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ACTion 04
『レンデムの女と積乱雲チェイサー』



『いらっしゃい!』
 すかさずデミが、鼻溜を振っていた。その代わり身の早さは、ここしばらくの苦労が身につけさせた芸当か。アルトの小脇より覗かせた顔には、決して過ぎることのない営業スマイルさえ浮かんでいる。
『買い取り希望? だったら……』
 だがその芸当が、アルトに披露されることはない。
『この無責任な女たらしとは、ちょうど今、話が終わったたところなんだ』
 意味ありげに切った言葉でチラリ、視線を投げやり、手のひらを返したようなさわやかさで、再び客へ微笑みかけた。
『商品を見せてよ。モノによれば勉強しちゃうよ』
 もちろんアルトにはその差別と区別を見逃すことも、偏見と誤解を聞き逃すこともできはしない。
『おいッ。結論出すのはまだ早いってのッ。だいたい俺を信用できねぇのかよッ』
『遠慮なく、奥へどうぞ!』
 だとしてデミは聞いちゃいない。だからして力づくだ。アルトはその視界を遮った。
『聞いてんのかッ? てめえ』
『見えないよ。そこ、どいてってば』
『冗談、させるか』
『ぼく、今から仕事なの』
『こちとら名誉がかかってるんだ』
 邪魔だとデミが避けて頭を突きだせば、塞いでアルトはそちらへ飛ぶ。繰り返せば華麗な反復横跳びは披露され、冗談のような攻防はすぐにも反射速度の上限へ達する。だからして至った膠着状態に、カウンターを挟んで両者はぐっと睨み合った。
『もう、いい加減にしてよ』
 ぷう、と鼻溜を膨らませたデミが唸る。
『さてはお前、みんなに言いふらすつもりだな』
 そこそこ付き合いを積んだ者としての、それは勘だ。
『知られて都合の悪いことしたのはそっちじゃないか』
 当たりと、絞れるだけの凄みを絞り出すデミに折れる様子はない。
『俺は、無実だ、つってるだろうが』
『ホントに、可愛そ過ぎるね』
 とデミが、芝居がかった仕草と共にその目を曇らせる。
『誰が?』
『決まってるでしょ。そうやってアルトがシラを切りとおすうちは、みんなで弱いひとたちを守ってあげるの。そのためにも知らせるんだから!』
『ん……、んなッ……』
 食らえば、アルトの口は空を食んだ。
『ん、な応援はいらねぇッ。お前、まずヒトの話を聞けってのッ。 俺が言ってるガキってのはだなッ』
『違うわ。聞きたいことがあるだけよ』
 遮り割り込んできたのは、凛としたハスキーボイスだ。
『が……、だ……き、聞きたいこと、だと?』
 怒鳴り返せず、アルトは返していた。
『な、何?』
 デミも思い出したように、完全な作り笑いを頬へめいっぱい張り付ける。
『だったら、邪魔するわ』
 カウンターへ歩み寄れば女の長身は、なおさら際立っていた。
『ここは、積乱雲鉱石を扱っている店かしら?』
 アルトのそれと変わらぬ位置で問うその額から頬へ、滴って首から頬骨へ、『レンデム』種族独特のエメラルド色したウロコ模様が、動きに合わせて淡く揺らめき光る。
『積乱、雲、こうせき?』
 見上げたデミが、緊張した面持ちで繰り返していた。様子は、まるで初耳だと言わんばかりだ。
『手続きは可能かしら?』
 だからして超特急だった。デミの手は端末を弾き始める。手続きを行うためではなく、早急に積乱雲鉱石に関する資料をギルドネットから取り寄せにかかっていた。
 仕方ない。その実、積乱雲鉱石と言えば、サスでさえ倦厭する胡散臭い話なのだ。昨日、今日この世界に入った者なら知らなずとも当然であり、でないならアルトこそ口にした女へ眉間を詰めていた。デミに代わって対応してやる気持ちは、そこで固まる。
『あんた、積乱雲チェイサーなのか?』
 助け舟と気づいたデミが動きを止めていた。
 そんなデミの頭の上で、スリットのようなまぶたからのぞく女の瞳は、静かにアルトへ向けなおされてゆく。
『そうね』
 追いかけ、ゆっくり体もまた動いていった。
『だとしたら?』
 形のいい額の上を、またもやウロコ模様はきらめき駆け抜け、向かってアルトは首をかしげる。
『残念だが、ここはまだまだ若葉マークのギルド店舗でね。そんな物騒な輩との付き合いもなけりゃ、そこまで値の張る商品も扱っちゃいない。もちろん今後のまっとうな経営も含め青少年の健全な育成のためにも、胡散臭い話はこっちからお断りさせてもらうつもりだ』
 客だと思っていた相手に吐きつけられたせいだろう。怪訝な女の繰り返したまばたきは、機械的だ。
