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ACTion 17 『いうなれば再会』



 音はないのだから、歓声もふざけ合いも、その一切が聞こえてこなかった。だがつながったテンの船の通信画面からは、はしゃいで上げた彼らの声が伝わってくるようでならない。
 普段、他種族とやり取りはプラットボードを活用するため、アルトのつないだモニター通信に最初、気づいたのは艦橋を預かっていた操縦士のコーダだった。だからして身振り手振りを収めるには狭いモニター画面へ器用に動きを映し込むと、アルトへ挨拶してくれてもする。
 そんなコーダとは一度だけ、取り戻してくれた楽器の礼にネオンが船で演奏会を開くこととなった際、共に『F7』を脱出した負傷者、メジャーの見舞いもかねて赴き、顔を合わせた仲だった。
 と、クセのあるコーダの動話が終わりきらぬうちだ。何事かと別の船賊は割り込んでくる。間違いない。後々その名をガータと知ることとなった、これまた共に『F7』を抜け出してきた船賊だった。よほど楽しいことがあったに違いない。ガータは満面、無防備な笑みにを浮かべてモニターをのぞき込み、そこにアルトを見つけると弾かれたかのようにその場を離れ、やがて二人三脚よろしくテンにその弟分であるクロマを引き連れ戻ってくる。
 そんなテンにクロマもまた、おさまりきらぬ馬鹿笑いに大口を開けていた。何があったのかと思うほどのご機嫌ぶりで互いに動話を綴り合ったかと思うと、跳ねるようなリズムでハイタッチなんぞを繰り出してみせる。経てようやく、モニターをのぞき込んだテンがアルトに気づいてみせた。
(おう! アルトやないかい! エエところに、きよるなぁ! 知っとったンかいな)
 すかさず動話を振ってみせる。
(ホンマや! せやけど、ちょっと遅いでっせ。せっかくの目の保養も見逃しや)
 クロマもまた、かぶせるように綴っていた。
 かつては所属していた『F7』で、業務上、動話を扱っていたアルトだ。読み取ることは容易いが、音声言語でないだけに、干渉しないからこそ同時多発的に繰り出されるそれらを読むのは骨が折れる。加えて調子の良さにも圧倒されたなら、まごつくうちにも遠慮なく顔をのぞかせたメジャーのそれも、さらにその場へ重なっていた。
(アルトさん、お久しぶりです!)
 のみならず、なんだ誰だとちらつく影が周囲にあふれる。
(お前、目の保養は言いすぎやろ。んなわけあるかいな)
 背負い、テンが指を折っていた。
(いや、アニキ、アニキの動話はやっぱスゴイっすよ)
(そうですよ、テン)
 追いかけクロマにメジャーが動話を踊らせる。
(トニックみたいやったっす!)
 中へガータも身を乗り出した。なら再び、メジャーとクロマがハイタッチを繰り出す。前へ茶化す誰かの腕は横切り、押しのけ、見知らぬ顔がのぞいていた。かと思えば、引きずり出されてまた別のにやけた顔は映り込む。気づけばモニター画面の前は、押し合いへしあいの大混乱だ。
(うらうらぁっ! んなこと抜かしとったら、この船解散して、転職しちまうぞ!)
 もろともせず、テンがクロマへヘッドロックをかませていた。
(それは、かんにんー……!)
 息苦しさも楽しげに、それきりじゃれ合いだす見せつけられてアルトはただ、通信をつなげるタイミングを間違えたと後悔した。
(お前ら、なんか変なクスリでもやってんのか)
 ようやく綴って返す。
 隣のワソランもこの光景を前に、呆気に取られている様子だ。先ほどからその細い目で、何度も瞬きを繰り返していた。
(アホ抜かせ。それはボスの俺が許さん。部下の命も健康も、俺が預かっとるんや。もうあんな失敗はせえへん)
 振るテンの動話は真剣だ。
 と、かすかに見切れていたコーダが、モニター画面の奥で誰かを手招いた。
 どうにもこれでは落ち着いて話せそうにない。
(ちょいとやっかいな頼みごとがあって連絡したが、あとでつなげ直させてもらう)
 四本ある彼らの腕に比べて二本しかないそれで、アルトは綴った。とたん調子のよかったテンの表情は強張る。
(チョイ待て。そら、どういうこっちゃ。今、済ませんかい。やっかいやったらなおさらやろうが。あんたには借りがある、違うか?)
