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ACTion 21 『嵐の前の、つむじ風』



「先に帰ったッ?」
 声を裏返し、聞き返す。その先が読めるからこそネオンの声も、もとたん歯切れ悪く、くぐもった。
「だって……、あたしがそんなトコ、行く必要ないって、言うんだもの」
 モゴモゴと語尾を濁す。
「当たり前だろッ」
 つき返すアルトに加減はない。だからこそ条件反射と、火が点くものもある。
「もう、いい」
 澄み切ったネオンの瞳へ、反骨心は浮き上がっていた。
「上等だ」
 良きに理解した、それがアルトの返事だ。
「ええ。もう、誰に理解されなくてもいい。あたしはあたしのことをする」
 そうして返すネオンに、抜けそうなほどアゴを落とす。
「だぁッ?」
「だいたいね、ひと探しの手伝いに雇われたなんて下心丸見えのあなたなんかとは、目的が違うんだからっ!」
 顔へと歯を剥きだしたネオンのそれは、本気だ。
「しッ、下心ってなッ。な、何を、根拠にッ」
「以上っ!」
 目を白黒反転させるアルトから、一方的なまでにこの会話を切り上げた。そうしてくるり返したきびすで、勝手知ったるひとの船と、コクピットへ向かってゆく。
「一緒の船に乗るんだから、あたしも挨拶しておかなきゃね。彼女、コクピットにいるのかしら?」
「おい、ちょっと待て。誰も乗せてやるとは言ってねぇぞ」
 とはいえ船賊の船の格納庫だろうが、ここが宇宙空間だったならハッチを開きっぱなしにして離れることこそ出来ず、既成事実を作ることになろうとも渋々アルトは手を伸ばす。
「くそ」
 引き寄せ、幾度となく繰り返し続けた段取りで気密を保持した。足で、ネオンを追いかける。先行くネオンと再び肩を並べたのは、そんな上層の通路をコクピットへ半分も進んだ辺りのことだった。
「ご心配なく」
 なら食らわされる先制攻撃。
「お邪魔なら、仮死ポッドでもお借りしてますから」
「そういう気遣いするくらいならな、とっとと降りろ」
 が、見事、聞き流してみせるネオンは、むしろふいと立ち止ってみせる。通路の突き当たり、コクピットへ上る最後の短い階段の手すりを掴むと宙を仰いだ。
「それとも、監視しておいた方がいいのかな?」
「話を、そらすなっての」
「ま、どっちにするかは、彼女の様子を見てからよね」
 ひとりごちたかと思うと、階段をの昇りだす。
 その頭を、コクピットの床からのぞかせた。見回せば、出航を今やおそしと待ちぼうけて立ち尽くす長い足が目にとまる。辿れば視線は己ず、持ち上がっていた。ならテンの船の艦橋でモニター越しにチラリ見た『レンデム』の女はそこにいた。すかさず女もネオンへ気づくと振り返る。細く切れ上がった涼やかな目元が、ネオンを一瞥していた。
 瞬間、緊張を覚えたのは、初めてじかに対峙したからなのか。射すくめられたような気さえして、ネオンはわずか頬を硬直させる。
『急いでるのに、待たせちゃったみたいね』
 どうにか緩め、投げかけた。だとしてニコリともしない『レンデム』の女は、その通りだと言っているようにも見える。探りながらも階段を昇りきり、ネオンはそんな彼女の前に立った。
『あなたもあの模擬コロニーに用が?』
 ハスキーな低音に、単刀直入と聞き返される。
 と、その問いが、プライベートなものに触れぬはずはないと気づいた様子だ。『レンデム』の女は、逸脱しかけた順序を取り戻すようにその手をネオンの前へ伸ばしてみせた。
『ワソランよ』
 頑なさの熱を宿た瞳と共に、ネオンへ握手を求める。
 しばし見とれて、それからネオンは手に視線を落としていた。
 アルトはそんなネオンの背後、ちょうどコクピットへ上がって来たところだ。
 握り返せば冷たさに、ネオンはドキリとさせられる。
『あたしは、ネオン』
 名乗り返せば、ようやくワソランと名乗った『レンデム』の女の口に、かすかな微笑みは浮かび上がっていた。
『ヒトの文化には詳しいの?』
 慣れた様子に、ネオンは問いかける。
『それほどでも。ただ、地方をあちこち回っているうちに、知っていて損のない習慣がいくつか身についただけよ』
『ひとを探してるって聞いたけれど』
 うなずき返して、二言目に問いかけた。
『ええ、婚約者なの』
 教えられて本当なのかと、思わずネオンはアルトへと振り返る。そこでだから言っただろう、といわんばかり肩をすくめるアルトに嘘はなさそうだった。
『そ、そうなんだ』
『あなたは?』
 肩すかしだといえば、何に警戒していたというのか。質問にネオンはいっときどもる。 
