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ACTion 22 『白い船』



 知らぬわけではなかったが、ついぞお呼びはかからなかった。サスからの通信を受けたスラーは、すぐさまブロードバンドキャストライブを開く。
『こいつはかなり、くたばってやがるなぁ』
 おりしも別件を済ませたばかりの霊柩船には、サスの頼みにもってこいのスペースが確保されている。流される『フェイオン』崩壊映像を目の当たりにしてスラーは、移動中の船の中、半ば感心するかのようにただ唸った。
『いやぁ、くたばってやがるです、ハイ』
 などと繰り返したのは『ヘモナーゼ』種族、モデラートである。酷く左右に離れた目を互い違いに回転させたモデラートは、スラーの隣で同じようにモニターを覗き込んでいた。
『これだけわんさと死体がでりゃぁ、俺たちゃぁ、ボロ儲けだってのよ』
『へい、もっとも、おいらたち葬儀屋はボロ儲けでやんす』
 豪語するスラーに続き、またしても絶妙のタイミングでモデラートは合いの手を入れる。そしてそつなくこなしたことに、ヒヒヒと満足の笑みを浮かべてみせた。瞬間、そんなモデラートの頭へ向かってスラーの平手は飛ぶ。実に歯切れのいい音と共に、スラーの声は上がった。
『笑うな、モディ!』
 ならモデラートことモディーの目はその衝撃に回転の速度を早め、かまうことなく叱り付けてスラーは言い放つ。
『いいか、今回は死体をかき集めにいくんじゃねぇんだ。誰がくたばって、どいつが生き残ってるのかを探ってやるのさ』
 それはサスが珍しく持ちかけた頼みごとだった。恐らく互いに商売抜きというのは、これが初めてとなるだろう。おかげで『エブランチル』であるスラーの洞察力を動員するまでもなく、そこにただ事ではない何が潜んでいることを、ひしひしと感じとってもいる。
『ガッテンでやんす、社長。おいらたちは、探るんでやんす』
 クラクラと宙を仰ぎながら、モディーが辛うじていつものルーティンを消化していた。
『ようし。よく言った。それでこそ、スラー葬儀社の社員だ』
 傍らに置いて両腕を深く組んだスラーは、自らの世界へ浸ってゆく。
『モディはよく言ったでやんす。モディーはスラー葬儀社の社員でやんす』
 などと変わらず自らの義務を果たしたモディは、ようやく回転の止まった目で懲りずまたもやヒヒヒと笑ってみせた。はっと我に返り、叩かれやしないか、片目でスラーの様子を伺い見る。気配がないなら、ほっと息を吐き出した。
 刹那、スラーの手は飛ぶ。
 パシリ、と鋭い音は鳴っていた。
 正直なところ、このくらいの方がちょうどいいのだ。少々間が抜けていようが、おつむが弱かろうが、種族として持ち合わせた過剰な洞察力を持て余すスラーにとって、それゆえにウソもつかなければ表裏のないモディーは気の置けない存在なのである。
『笑いこっちゃねぇ。つまりサスは、俺にばれると分かってウソをつきやがったんだぞ』
『わ、笑いこっちゃねえでやんす。でも、社長、探りにゆくのはウソ? だったんでやんすか?』
 そんなモディーは再び目を回し、どうにか止めて、言うスラーへおそるおそる口を開く。
『違う。サスはそうしてこの件に、何か言えないウラがあるってことを俺に伝えたんだ。いや、関わるなら、知らねぇ方が俺たちのためだと思ってやがるのかもしれない。それでも引き受けるかどうかを、選択させたのさ』
 細い目を、スラーはさらに細めていった。食い入るように眺め続けていた『フェイオン』崩壊映像から、遠くへ視線を投げる。薄暗いコクピット内、額縁にはめ込まれたような四角い強化アクリルには冷ややかな宇宙がまるで一枚の抽象絵画であるかのように貼りつけられていた。
『以前客だった輩の知り合いだと? 取ってつけたようなウソを言いやがって。逆にあんな退路をあけられりゃ、こちとら引けないってのが道理ってもんだ……』
 向かってスラーは、ただ呟く。
 だからといって聞き逃さないのがモディーだった。
『へい、引かないのが社長でやんす!』
 その口調は実に誇らしげだ。
『だからモディと社長は、もうこんなところまで来たんでやんす』
 そうしてモディーもまた、その顔をアクリルへと向けなおしていった。
 と、それまで何一つ見出すことの出来なかった宇宙に、いつしかにわかにうごめく影が、いや光が、白い砂をばら撒いたかのように浮かび上がってくる。そう、それこそが『フェイオン』より運び出された遺体が引き取り手が現れるまでの間、安置されている連邦の臨時収容船、噂の白い船であり、周りに散らばる砂のような光こそ『フェイオン襲撃』の映像が流されてすでに四十三万セコンド、早くも遺族の代理として遺体の引き取りに現れた同業者たちの霊柩船だった。
