降船にあたって、さしたる指示は必要なかった。絶縁スーツに身を固めた分隊は激しく流れる間欠河川を片側に、着陸時、巡航艇が砂塵をかき分けるようにして作った滑走路のワダチの中、すでに待機している。その背後には白くけぶる『アーツェ』の夜が広がり、まさに亡霊と化した基地跡をシルエットと浮かび上がらせていた。
船内には緊急事態に備え、パイロットと通信担当のみが残る段取りだ。部下はそんな通信担当と、ちょうど無線回線の最終確認を済ませたところらしい。口と鼻だけをコンパクトに覆った防塵マスクの機密具合を確かめるシャッフルへ、確認澄みの無線を差し出していた。受け取り本体を耳の後ろへ掛けたシャッフルは、そこからＴ字に伸びるコードの片側先端をこめかみ付近に貼りつける。ぶら下がるもう一方のマイクの高さを調節した。
『分隊のワイヤレスとも、つながっています』
同様に装着する部下が告げる。
応えて返すかわりだ。絶縁コートへ袖を通しシャフルは、船外へ足を向けた。
ズボンのポケットから取り出した絶縁手袋をはめつつ部下もまた、その背を追う。続けさま、腰元のソケットからスタンガンを引き抜き、軽く引き金を絞った。ハンドガンに似た銃身の先で、二つに別れた電極の間から淡いグリーンの火花は散って消え去る。
『携行は許可したが、なるべくなら出番がないこと願いたいものだな』
音だけで察したシャッフルは、言っていた。
『万が一は、いつどきでも想定しておくべきかと思いまして』
慎重な手つきで部下は、スタンガンをソケットへさし戻している。
『その万が一が起こってもらっては困る、と言うのが、わたしの本音というところだ』
とたんハレーションを起こしたような夜空と、降り注ぎ舞い散る砂塵の白がシャッフルの眼を刺した。後部ハッチを潜り抜けたところでシャッフルは、思わず手をかざす。しばし両目をきつく細め、掲げていた手を払いのけると辺りを見回していった。よくもこんな辺境の地にまでやってきたものだと、『アーツェ』を前に達成感ともため息とも取れぬ息を吐きだす。
背面の風景を前面に投影することで、あたかもそこに物体がないような視覚効果を与えるミラー効果を備えた絶縁スーツの分隊員たちはすでに、そんな風景と一体化していた。わずかゆれ動く景色だけでシャッフルはどうにかその存在を確認すると、幾分慣れてきた目を開いてゆく。
おもむろに手を振り上げた。
極Ｙが伝えてよこした店舗を目指し、町へ足を踏み出す。
と、押し止めてその時、こめかみは震えていた。
巡航艇からの連絡だ。
全員の頭蓋内へ響いたとあって、動き始めたばかりの一団の動きは、そこでピタリ、止まっていた。すかさず部下が集団の中央へ、進み出る。
『極Ｙからの通信、プラットボードで流します』
伝えると共に、プラットボードを開いてみせた。なら送られてきた動話を元に、誰もの前でヒモ人形は踊り出す。ただちに動話はプラットボードによって翻訳されてゆき、人形の右肩にはファイルが添付されているらしい、部下がすかさずその解凍にとりかかった。
『思ったより早いようですね。目的の店舗確認を終了。ですが対象は不在、ですか』
だがそっちのけでシャッフルは、解凍の終わった添付ファイルを睨みつける。それはかなり短い動画で、すぐにもその説明を部下へ求めてその顔を上げた。
『これはどういう意味だ』
いや、なにも動画の中を流れる造語が読めなかったせいではない。一目瞭然だからこそ、シャッフルは問わずにおれなかったのである。
『はい。極Ｙはその際、店舗で見つけた造語の訳を頼みたいと、この映像を添付してきておるようです』
聞かされシャッフルは、愕然としていた。その手が、まるで目を覚まさせるように青白い額へあてがわれ、いつものように防塵マスクごとひとなでする。
『まさかこれも読めんのか、奴らは』
追い込んだのが自分たちだったのなら、それはあまりにも皮肉な話だった。
おじいちゃんへ
先にみんなと『アズウェル』へいってるよ
ライブは閉店までやっています
必ず来てね
見て取った分隊員が、電子地図を取り出していた。宙に灯りを浮かべ、地図はすぐにも砂塵の中に展開される。
『の、ようです。しかし、この、ライブというのは……』