『あなたは、この店の何なのかしら?』
 値踏みでもするかのように、アルトを見回し問いかけた。
『ただの客だが、それ以上ってとこだな』
 させておいて、アルトはこれ以上ないほど簡潔に説明してやる。聞いた女の視線が再び、そんなアルトの顔へ向けられていた。
『ジャンク屋、ね。馴染みの』
 隠す理由はない。アルトはひとつうなずきかえす。なら話が通じるのは店主と思しきカウンター向うの若い『デフ6』ではなく、この『ヒト』の方だと彼女は姿勢をただしていた。
『XNGCY1990ZZ、特に何か巻き込まれた訳でもなかったため、爆発は観測されてもたいした記事にはなっていない。その周囲には光速入り口が三つ。わたしが追いつけた超新星爆発の核座標と、それが拡散残骸の外周状況。その各光速入り口から最も短時間でたどり着ける場所が、この惑星だった』
 などと、今度は聞かされたアルトが瞬きを繰り返す番だ。
『それが?』
『ジャンク屋なら、少しは噂を聞いていないかしら。この座標にかかわらず積乱雲鉱石を手に入れたチェイサーの話を。どこかに換金契約を結んだチェイサーがいるという話を。もう、それしか考えられない』
 最後、付け加えた彼女の眉間に、第三の目が開いたようなシワは一本、刻まれていた。
『やけに闇雲な話じゃないか』
 見て取ったところでアルトが即答を避けたのは、単にもったいぶったからではない。
『聞いているの? いないの? わたしが知りたいのはそれだけ。巷に溢れているような話じゃないでしょう?』
 ようやくレンデムの女の顔にも、感情らしいものの片鱗がウロコの奥から滲み出てくる。
『あんたはその積乱雲チェイサーを追いかけてるってワケか』
『関係ないわ』
 ならばとアルトはようやく、望み通りにしては貧相な回答を、披露することにする。
『あいにく俺は、積乱雲鉱石には興味がなくてね』
『つまらないヒト』
 言われたところで、いちいち食って掛かるほどでもない。
『積乱雲なんて商売にするもんじゃないと、思うがね』
『彼は、お金のために追いかけていたんじゃないわ……』
 吐き捨てた女が自ら、話を切り上げていた。
『無駄な時間はないの。何も知らないなら、もう結構』
 さよならの代わりだ。その目でアルトとデミを交互に睨みつける。
 鋭さに思わずデミが怯んでいた。だからこそどうにか保つ店主の威厳で、咄嗟にこうも鼻溜を振ってみせる。
『ほ、他に商品はないの?』
 ドアへ振り返りかけていたレンデムの女の動きは、そこで止まっていた。
『ふん、こんな役立たずの店』
 このうえない捨て台詞をデミへ浴びせる。それきり店を出ていった。
 だからして「死亡」していたデミが我を取り戻したのは、そんな女の閉めたドアの音が思いのほか激しく店内に響き渡っていくらから経ってからのことだ。取り戻した正気はプライドもまたも呼び覚ますと、とたん悔しさと情けなさにぐにゃり、その顔を歪ませる。こらえ切れず両目へ涙を溜めたかと思えば、鉄砲水かと溢れさせた。
『ぐやじぃよぉー! 役立たずって、役立たずって、言ったぁー! ひどいよぉー! あんまりだよぉー!』
 もうこうなれば、サポジトリ二位の卒業成績も、ギルド店舗のれっきとした経営者もあったものではない。
『泣くな、泣くなって。お前が悪いんじゃないから』
 アルトも慌てて慰める。
『ぼく、頑張ってるのにぃー!』
 その声は猛獣がごとくだ。
『そうとも、よくやってる。お前は、よく頑張ってるッ』
『ひどいよぉ、そんなのないよぉー!』
『よ、よッ、デフ6希望の星ッ』
 などとはやし立ててみたものの、そんな自分にこそアルトは無理を感じてみる。
『……ったく、ガキはこれだから』
 ついぞ漏らしていた。
 禁句をデミが聞き逃すハズこそない。泣き声はピタリ止み、気づいて絶対零度、アルトもその場で凍りついた。とたん、改め火がついたように泣き始めたデミの咆哮に、さらなる凄みは加わる。
『すまんッ。俺が悪かったッ、悪かったって』
 思わずカウンターの向こうへ回り込んでいた。
『ハグ、ハグ。ハグしてやるから、とにかく落ち着けって』
 その後、デミが泣き止むまで、アルトがそぐわぬ奉仕の精神を要求されたことは言うまでもない。そしてそれがたかが二百八十GKを手にするための労働の一部であることを自覚したなら、果たして一体何をやっているのか、思わず遠くを眺めるアルトだった。


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