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ACTion 32 『クラウナートのせむし男』



 見つけたはずの面影を、この群衆の中で別の誰かと取り違えてしまったのではないか。 思うほどと振り返ったその顔は、似ても似つかないものだった。腫れ物が醜くいくつもぶら下がっている。小柄な身の丈も、元の種族が何であったのか分からぬほどに変形すると、縮み歪んでいただけだと知らされる。それもこれも汚染惑星と呼ばれる、放射能物質をふんだんに含んだ星で資源掘削の労働に従事してきた者に見られる容姿の代表なら、あまりにダオ・ニールとかけ離れていた。
『なんだい、おねえちゃん。あんた、このクラウナートで傷んだ体を慰めてくれるっていうのかい?』
 がっかりしたというよりも、あまりに迂闊だった自らへ、ワソランはしばし呆然と立ち尽くす。そうして向けられた小男の表情と言葉に、いやそれ以上、汚染惑星の中でも犯罪者の強制労働収容所として有名な惑星『クラウナート』の名に、我を取り戻した。
『ごめんなさい。間違いだったわ』
 急ぎ目を逸らす。その態度が露骨だろうと、立ち去るべく肩をひるがえした。
『そりゃ、ひどい挨拶だね』
 だが押し止めて投げかけられた言葉に、肩を掴まれる。
『それともこのザマじゃ、気味が悪いってことなのかな』
 ままについ振り返ってしまったのは、罪悪感にさいなまれたせいだ。見透かしたように腫瘍の奥で潰れて歪んだ目が、そんなワソランをとらえている。逃がすまいと伸びた腕がワソランを掴んでいた。
『いいじゃないの、これもお仕事でしょ?』
 言って初めて明確な表情として「笑み」を浮かべる。
 目にしたならごく単純に身の危険だけを感じていた。振りほどくべくワソランは体を揺する。だが小男の手は見てくれからでは想像もつかない力で、ワソランの腕を掴んでいた。
『違うわ。本当に知り合いと見間違えただけよ』
『金なら、心配するに及ばないけどねぇ』
 突き返せばそれはぶっきらぼうとなり、小男にたたみかけられる。その視線があからさまと、額から頬をつないで揺らめくワソランのウロコ模様を追いかけた。連なる胸元にまで達したところで、ワソランはジッパーを引き上げる。
『ほほ。これは、じらすね』
 揺れる体へ向けて、足を踏み変えた。
『離して!』
 ヒザ蹴りを放つ。
 だが小男の動きは軽い。曲がった体がウソのように、すんでの所で交わしてみせた。
『こりゃ、面白いねえちゃんだ』
 ついに声を上げると笑い出す。笑いながら掴んでいたワソランの腕を、ひと思いと引き寄せた。
『ますます気に入った』
 抱きかかえたなら、ひとりごちる。
『冗談じゃないわ。離しなさい!』
 逃れてワソランは手足を突っ張るが、岩のような小男にはまるで通用しない。それどころか重力さえ無視するかのような動きで回れ右。ワソランを抱えたままで、ちょうどと降りてきたエレベータへ乗り込むべく足を繰り出した。
『離して、わたしはただレンデムのダオを探しに……!』
 周囲はそれすら日常茶飯事と無関心だ。だからしてその時、飛び込んできた声はワソランの視線をさらう。
『ちょっと待てッ』
 小男もまた、歩みを止めていた。
『勝手に連れ出してもらっちゃ、困るな。それじゃあんた、盗人だぜ』
 傾けたアゴの先に、アルトは立っている。
 そんな互いに面識などあるはずもない。だからして初対面には聞き捨てならないセリフだとして、ちょうどと身構えたアルトに遠慮はない。
『お兄さん、それはないんじゃないの?』
 感じ取ったこと小男もまた、ワソランを抱えたままでゆらり、振り返ってみせた。顔に少なからず、アルトはぎょっとさせられる。
『あんた、誰?』
 察したように小男が、そんなアルトの動揺を突いて鋭く切りかえしていた。おかげで奪われたのが先手だったなら、取り返すまでとアルトもまた突きつけ返す。
『それは俺の商売道具だ。許可なしに手をつけられたんじゃ、ハナシにならないね』
『なんと』
 驚く小男の仕草こそ、実に芝居がかっていた。ままに今一度、傍らのワソランをしげしげ眺め回してみせる。
『ならちょうどいい』
 やおら言って、唇をめくり上げた。
『わたしが買おう』
 背後ではエレベータが到着したらしい。今や遅しと到着を待ちわびる利用者たちが、にじるような前進を始めている。
『いくらだ?』
 流れの中で小男はアルトへ短く確かめていた。つまり『ヘモナーゼ』からあの名前を引き出しておいて正解だったというわけだ。
『冗談。あんたからはした金をせびるつもりなんて、毛頭ないね』
 アルトはすかさずその口を開く。
『だいたいそれはそんな安モノじゃないんだよ。俺はマグミットに会いに来た。それ以外は断る』
『なるほど』
 うなずく小男は、その名を知っているらしかった。それきりしばし黙りこむ。
『で、いくらで?』
 問いかけた。
『だから、あんたには売る気はないって言ってんだよッ』
 通じぬ話のじれったさに、アルトは声を荒げる。こっちへ来い、と振ったアゴで素早く目配せを送ってみせた。合図にもがくワソランは、放置船でも見た通りと気が強い。だが振り上げたヒジを小男の胸へめり込ませようが、その足を蹴りつけようが、フラつくこともなければ小男は表情すら変えようとしない。ただ暴れるワソランへ向けたあの笑みを、アルトへもまたじんわり浮かべてゆく。
『それじゃ、おにいさん、話が合わないだろ』
 言っていた。
『わたしがその、マグミットだからだよ』
 言い放つ小男へ、ワソランの目が大きく見開かれてゆく。


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