 ヘッドロックしていたクロマを解放すると、通信モニターへと身を乗り出す。はずが前へ、またもや見知らぬ間抜け面が割り込んだ。あっという間にテンに張り倒されて消えてなくなる。
(すまんかった。なんや、言うてみ)
 背後で察したクロマとメジャーが、周囲へ静かにしろと動話を振っていた。
 本当に大丈夫なのか。アルトはしばし訝り、促してテンはアゴを振る。
(あるレンデムの行方を知りたい)
 ちらり、ワソランへ目をやってからアルトはついに、切り出していた。
 動話に、クロマとメジャーも振り返る。
(レンデム? なんや、ヒトと違うんか?)
 すでにワケアリを察したテンが、眉間を狭くしてみせていた。
(ここ最近の話だ)
 綴り、アルトはスロットル脇のコンソールを弾く。
(今、送った座標の船に乗っていた。その船は船賊の強襲を受けている。積乱雲チェイサーの船さ。その時、連れ去られたらしい。名前は……)
 綴りかけて、ワソランを見上げた。
『ダオ、ダオ・ニールよ』
 聞こえていたかのように間髪入れず教えるワソランは、勘がいい。その名をアルトは振りなおす。読み取ったテンの視線が、モニターから逸れた。どうやら届いた座標を確認しているらしい。眺めながら四本あるうちの一本の腕で、何事かを考え込むとアゴをつまんでさすった。やがて小難しげなため息を吐き出したなら、再びぶれることのない瞳でモニター画面をのぞき込んでみせる。
(そら、ちょっと、当て外れみたいやな)
 振った。
(どういうこった?)
(船賊が強襲したいう、その根拠は?)
 問いへ問いをテンはかぶせる。 
(船側に、あんたらがよく使うスワッピングマニュピレーターの爪跡があった。あんなものを海域で使うのは、レッカーかあんたらくらいだろ。違うのか?)
 アルトは戸惑いつつも、自らの見解を綴ってみせた。
 なるほどと、テンは腑に落ちた様子でだ。触れていたあごから手を離す。
(ええか。俺らは、そんな無駄足は踏まへんのや。基本、船賊はチェイサーの船なんか襲わへん。あいつらはいつも、からっけつや。まあ、こっちも経費食うて仕事しとる。ガキの使いやあらへん。そんな旨味のない仕事にはてぇ出せへん。せやからこそ乗員を連れ去った言うんやったらますますや。こっちの船に乗せたら、それだけ維持費食いよるやろ。どうせ臓器転売にまわすんやったらなおさら殺して乗せたって意味あらへん。闇ルートの商品は、飛び切り新鮮でないと値が下がりよるからな)
(船賊じゃないってのか?)
 アルトはせっついた。
 テンは下二本の腕を組み、上二本の腕だけで動話を繰り出す。
(そうやな。儲けよう思うて強襲かける俺らとは、明らかに目的が違う)
 ワソランには、こうして黙々と続けられる動話が理解できない。説明を求めて先ほどから、じれったげとアルトの顔をのぞきこんでいた。
『見つかるの?』
 仕方ない。アルトはこれまでをかいつまんで聞かせる。なら視界の端で一度切った動話をテンは、再開させていた。
(迷惑しとるで、まったく)
 そうしておどけたように眉を跳ね上げると、組んでいた下二本の腕をほどいて続けた。
(おんなじ手口で、ポリシーのない強奪しとる奴らがおってな。ホンマ、めちゃくちゃやで。おかげでこれや。全部こっちがかぶるハメになっとる。そこまで俺らは非道やない。生活せなあかんだけなんや)
(なら誰だ?)
 ワソランへはひとまず待ったをかけ、アルトは同時にテンへ動話を放つ。
 見て取ったテンが、一息ついて大きく腕を振り上げた。その指先で、こう宙を撫でてゆく。
(雑種ギャング。ホンマいけすかん奴らやで)
 それはアルトでさえ、聞いたことのない話だ。つまりはそれほどにまでに船賊と混同されていたのだろう、と思う。
(あいつらやったらやりかねん。他種族構成で、価値観もバラバラ。当座の生活ができたらエエだけで、行き当たりばったりや。ポリシーもへったくそれもあらへんからタブーも簡単に犯しよる)
 ならばと取り急ぎ、アルトはそこへ動話を重ねた。
(なら、テン、あんたなら、そいつらが連れ去ったレンデムは、すでにバラされたと考えるか?)
