「ふぅーん……」
間延びした独り言が漏れる。
響く店内は静まり返る夜からも取り残されたかのごとく、冷え切っていた。
昼夜のない宇宙空間でジャンク回収作業を行うジャンク屋たちに、営業時間の設定をせず門戸を開いている店も多いが、まだデミにはそこまでの余裕がない。営業時間はここ惑星『Ｏｐ１』の自転通り、明るくなってから暗くなるまでと決めていた。そんな昼間を店番傍ら日常生活のあれこれに使い、夜はまだまだ足りないと自覚している勉強と、まだ大人になりきれていない体をいたわるべく睡眠時間にあてがっている。
「積乱雲鉱石の手続きって、やっかいなんんだなぁ」
気遣う相手がいなければ、言葉は自然。第一言語の『デフ６』言葉になっていた。余分な電力を落とした薄暗い店のカウンターに立ち上げたギルドネットを眺めてデミは、鼻溜を振る。
「結局、鉱石の価値が分からないから、先物取引と同じになるんだね。ただのでっかい鉄や炭素の塊なら扱えるけど。そんなの持ってこられちゃ、困るなぁ。どうせ高く買えってウルサイだろうし。だとしてウチにそんな大金、即金じゃ払えないし。だいたい鑑定できる機材もないから本部に依頼ってことになるんだろうけど、それで何の価値もないっていわれちゃったら特殊な鑑定代だけでも大損だよ」
つまり中間業者となるデミたちが積乱雲鉱石を扱う場合、その場で買い取るか否か、それともその契約をチェイサーたちと結んだ上で自腹で鑑定に出すか否か、という大博打が待っているのだった。
「ぷぅ」
周辺情報をひと思いに小さな頭へ詰め込んだデミは、カウンター前から身を仰け反らせる。椅子へと深く身をもたせかけた。
「アルトがいてくれなかったら、ぼく、ややこしいことに巻き込まれてたかも」
力なく鼻溜を震わせる。
「ホントにこんなので、やってけるのかなぁ」
今まで薄々と感じてはいたものの、だからこそあえて口にすることを避けていた思いが、嵐の前の暗雲がごとくデミの頭に垂れ下がって心細さを倍増させた。裏付けるように、結局、今日もあのレンデムの女を覗けば客はアルトだけだ。
その手が自然と買い取った品物へと伸びてゆく。デミはカウンター側面のロックを押し込むと、浮き上がった取っ手に手を掛け、引き出しを引き抜いていった。中から保管していたあの基盤を取り出す。引き寄せたスタンドライトの下に、自らの仕事を確認して片眼へ改めてマイクロスコープを挟み込むと、四十センチ角のぶ厚めの板をかざした。
と、のぞきこんで息を詰めたその時だ。着信コールは鳴り響く。見ればギルドネットを介した通信だった。発信元は惑星『アーツェ』。サスかららしい。
「おじいちゃん！」
音声だけでは物足りず、慌ててマイクロスコープを外したデミは、映像回線を開いていた。とたんカウンターに埋め込まれたモニターの隅に、すでに懐かしいものとなってしまった『アーツェ』の店内を背景にサスは現れる。
「こっちにおったのか。遅くまでがんばっとるようじゃの」
これまた懐かしい声が、すぐにもデミの鼓膜を心地よく揺さぶっていた。
「うん！ 忙しくて忙しくてさ、寝てる間がないんだ」
無論、吐き出した言葉は用意していたようなウソである。気づいているのかいないのか、サスはそこで相変わらずの貫禄を、それでいて飄々と放っている。
「元気にやっておるか？」
「もちろんだよ。おじいちゃんは？」
デミも間髪入れず返す。
「わしはお前が元気なら、何も言うことはないわい」
「よかった」
「それはそうと振込みの方、今、確認したぞ」
『アーツェ』とここでは、昼夜の区切りにズレがあった。
「見てくれた？ あれで全部終わりだよね。アルトの支払い」
サスが目じりを細める。
「ふむ。あやつめ、元気にしておったか？」
「ハイパーノヴァ（超新星爆発）に遭遇して、頭にこぶ作ったってボヤいてたよ」
デミも笑っていた。
「それだけで済んだというなら、あやつらしいもんじゃ」
そうして思い起こした昼間の会話に、デミは大事件があったことを思い出す。豪快に鼻溜を振るサスへ、あからさまに変えた声で切りだした。
「でさ、おじいちゃん」
その胡散臭さがサスに伝わらぬはずがない。
「なんじゃ？」
即座に笑みを消し去りサスも、鋭く瞳を光らせる。応えてデミは眉をひそめ、まるで聞かれてはいけない話をするかのように神経質とこう鼻溜を振って返した。
「今日、聞いたんだけど……」
「ほう、何をじゃ？」
「実は、アルトに隠し子……」
などと確信に近づけば身は乗り出し、急な通信にカウンターの隅に放り出されていた基盤へ触れる。バランスを崩した基盤はそれきり、カウンターから転げて落ちた。
「あっ！」
気づいたデミが叫ぶ。
「どうした？」
サスが問いかけていた。
