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ACTion 31 『RUNNING OFF』



『とにかく』
 言って逸らしたアルトは、賢明というべきだろう。
『俺が売人面して付き添わなけりゃ、お前らふたりじゃ今頃どこかに引っ張り込まれてるところ、ってこった』
 豪語して場をとりつくろった。
 前で利用者たちが、再び動き始める。追いかけそぞろと歩いたなら、ついにエレベーターホールへ抜け出していた。
『確かにね。その点は例のマグミットの情報についても、礼を言っておくわ』
 まだいくらか距離はあるが、突き当たりの壁面にエレベータは二基、設置されている。乗って上がれば目的の半分は達成されるやもしれない。見上げたワソランがアルトへ投げた。
 と息でもするかのように、目の前で利用者の列は波打つ。エレベータから吐き出された利用者と入れ代わりだ。ホールで待っていた利用客たちが乗り込み始めていた。これがれっきとした商業施設ならば、利用者数に見合う合理的な運搬設備が備え付けられているところだが、見た目通りと型落ちの観光船、その平凡な二基だ。フル稼働でも持て余す利用者の数に乗り込みきれるはずもなく、やっと進んだと思えた足も再びそこで止まっていた。
『スゴ……』
 その周囲で瞬く広告にネオンが目を丸くする。
『一面、ね』
 ワソランもまた、天井までもを見上げてみせた。
『どれがいいんだろ』
 気づけばネオンと広告内容の比較検討を始める。
『お前らなッ……』
 唸るアルトこそ真顔だ。
『でもほら、こっち』
 かまわず誘うネオンが、背をよじっていた。
『いい加減にしとけ。お前にゃ、用はないだろうが』
 そうしてつないだ手を引けば、気分はもう犬の散歩となる。
 瞬間、気づかされていた。
 弾かれたように振り返る。案の定、いつしか消えていた温もりとおり、そこにいるはずのワソランの姿はない。
『あの、バカ』
 頬を叩かれた思いだ。急ぎアルトは辺りを見回す。何しろ野郎ばかりの雑踏だった。ワソランの姿は目立つハズだと、影から影へ視線を走らせる。
 とそれは、今まさに到着したエレベータ左手だった。明滅する広告がズラリ貼り付けられた壁際に、その背はちらついている。
『何?』
 そんなアルトの様子にネオンも気づいたらしい。振り返ってすぐにもワソランが消えていると知ったその目を見開いた。
『うそ。いないじゃないっ』
 そんなネオンのの手をアルトは、抜けるほどに引く。
『こっちだッ』
 長身のせいで利用者の頭と頭の隙間からのぞいて移動する、あの爆発したような髪の一部を追いかけた。ままに肩先をめり込ませて力ずく、利用者をかきわける。伴い利用者の鈍い抗議の声は漏れ、ネオンもまた短く問いかけていた。
『何かあったのっ?』
『あのお嬢さんは、とにかく無鉄砲なんだよッ』
 ピストン移送で降りてきていたエレベータが、そんな二人の片側で再び定員数を満たし、またもや上昇を始めている。おかげでまたもや立ち尽くした利用者に混じり、ワソランも足を止めていた。その目がとらえているのは前に立つ、頭ひとつ分小さな男の背中らしい。案の定ワソランは、次の瞬間にもそんな男へ声を掛けようと身を乗り出していた。
 目的など知れている。
 だからこそアルトは勘違いだと、そいつは見間違いだと、胸のうちで繰り返していた。
 そもそも強襲を受けたというのだ。そんな相手がこんな場所をうろついている道理こそ、ない。
 だが呼び止められたか小柄な男は、経緯を知る由もなくワソランへ振り返ろうとしている。
 見定めアルトは双方の間へ飛び込みかけた。
 が、すんでのところで動きを止める。
 おもむろに壁際へときびすを返した。
 明滅激しいホロ広告へネオンを押し付ける。噛んでいただけの無煙タバコを吐き捨てると、その顔へ指を突きつけた。
「絶対ここから動くなッ」
 なら、さすがのネオンもその意味を理解した様子だ。
「ワソランさんなんでしょっ?!」
 射抜く瞳で自分も行くと訴える。
「ややこしくなるッ」
 そんな、とネオンは口を開きかけていたが、かまっているヒマこそなかった。
 目もくれず背を向ける。
 押し寄せる利用者に、また辺りの混雑はひどくなっていた。押しのけかわしてアルトはただ、ワソランの元へと急ぐ。


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