 ところが同じ速度で返されると思っていた動話は、急に鈍った。テンはしばし空を睨み、腕の動きを止めてしまう。
(わからんな。ともかく、何考えとるか分からん奴らやからな。そうかもしれへんし、違うかもしれへん)
『連れ去ったのは船賊じゃない可能性が出てきた』
 確認して、アルトは途中となっていたワソランへいきさつを訳した。
『船賊じゃない?』
 とたんワソランの細い両目は見開かれる。
『他種族構成のギャングだ。手口は真似てるらしいが、船賊ならチェイサーの船を狙うことはまずしないらしい』
『なら彼は、彼は、生きてるの?』
 早急に結論を求めた。
『それは、今の段階で断言できるようなことじゃない』
『問題はそこよ』
 ワソランは食い下がる。視線に押されるがままだ。アルトはモニターへ向きなおっていた。
『え? なになに?』
 なら向うから漏れ聞こえてくるのは、発せられるはずのない「声」だ。
(連れ去られた輩の生存を確かめる方法はあるか?)
 かまわず問うていた。
(あらへんことは、あらへんが、そこまでせなあかんような相手なんか? その探してる輩っていうのは?)
 背後を気にしながら、テンも答える。
(そういうことらしい)
 アルトは曖昧に振って促した。しかしながらそれでも教えていいものか、悩むテンは間を空ける。
(先に言うとくが、俺らが出向けば騒動になることは必至や。協力はでけへんぞ)
 前置きに、アルトはかまわないとうなずいた。
 見届け、テンは続きを振りだす。
(奴らの主な収入源となっとる賭博場、まぁ歓楽街やな、それが定期的に宇宙に形成されよる。雑種ギャングの中でも、はば利かせとる輩のデカイ風俗賭博船が連結して、擬似コロニーを作りよるんや。そこへ乗りこみゃ、何かタシになる話くらいは聞けるかもしれへん)
(誰でも着艦できるのか?)
(せやけど、あんまりオススメせんで。言うまでもなく非合法や。帰ってきよらん奴も多い言いおるし、変な病気、うつされてきよる奴もおるらしい)
 などと言わずもがなだった。
(ああ、なるほどだいたい想像はついた。それに、俺が探しているわけじゃない。今の話で十分だ)
 向けてアルトはそれこそ無駄な心配だ、と眉間を広げ返す。そう、いくらワソランでもそんな場所だと知れば、二の足を踏むハズだった。つまりそれがこの辺りが結末の落としどころになりそうで、その視線をワソランへ振り戻す。
 だが口を開こうとしたその時だ。
 横顔を呼び止められていた。
 それはモニターの向うからかすかに聞こえていた、声だ。突如とクリアな輪郭でもってして、アルトの鼓膜を揺さぶっていた。
「あ、アルト」
 しかもヒト語だったなら無視などできない。気づけばモニターへと振り返っていた。そこに、脳裏を過ぎる映像でもなんでもない、写し出されたネオンの姿を見つける。首から楽器を提げたネオンはまったくもった素っ頓狂な顔で、アルトをのぞき込んでいた。
 だとして返事に詰まったのは、なぜか。
 流れる沈黙に、テンの動話だけが揺れる。
(言うたやろ、知っとったんかいなって。今日は定期演奏の日や)
 フォローするような、それは一転して明るい動話だった。おかげでやけにたかった全員のテンションの理由もまた腑に落ちる。そうしてアルトは、言葉を探していた。手間がかかるにもかかわらず相変わらず短く切りそろえられた髪の、太ったでも痩せたでもなければ老けたというほど時間が経ったわけでもない、再会を感激するほど永らく離れてもいないにもかかわらず、全くの他人のように感じる不思議なこの瞬間にそぐう言葉はどんなものか、と。
「お、おう」 
 果てにどうにかだった。
 二文字、吐き出していた。


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