そんなデミの足元から鈍い音は聞こえてくる。床に突き刺さった基盤は、ボールか何かのように跳ねていた。性能が大事なのではないとしても売り物であることには間違いなく、デミはその身に合わぬ高い椅子から慌てふためき飛び降りる。慌てて基盤をそっと拾い上げていた。すぐさまその場でマイクロスコープを片眼へ挟み込むと、その表面を覗き込む。
無論、何の変化もない。ざっと観察し、マイクロスコープを外して基盤を裏返した。本日唯一の商品であり、その純度からいつもの五パーセント増しで買い取ったそこには、板を二枚に裂くような格好でヒビ割れが入っている。
「あーあ、傷モノになっちゃった」
泣きそうな思いで、デミはヒビへと指先をあてがっていた。感触で状況を確かめる。だが引っかかった指が、そのひびを弾くことはなかった。ひびだと思われたそれは突如、そこからベロリ、剥がれる。
思わずデミは、目を細めていた。
マイクロスコープを挟むまでもない。それはパッケージの開封口ほどにも大きな裂け目だった。
恐る恐る、つまんでみる。
引っ張れば表面の文様のようなラインごと、それは一枚のシートとなって後から貼り付けられたことを物語り、基盤から綺麗さっぱり剥がれてゆく。トランジスタさえシートの一部とめくれていったなら、そのうちのひとつが完全なハリボテであったことを知らされていた。その部分だけだ。トランジスタちょうどの大きさに板は刳り貫かれていた。そこに淡いベージュ色をした固形物は挟み込まれていたのである。
「……なんだろう。これ？」
目にしてデミは、一気に残りのシートを剥がしきった。基盤の中から固形物をつまみ出す。急いでスタンドの首を引き寄せ、光にかざした。とたん固形物は中心を淡いパープルにぼんやりと染めて光りを放つと、回りを血が滲んだようなピンクへ変色させてゆく。すかさずマイクロスコープを片眼へあてがい、デミは食い入るように観察した。
クローズアップで見た固形物は、ブレ補正の効いたレンズの向こう側で八角形の分子を、一見すると規則しく並べている。だがしかし観察するその手がわずかスタンドの光からズレたなら、性質すらも変化しかねないダイナミックさで配列は、変化していた。まるで日の光に花が開き、夜の闇に閉じるような、それは動きとデミの目に映る。だが固形物そのものに変形化はない。見たことがないのは、単なる勉強不足のためか。デミは唖然として、その目からマイクロスコープを外していた。
呟く。
「何だろう、これ……」
『おい、そいつは俺がこの間、潜り込んだ船の偽名だぜ』
そしてアルトは目を丸くする。
間違いなくそれら船名は、さきほどデミの店で卸した粗末な収穫の出所だった。使っていた複数の偽名を覚えているのは、判然としなかった船の経歴を辿るべく、しばしイルサリと共に調査にいそしんだためである。
とたん彼女の目は、テーブルを挟んだ向こうでさらに鋭さを増していった。
『潜り込んだ？』
繰り返せば、一気に険悪さは頂点を極める。
『まさかあなた、彼に何か酷い事をしたんじゃ……！』
ならばそれこそあらぬ濡れ衣だ。
『待て、待て。俺が入ったときにはすでに中はもぬけのカラだった』
どうやらアルコールが回っている分、血の巡りも早いらしい。
『じゃあ、一体？』
荒々しげに質問を投げかける。
『恐らく、船賊がらみだな』
全くもって、いい話などひとつもなかった。
『どういうこと？』
知らぬ彼女は、躊躇せず踏み込んでくる。
『あんたには悪い話ばかりで申し訳ないが……』
アルトは言った。
『ワソラン。わたしの名前は、ワソランよ』
彼女が早口に名乗る。
アルトは呼びかけなおした。
『ワソラン、ジャンク屋は強盗じゃないんでね。放置船にしかもぐりこまない。その船は恐らく船賊の強襲を食らって放置船になっちまったらしい。奴らのスワッピングマニュピレータのツメ痕が船側にはっきり残されているのを、俺は見た』
やおらワソランの表情が凍りついた。
『ウソよ』
『ウソじゃない』
正面に捉えて、言葉をかぶせる。
『そんなこと、あり得ないわ』
『言われてもだな』
『あなたの見間違いよ。信じない、絶対に！』
拳がテーブルを叩きつけていた。その勢いに驚き跳ね上がった二本の棒切れが、皿の上から右へ左へ転げて落ちる。
『そんな話、信じない。わたしがこの目で確かめるまで……、信じるものですか！』
目もやらずワソランは、まるきり自分へ言い聞かせるように叫んでいた。
『確かめるわ。何もかも！ 連れて行きなさい。今すぐ。わたしをその船まで、連れて行きなさい』
いや確かに、こんなチープな場所で、しかも初対面同様の相手に聞かされるような話でないことだけは間違いなく、混乱と絶望が怒りとなって当事者の保護をつとめたとしても、なんらおかしくなかった。
『だったら光学バーコードに座標を移してやるよ。俺の船に戻れば』
ならばとアルトも席を立ちかける。
『いいえ。連れて行ってと言ってるでしょう。あなたの船でよ』
