は、あります」
「れい、がい?」
 その笑みが醸し出す迫力に、百々は押される。
「ええ、盗撮しているところを捕まえるんです」
 言い切る水谷の気合いはすでに、相当と漂っていた。
「何しろ相手は半年余り、欠かさず初日に盗撮を試みている人物ですからね。次の初日も間違いなく現れると思いますよ。なら私達にも取り押さえるチャンスはあります。現場を通報すれば、警察もきっちり対応してくれるでしょう。さあ、次の初日はあさってですよ!」
 などと打ち合わせた手は、何をや待ち切れずすでに忙しくこすり合わされている。
 そう、水谷は百々がオフィスに通っている時から、確かこの手の話に目がなかったはずだった。
「ここは皆さんに休日を返上してもらって、張り込みをお願いしようと考えています。もちろん私も加わりますからね。ええ、ええ、題して!」
 そうして張り上げられた声に、展開は案の定の流れをみせる。いや待て、と百々と田所の生理が全力で拒絶したところで堂々、宣言されていた。
「20世紀CINEMA大包囲網です!」
 おかげでいっとき、空気も白む。
「し、支配人それ、ちょっと恥ずかしいんですけれど」
 などと言う百々こそ、「ジラフアタック」と叫んだ張本人ではなかったか。
「あ、ですが支配人。俺たち顔を覚えられませんか?」
 有難いほど冷静な田所が、話の飛躍を矯正した。
「張り込んだところで気づかれてしまえば、盗撮も見送られるんじゃないかと思います。それにもし相手が逆上して暴力をふるったり、騒ぎになってしまえば上映中です。他のお客様のご迷惑にもなりかねません」
「す、鋭いですねぇ。た、田所君」
 水谷は絞り出し、つまり話は振り出しに戻ったも同然となる。
「じゃあやっぱり製作会社へ通報して、画像を削除してもらうだけになるんですか? そんなのまた名前を変えて別のサイトへ投稿されるだけですよ。第一、お客さんの中にそんな人が混じってるかもって思いながら仕事するのは、落ち着けません」
 カウンター業務がメインとなる百々は、訴えていた。
 前においた水谷の反応は、そこでようやく的を射る。
「そこなんです。結局、ウチが被害をこうむるとすれば、そこなんですよねぇ。盗撮可能な劇場、というレッテルを張られるのはまずい。いや、実にまずいことなんです。そのためにも、なんとか捕まえておきたいところではあるのですが……」
 それきり深く腕組みすると、語尾を濁しながら視線を床へ落としていった。それきり見つめる水谷は、動かなくなる。
「つまりウチ以外の……、そうした場面に慣れた誰かにお願いする、ということですか……」
 やがてぼそり、結論を弾き出した。
「心当たり、あるんですか?」
 確かめる田所の眼差しは真剣だ。向けて水谷は顔を上げる。
「あればいいんですがね」
 そこにいつもの笑みは、あっけらかんと浮かんでいた。
「まあそれは、これから探すとして」
 どうやらこの話はこれ以上、続けたところで無意味だ、と判断されたらしい。水谷は組んでいた腕を解いてゆく。
「このことも含めてわたしから製作会社へは、連絡しておくことにしま……」
 だが言葉はそこで切れていた。
 人影だ。
 正面扉の窓に映りこんでいるのを、百々に田所もまた目にする。
 なら扉はすかさず押し開けられ、客は一人「20世紀CINEMA」へ姿を現していた。
 とたん三人の表情は、言い合せたかのごとく変化してゆく。その両目は見開かれると、やおらキラキラ輝かせた。
 そう、現れたその人物こそ「20世紀CINEMA」外部の人間であり、それら現場にうってつけの経歴の持ち主だったのである。セクションCT職員、レフ・アーベンは今まさに、適材適所とフロアを横切りカウンターへ近づいてきていた。
 だからしてカウンターへ辿り着いたとき、レフが自分の顔に何かついているのか、とうがったことは間違いない。それほどまでに強い眼差しを向ける三人へ、不気味ささえ感じ取らずにはおれなくなっていた。おかげで耐え兼ね、、レフはこう口を開く。
「……一体、なんだ」と。


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