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ACTion 23
『葬儀屋とメッセンジャーの余暇』



『いや、ボロい仕事だった』
 のたまったのは、広い宇宙、地元で死ぬとは限らないおかげで空駆ける葬儀社、スラー葬儀社社長、『エブランチル』種族のスラーだ。その着衣はどんな時でもユニバーサルデザインが無宗教を決め込んだ、いわずもがなの喪服である。しかしながらスラーは、回りに引け目を感じることなく胸を張ると、『エブランチル』独特の吊り上がった目で到着したばかりの辺りを見回していった。
『仕事はボロだったでやんす!』
 などと合いの手を入れたのは、ヘモナーゼ種族独特の離れた両眼を互い違いに回転させた、 唯一の社員であるモデラートことモディーだ。すなわちここで待ちかねていたように、スラーの張り手は飛ぶこととなる。
『バカヤロウ。仕事がボロだったんじゃねぇ。ぼろ儲けの仕事だってコトだ』
 食らったモディーの両目は焦点を失い回転すると、これにていつものルーティンは終了する。
『モディーは間違えたでやんす。も、儲けが、ボロだったでやんす』
『たまにはこんなヤマもなけりゃ、やってられねーってモンだぜ』
 そしてこれがスラー葬儀社の、一風変わった社風だった。


 さておき、このボロいといわれた今回の仕事は何をかくそう、僻地で感染した病により検疫を通過することができず、現地で足止めを余儀なくされたバナール種族からのものだった。
 よほど故郷に思い残すことがあったのだろう。死期を悟ったバナールは、自らが死んだ後、 遺体の一部を故郷へ、そしていくらかの遺言を指定する相手へ送り届けて欲しいとスラーたちへ依頼したのである。
 言うまでもなく遺体の一部とは、現地で焼却処分されたのち拾い上げられた骨だった。熱処理されたそれを持ち帰ることなど腐れ行く有機体の運搬に比べれば容易く、そして遺言は政府船『ビアンカ』、それにからむ『F7』の一件で知る事となったボイスメッセンジャー、詰まるところ声帯模写によりメッセージを運ぶ通称ライオンに運搬を依頼することで、遺書もまた内容のみならず声色さえもが送り届けられる運びとなっていた。
 まさに手落ちも、手抜かりもない完璧な仕事だ。ひどく感謝された遺族からは貰い受けていたギャランティーに加え、余分な心づけさえ支払われている。
 だからして、元手にスラーはこの場所を訪れてもいた。


『こんな金は、供養の一環。パーッと使うのが一番ってもんだ。バチがあたっちゃ、いけねぇからな、バチが』
『さすが社長! 太っ腹でやんす!』
 こういう時のモディーの合いの手はもう、職人技だ。がしかし、金銭的つながりもなければ上下関係もないがゆえ、その言い分を黙って聞いておれない者もここにはいる。
『何が供養だ』
 ライオンだった。スラーの依頼を受けたがゆえ霊柩船へ同乗することとなり、その後の行動まで共にするはめとなっていたのである。
『まったく、不謹慎にもほどがある』
 相変らずのオレンジ色したツナギにパンクな鬣を揺らすと、唸った。
『ま、そういいなさんな。これも葬儀屋家業継続のための一環よ』
 振り返ったスラーが調子を崩すことはない。むしろなだめてライオンの肩を叩きさえする。
『ええい。わたしは葬儀屋ではない』
『まったく、頭がかてーな。あんたってヤツは』
『なにを、これはそういう問題か?』
 馴れ合いすらかわしたライオンの視線は、そうして遥か頭上へ持ち上げられていった。
 とたん襲われるのは、己が縮んだのかのような錯覚だ。ビル一棟を丸まま収めたような迫力で、幾重にも積み上げられた階層が吹き抜けとこの船の内部構造をさらしていた。光景はこの船の巨大さを物語り、埋めて各階層から投影されたホロ看板が、泳いでいた。その全ては眼下へ向け、我こそはとアピール合戦を繰り広げると、露出度も限界のなまめかしい女たちを揺らしていた。かと思えば、過剰な効果を吹聴するクスリの宣伝に、誰もが勝者になり得ることを絶叫する賭博の案内広告もまた重なる。突き破って羽虫がごとく飛ぶのは広告灯で、定期的にその腹を開いてホロ広告を銀粉と行き交う者へ撒き散らしていた。
 降り続ける中、好き勝手と音楽もまた大音量で鳴り響き、視覚に聴覚は飽和状態となる。浸れば浸るほど鈍る判断力のまま、意識はそれら猥雑の中へ絡め取られてゆくようでもあった。 