『あ、あたしは社会? 社会見学みたいなものなの』
 だからこそ咎められたところだとするなら、口にしてすぐアルトの様子を盗み見た。十分に意識して、そこから先を高く宙へ放つことにする。
『だからって遊びじゃないの。今度、素敵なショーを企画することになって、そのためのリサーチ。 このショーってね、言葉がいらないから種族も関係ないの。音楽とダンスだけのご機嫌なショーよ。それも非合法だから、やりたい放題!』
 意気込みに、アルトがまたもや天を仰いでため息を吐いていた。
 ほどに熱もまたこもっていたなら、ネオンの夢想するショーの熱気と歓声はワソランへも伝わったらしい。
『楽しそう』
 よりいっそう細めた目を弓なりにたわませ笑った。様子は同性から見ても、ごく単純に可愛いと思える。
『ええ、最高よ』
 どこかホッとして、ネオンは力強くうなずいていた。
『婚約者の彼と一緒に来て。きっと忘れられない思い出ができる』
 未来へ、ささやかな暗示をかけてやる。
『ありがとう。そうなることを願ってるわ』
 受け取ったからこそ表情を引き締めなおしたワソランが、淡泊と返していた。ままに見つめ合えば、それ以上、互いを語る必要はなくなる。
『なら、いつまでもモタモタしてられないわね』
 ネオンはアルトへ振り返った。その通りとワソランも追随すれば、出来上がったのは強き意思の二重奏にほかならない。だからして抗議などと、日に油を注ぐだけだった。
 察してアルトは、ありがたくも迷惑なご婦人方に囲まれつつ、 渋々操縦席へ腰を下ろす。
『大変ながらくお待たせいたしましたッ。毎度、ご乗船、ありがとうございます』
 バカ丁寧にアナウンスのひとつも講じると、アイドリング状態だった動力系の立ち上げにとりかかる。すぐにも微震だった足元から甲高い風切り音と、地を這うような重低音は混ざって響き、アクリラにコーダの映る通信ウインドは開く。
『当スクータ船の船長は、ワタクシ、アルトが務めさせていただきます。目的地まで、どうぞごゆっくりお過ごし下さい、ってな』
 吐き捨てつつ、格納庫ハッチ解放を促す動話を通信ウインドへ振った。ウインドの中でコーダがオーケイの仕草を振って返せば、間もなく目の前に漆黒の宇宙は開けてゆく。
『やったっ!』
 ネオンが声を上げていた。そうして行く手を見据えると、操縦席のヘッドレストへ越し、アルトへ指示を飛ばす。
『出発進行っ!』
 調子が良すぎて調子っぱずれとは、このことか。手元を危うくしながらアルトは合わせて、スロットルを全開にしていった。
 動き出した船を揺れが襲う。
 それも最初だけのことと、格納庫を抜け出せば安定していた。
 滑るように船側から離脱してゆく。
 やがてテンが伝えていたように、模擬コロニーへ近寄れないテンの船と航路を分けた。
 見届けたワソランが、三体が詰めるには手狭なここを下層へ向かい離れてゆく。懐かしさにネオンは辺りを見回していたなら、コクピットには慣れた者の、慣れた間合いだけが残されていた。
「知ってる?」
 使いこなしてネオンが視線を、仏頂面で淡々と操縦し続けるアルトへ向ける。
「ヒトの恋路を邪魔する奴は、ウマってのに蹴られて死んじゃうんだって」
 恐ろしく古いことわざなんぞを、投げかけた。
「あ?」
 面倒くさい。思うからこそ、アルトの返した返事は究極まで簡略化されている。様子にニンマリ頬を緩ませるネオンはつまるところ、これが言いたい様子だった。
「残念様。だからって、手、抜かないでちゃんと彼探し、手伝ってあげなきゃダメよ」
「ひとの忠告を無視しやがって」
 あてつけがましさに、言わずにおれなくなる。
「だいたいトラの野郎も野郎だ。お前こそ、どうなってもしらねぇぞ」
 だとして知らぬ存ぜぬのネオンは、ひたすらうなずいていた。
「だって、グラマーだったもんね、彼女」
 ならもうヤケとなる。
「あきらかに、お前よりはな」
「へぇ、じゃ、もう、見たんだ」
 言えば問われ、返していた。
「バカ言え。見損ねちまった」
 のち、ようやくあれ、と我に返りもする。
 つまりこれが、彼の有名な誘導尋問というやつか。
 瞬間、ネオンの目が、白々アルトを見下ろしていた。
「……って、な」
 つけくわえてみるが、時すでに遅し、らしい。
 渾身の空笑いを放つアルトの背に、それは忍び寄ってくる。
「……ウマに蹴られて死んじゃえば?」
 殺伐と響くネオンの声が、一撃を浴びせていた。
 抱えて船は、いまだ見たこともない模擬コロニーへとひた進む。


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