確かめた部下が告げ、言葉を濁してシャッフルへ視線を投げた。しかしシャッフルの答えを遮りまたもや、コクピットから連絡は流れ込んでくる。
『緊急連絡』
その口調は、極Ｙの通信を知らせた時とは明らかに異っていた。聞き分けシャッフルは、動画から視線を逸らす。低く問い返した。
『どうした？』
『Ｆ７への不正アクセスが発覚。阻止すべく、ウィルスが展開された模様です』
『何だと？』
『今のところ、改竄やワームの痕跡はありませんが、一部情報の漏洩は必至かと思われます』
『それで相手は？』
『それが……』
コクピットからの声は、そこで詰まる。
見計らったかのようにシャッフルの前へ、ひとところをマークした電子地図は差し出されていた。
『アズウェルの場所が分かりました。市街中央の飲食店のようであります』
見て取りシャッフルは先に向かえ、と立てた人差し指で進行方向を示し、指示を与える。
巡航艇がかき分けて出来たハズのわだちは、すでに降り積もる砂塵よってうっすら埋められようとしていた。動き出した分隊は、そこへ判をついたかのような足跡を街へ向かい連ね始める。
と、途切れていたコクピットからの声は、再びシャッフルのこめかみを振るわせていた。
『それが、不正アクセスを仕掛けてきた端末は、ここ……この閉鎖基地の通信室となっておりまして』
シャッフルと部下は思わず顔を見合わせる。
『時間は？』
絡めた視線を引き剥がし、シャッフルはすかさず問うていた。
『六三八セコンド前』
部下が、白く霞む基地跡へ体を捻る。
『まさか』
『対象でない、とはいえん』
耳にしたシャッフルの声は異様なほど低い。いや、否定してしまえばここまでやってきたことが、無駄足だと言うことになった。刹那、シャッフルは部下へ指示を繰り出す。
『今の電子地図を添付。極Ｙに依頼の訳をと共に返信してやれ』
矢継ぎばや、マイクへ呼びかけた。
『分隊長！ 三体でいい、こちらへ兵を戻してくれ』
呼びかけながらもう一度、プラットボードへ通信内容を入力し始めた部下へ手を振る。
『お前とわたしは戻ってきた兵と共に基地跡内部を確認する。この砂塵だ。スタンガンをもう一度、点検しておけ』
作業中の視線を注意をひきつけ、つけ加えた。
その頭蓋内で、『了解』と返す分隊長の声が響いている。
『シャッフル中尉』
『何だ？』
分隊長に呼びかけられてシャッフルは答えていた。
『確認しておきたいことがある。極Ｙ、もしくは対象と接触した場合の指揮権は？』
部下は早々にも極Ｙへの返信を終えたらしい。プラットボードをたたみ、絶縁コートの奥からスタンガンを引き抜いている。砂塵の中、引き金へ指をかければ砂塵のせいか、飛び散るグリーンの火花はやはり漏電でもしているかのに危なげだった。眺めながらシャッフルはマイクへ言い放つ。
『我々が現地へ到着するまでは分隊長に任せる。ただ連絡だけは怠るな。回線は開いたままにしておけ』
『了解した』
そうしてシャッフルは視線を持ち上げていた。砂塵の上に、はっきりこちらへ戻ってくる靴後を見つける。最後にもうひと声と、マイクへ呼びかけた。
『コクピット、聞いてるか？』
『もちろん、中尉』
『Ｆ７に、ハブＡＩの監視強化を伝えろ。今のアクシデントで動き出すやもしれん。自閉されたままでは使い物にならんからな。動き出したなら、事態を隠ぺいしていたあのデフォルト処理を行えと伝えておけ。実験体を連れ帰れば、ハブＡＩは必ず必要となる。使えるモノに戻しておけと伝言を頼む』
『了解しました』
言い切ると同時に、歩み寄っていた足跡はシャッフルの傍らで立ち止まった。ミラー効果を切った三体の兵が、そこに姿を現す。
『我々が同行します』
一体はすでに、基地内部の電子地図を検索し終えていた。
『頼んだ』
答えればスタンガンを差し戻した部下も歩み寄ってくる。
『準備、整いました』
見回しシャッフルはうなずき返した。町へ向かう分隊へ背を向け踵を返す。立てた指で天をさし、円を描いて振った。
『行くぞ』
視界前方で基地が、砂塵に巻かれて白くかすむとコマ落とされたかのように揺れ動いている。目指し進めるシャッフルの足へ、力なく乾いた大地は絡みついていた。
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