ワソランは正面きって言い切った。
『はぁ？』
浴びせられたアルトの唇が、思わずひん曲がる。
『ここまでくるのに観光船だったなんてワケないだろ。自分の足を使えよ』
そもそもメンテがまだ途中だ。だがワソランは引き下がらなかった。
『さっき言ったはずだわ。事情が変わったって。わたしの船は使えない。だからこんな所で飲んでいるんじゃない』
『どういうこった』
とたん、勢いを削がれたようにぼそりとワソランはこぼす。
『駐禁でレッカーされたの。罰金を払うにも、数日経たなければ手配したお金はカードに転載できない』
『どんくせぇ奴だな』
『デフ６エリアのサイズが小さすぎるのよ』
アルトが吐けば、負け惜しとワソランも口をとがらせた。
『もし、その船に本当に彼が乗っていたなら、待ってられないわ』
確かに、それ以外にも、まごまごしていればアルトがリストを拝借した回収業者が船を回収してしまいかねない頃合でもあった。それこそ放置船としてリサイクルされてしまえば、手がかりは丸ごと消えてなくなる。
『あなたの船はどこ？』
再びび勢いづいた口調でワソランはアルトへ確かめる。
『あの店で馴染みのジャンク屋だって言ってたわね。もしかして、あのビルの上に停まっていたスクータ？ あのぼうやじゃ、まだ免許は取れないはずだわ』
あも、うもないとはこのことだ。
『行くわよ。ついてきて』
立ち上がるが早いか、ワソランは遮幕を潜り抜けてゆく。
『お、おい、何を勝手にッ』
噛みつき、アルトも追いかけていた。
だがすでに背丈分だけ歩幅も大きい彼女の背は、四つの個室前を通り抜けるとカウンター側へ消えようとしている。慌てて走れば、オーナーに支払いを済ませる素振りすら見せず、扉に手を掛けるワソランをとらえていた。
『ちょっと待て、おいッ。おま、金ッ』
狼狽するアルトを見つけたオーナーが、相手をしていたカウンターの『デフ６』から顔を上げる。
『今日の鳥、イケてたでしょ』
忙しさもピークを過ぎたせいだろう。オーナーもまた客からのもらい酒に少しばかり顔を赤くしていた。調子のいいその声に答えることなく、アルトは懐から抜き出した決済カードを一方的に突きつける。
『まとめて、頼む』
それをオーナーは、やたら陽気に受け取っていた。
『まとめて？ うちは分割なんてしてないよ』
それでも慣れからくるのだろう。確かな手つきで決済カードをリーダーへ通す。
『はい。まいどあり』
見向きもしないアルトの手へ返した。
確認して一目散、アルトはワソランを押しとどめるべく『ｉｐｓ』を飛び出す。
あれからアルトの隠し子話も中途半端に、通信を切ったデミは店にあるだけの機材を動員して、基盤の中から現れた固形物の鑑定に没頭していた。だが、いかんせん十分な機材のない店で満足な答えを出すことは出来ず、すぐにも固形物の正体はお手上げとなってしまう。
「んー……」
唸って腕を組み、鼻溜を捻った。さすがに睡魔ものしかかって、頭も思うように動かなくなってきている。一度休んだうえで再度検討しなおすかと、その目をカウンターに埋め込まれたモニター端の時計へ向けた。もう深夜を回っている。漏れ出すあくびに目じりへ涙が滲んでいた。拭いながら背伸びし、カウンターの電源を落とすべくデミは裏側のスイッチへ手を伸ばす。
「おやすみ……」
独り言のハズだった。
だが返事は返される。
驚き、デミはその手を止めていた。慌ててあたりを見回す。もちろん店の中には誰もいない。
と、また同じ声。
それは表だ。
続けさま、ビルの外付けの階段を上る足音が、くぐもりその耳に届いていた。すりガラスになっている小さな覗き窓へ、やつぎばや昇る何者かの影は映る。
「なんだ。アルトもまだ寝てなかったんだ」
びっくりしたと、デミはもうひとつあくびを吐き出した。
だが、よくよく見れば、そんなすりガラスにはシルエットが二つ、映りこんでいる。
あくびも半ばで、デミの頭上にクエスチョンマークは点滅した。ならば手順はシンプルだ。カウンターのモニターを、以前の持ち主だったトラがつけていた防犯カメラの映像へ切り替える。防犯以外、特に何も期待されていないカメラの映像はすこぶる悪いものだったが、すぐさまそこに階段を上るアルトの背中は映しだされていた。そしてその向こうに、見慣れぬ後ろ姿もまた重なる。
映像の悪さと、すでにフレームから飛び出してしまっているせいではっきりとは見て取れなかったが、その見慣れぬ後ろ姿は万族共通、女性ならではの丸い腰つきをしていた。
デミの目が、一瞬にしてすわる。
ぼそり、振ったのは鼻溜だ。
「……ぼくが一緒じゃないからって、早速、女のひと、連れ込んでる……」
残念ながらたったひとつの事象が持つのは、実に多くの解釈、ということらしい。
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