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ACTion 25 『潜入』



『いいか、俺から絶対に離れるな』
 アルトは忠告する。


 そうしてどうにか辿り着いた模擬コロニーの着艦誘導は、いまどき考えられない手動だった。
 もとより真っ当な場所ではないのだから、ハナから管制などと気の利いたシステムを期待できるわけもなかったが、そもそも混み合うこれらエリアにおいて着艦される側もまた、自船の安全を確保すべく通常、交通整備は行うものである。だというのに格納庫記号と侵入速度を告げてよこしたきり、後は己で対処せよといわんばかりと何ら誘導はなかったのだ。
 おかげでそれが自然の摂理というやつなのか。秩序は利用者側より自然発生すると、アルトの船の数百倍はあるだろう二艘の船舶と、さらにはそれらより一回りほど小ぶりな貨物船らしき合計三艘を頑丈なボーディングブリッジで結合した模擬コロニー周囲へ、右回りの着艦航路を作り上げていた。
 ならばとアルトも、それら徐行の輪へ船を滑り込ませている。
 見逃せば幾度となく模擬コロニーの周りを回り続けることになるだろう間抜けた顛末を避け、告げられた格納庫記号を目視で探しだすと、細心の注意を払って列から抜け出し着艦を試みていた。
 その格納庫ハッチのセンサーは、究極に無愛想だった誘導とは裏腹にやけに感度がよく、滞ることなくアルトの船を中へ導き入れている。やがて貨物船の重力圏に捉えられた船は格納庫へ降下し、寒気のするような音と共に船底をクランプに掴まれていた。
 数えきれぬほど繰り返した手順を経て降船した際、船の動力を全て落とさず待機電源を残しておいたのは、イルサリの存在を考慮してだ。万が一の場合に備えたライフラインだった。
 そうして操縦席の背もたれからもぎ取ったスタンエアを作業の背裏へ貼り変え、通信機もまた片耳へかける。船を降り先に行っていたネオンとワソランに合流したのが、格納庫の鉄扉前だった。
 開くにかなり旧式なそれは、ふたりには無理だったらしい。まごつく立ち位置を入れ替わり、構造をなぞって解除しながら放ったのが、その言葉だった。


『いいか、俺から絶対に離れるな』
 ついでにネオンへとこうもつけくわえる。
『それから、知らない奴に話しかけられてもヘイコラついていくなよ』
『あのね、あたしは子供じゃないわよ』
 上段に取り付けられたフックを解除し、連動して解放された中段の気密ハンドルをひねる。アルトは最後、どうにもすべりの悪い下段の閂をスライドさせていった。
『ん?』
 押し開けようとしたところでびくともしないなら、とにかく下がる。まったくもって先が思いやられるとはこの事だ。落とした腰で床を蹴りつけた。なら受けた体当たりに鉄扉は開き、勢いのままアルトは表へと飛び出してゆく。つんのめったところで目と鼻の先の光景に踏み止まっていた。
 壁だ。
 いや、壁かと思うほどの利用者が群れなし、通路を歩いていた。しかも当然のことながらそこには男しかいない。しかも場所が場所なら素性の怪しげな、胡散臭いという形容詞がぴったりの面持ちばかりが並んでいた。
 あの二人を引き連れ、この中でひと探しをするのだ。無謀だったか、とアルトの頬は引きつる。
『ちょっと、大丈夫?』
 知らぬ声が、その背を呼び止めていた。振り向けばネオンが格納庫から姿を現す。
『たてつけ悪いわね』
 おっつけ鉄扉をしげしげ見回し、ワソランもまた出てきていた。
 とたんあからさまと揺れ動いたのは、目の前を滔々と流れていたはずの利用者たちの視線だ。目も当てられないほどと露骨さで、ふたりをまさぐる。
『こら、ボディーガード。しっかりしてよ』
 気づいているのかいないのか、いや、いないからこそだろう、ネオンが手を差し出していた。ワソランもまた絡む視線を弾き飛ばすかのように、行く手を見定め長い手足をしならせている。
『あっちでいいのかしら?』
 このさい、入れて持ち運べる箱でもあるのなら、とっととそこへ匿いたい気分だが、おそらくそれで納得するのは今のところ、アルトだけだろう。
『お前は自分のことだけ心配してろ』
 あえてネオンの手を払いのけ、傾いだままの体を起こしてゆく。
『ほら、ワソランが先に行っちゃうじゃない』
『ええい、クソ』
 指さすネオンが急かし、アルトは急ぎ物理ロックをかけなおしていった。
『やっぱりそうみたいよ』
 なら進行方向を見極めたワソランが、こちらと促し手を振る。
 確かにワソランの示す方向には、連結した臨船へ続くボーディングブリッジの入り口が利用者の間から、見え隠れしていた。こうも通路が混雑しているのは、そこが簡単なセキュリティーチェックの場になっているためらしい。取っ手付けたような探知機のゲートも見えている。
『オッケー』
 誘われるまま、ネオンが楽器ケースを提げなおしていた。
 内心、オッケーじゃあない、と吐きつつアルトは、今にも勝手にどこぞへ行ってしまいかねないふたりの前へ回り込む。
『お前ら、ノー天気でなによりだ』
 口にしなかった、いや、できなかったくだりを託し、めいっぱいに睨みつけた。
 きょとんとされて、怒り半分、きびすを返す。
 歩き出したところでついてくる気配がなければ、振り返るが早いか歯を剥きだしていた。
『俺から離れるなッ』
 ようやく従えこれでヨシと、いや、これでマシと、今度こそ利用客の中へと紛れ込んでゆく。


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