 船はまっすぐ、その光を目指し飛んでいる。
 それもこれも残念なことに、現状、『フェイオン』へのアクセスは完全に遮断された状態を保っているせいだ。物理面に至っては、ばら撒かれた残骸の拡散防止目的で張り巡らされた粘菌ネットがその処理に当たる連邦警察および連邦軍以外、他船の侵入をことごとく拒んでおり、たとえ被害者の身内であろうとも、一般の者が直接『フェイオン』へ乗り込むことは不可能となっているせいだった。サスがスラーへ声をかけたのも、その辺りを考慮してのことだろう。恐らく遺体を引き取りに来たと言えば、親族代理の葬儀社と言うことで通常、第三者に公開されないだろう情報も多少はのぞき見ることはできる。そこで『ラウア』語店員に関する情報を手に入れるための、この場所だった。
 やがて臨時収容船の艦橋とつながった霊柩船のメインコンピュータが、アクリル上に淡いホロスクリーンのワイプをかけ、船体の登録確認をすませ始める。承認されたなら粘菌ネットで開けられた通路を示し、指定格納庫へのガイドラインはナビへ表示された。
 なぞればいつしか収容船は、巨大な壁と化して傍らに横たわる。そに作りつけられた格納庫は離着艦の効率を上げるべく、上下の二層構造になって並び、誘導された格納庫の下層には、すでに仕事を終えた霊柩船が入れ違いで収容船を後にすべく待機していた。
 そんな他船とすれ違うように、スラーの船は白い船へ着艦する。
『収容船の中は無重力設定でやんすよ、社長』
 閉じられてゆく格納庫進入口を背に、必要のなくなった計器類を落としつつ、モディーが告げていた。
『これだけ遺体が多けりゃ、その方が扱いやすいってもんだろうよ』
 聞きながらスラーもメインブースターを黙らせる。傍らのキャビネットを開き、中から光学バーコードの仕込まれた葬儀屋の腕章を二つ取り出した。IDを確認し、片方をモディーへ投げる。
『忘れるな。今回は引き取りに来たんじゃないぞ』
 受け取ったモディが腕を通した。
『ガッテン。モディは探しに来たんでやんす。サスが嘘をついたので、ラウア語店員を見つけにきたんでやんす』
 いつもより忙しなく目を回転させ、モディーは自信ありげに言い放つ。
『よし、なら行くぞ』
 完全に動力を失った船の中、体はやんわり座席から浮き上がると、逆らわず体を固定していたベルトを外してふたりは一思いに座席を蹴り越える。コクピットを抜け出し、船を降りた。多少の緊張感をたずさえ、搬入口と思しき巨大なハッチの傍らに据えられたゲートへ腕章の光学バーコードをかざす。入艦時刻が明記され、ウィルスカーテンを引いたゲートが開いてゆくのを見た。くぐって最低滅菌。堂々、スラーとモディーは格納庫から船内へ足を踏み入れてゆく。
 元来ここは貨物室か何かなのだろう。競技場のごとく広大なフロアが、ふたりの前に広がった。そはすでに、遺体を詰めた袋、通称、ボディバックで所狭しと埋め尽くされてもいた。
 そんなボディバックは勝手に浮き上がらないよう、床へ磁石で固定されている。中には腐敗を防ぐための冷却材が詰められているのか、閉じられたファスナーの隙間から冷気らしきものが噴き出していものもあった。その推力で少々浮き上がったボディバックたちは、まるで発射を待つ旧式ロケットのようにさえ見えてくる。
 それらボディバックの間を、スラーたちのような喪服姿の葬儀社員たちが右往左往していた。中にはごくまれに、一般者の姿も見受けられる。見回し、最後に我を取り戻すようスラーは天井を見上げた。そこに造語の『五』が刻みこまれているのを見つける。察するに、どうやらこんな空間が他にも最低、四つはあるらしい。さすが既知宇宙一のコロニー『フェイオン』だ。出した被害者の数も既知宇宙一、といったところなのだろう。
『し、しゃ、ちょぉー』
 おかげでモディーが、早くも弱音を吐いていた。かまわずスラーは辺りを見回し、ところどころに制服姿が立っているのを確認する。
 どうやらそれが遺体管理者らしく、その制服からして軍に所属している者らしかった。なにやら首から端末を提げると、そこここで尋ね来る者を右へ左へ振り分けている。ならばとスラーはエブランチルの特性をフルに発揮した。見極めた、最も融通の利きそうな制服へ一直線と床を蹴り出す。


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