『まったくもって、いかがわしい』
 ライオンもまた引き込まれそうになり、慌てて視線を逸らす。
『ここはただの風俗船ではないか』
 スラーへと突きつけた。
『頭、かてーな。だったらどうした』
 意に介さぬスラーの浮かべた笑みには、余裕がある。
 証明して言い合う間にも周囲では、頭上のホロ看板を実写に置き換えたあらゆる種族のきれいどころが、 訪れた者へひっきりなしに声をかけていた。
『なに、あんたもすぐにこの場所が気に入るってもんだ』
 なら言い放ったスラーの傍らへも、こんな場所には珍しい同族の女が近づいてくる。すれ違いざまのようなさりげなさで意味ありげな笑みを投げ、共にスラーの手の中に小さなホロ広告を押し込んだ。
 ただそれだけだ。
 だが雑踏に紛れ行くその後ろ姿は、実に雄弁でならない。
 ついぞしっかり見送ってのち、掴まされたそれをスラーは持ち上げる。なら明滅するホロ広告を、モディーにライオンまでもがのぞきこんでいた。
『し、出発する時刻を知らせてもらえば、わたしはそれまで適当に時間を潰している』
 読みきり理解したからこそ、慌てふためきライオンは視線を周囲へ撒き散らす。
『言っておくが、ここで遊ぶと高くつくぜ』
 忠告するスラーへまさに獣と噛みついた。
『違う! 格納庫だ、格納庫! わたしにこのような趣味はない』
『待て待て、勘違いするな。俺たちも目的はそういうのじゃねー』
『他に何がある。付き合いきれん』
 もう限界らしい。捨て台詞と、あらぬ方向へ歩き始める。
『それがあるんだ。うまくいきゃ、今回の儲けが十倍、いや、百倍になるハナシが』
 押し止めてその肩へ手を回すスラーはまさに、宙を舞う広告塔そのものだった。
『その手を離せ』
『まま、そう頑なになりなさんな。なにせ俺は、エブランチルだ』
 やおらスラーは言い放つ。
『こいつは金が金を生む、錬金術だぜ』
 言ってライオンをのぞき込んだその顔の中で、怪しげと開いてゆく瞳孔をライオンは目の当りとする。潜む狡猾な何かはたちまちライオンを吸い込むと、初めて言葉に説得力を与えていた。
『まぁ、俺様に従ってりゃぁ、間違いないってハナシだ』
 ままにスラーは、あさっての方向へ歩み出していたライオンの背を、別の方向へと押し出す。長居し過ぎた吹き抜けの奥へ、その足を繰り出していった。
『社長は、金をこさえるでやんす』
 従うモディーが前に後ろについてライオンへと、口を開く。
『まさか電子マネーの偽造を?』
 穿って問えば、とたんスラーは笑い出していた。
『おいおい、ひと聞きの悪い事を言うなっての』
 頭上を埋めていたホロ看板は、いつしか後方へ流れ去っている。
 積み上げられた階層、その最も下部に据えられた入口が薄暗い路地となって、目の前に開いているのが見え始めていた。
 訪れた者はその中へ、次々と吸い込まれている。
 従い足を踏み入れたとたん、うら若き女たちに強面に、いかがわしげなドラッグの押し売りにと、もみくちゃにされていた。そのなかにホロ広告もまじっていたなら、もうどれが実像でどれがホロ広告なのかさえ分からないほどだ。
『わ、わたしの頭にだけは、触れてくれるな!』
 あまりのことに、ライオンの声さえ上がる。
『いいか。こいつらこそ蛇足だってんだ』
 慣れた身のこなしでかいくぐるスラーが、そんな周囲を指し示しながら口を開いた。
『相手にするだけ、こっちが気疲れしやがる』
 次いで言葉はこうライオンの耳へ届く。
『ワイヤースリーブマッチ』
 聞き慣れぬ響きについぞ、ライオンはスラーへ視線を向けていた。
『ここの名物の賭け試合に一口、乗ってやろうってのが、俺様の目的なのさ』
 と極彩色の光を映し込んだ瞳の中で再び、スラーの瞳孔はじわり開いてゆく。
 まあ見てな。
 ライオンの耳へ確かに、そんなスラーの声は聞こえたような気がしていた。


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