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ACTion 34
『ピンク・パニック 2』



「はい、父上」
 引き出したマイクが踊る。
 押さえつけたところでアルトは、イルサリの声を聞いていた。その落ち着き払った響きを頼もしいと取るか、無神経と憤るかは受け取り方次第だとして、無論、前者を選んだからこそアルトは二言目をこう、発していた。
「最上階ッ。通路ナビッ」
 騒動を知らぬ吹き抜けからは、今だエレベータホールを目指し利用者たちが流れ込んできている。そこへホールから逃げ出す利用者たちはぶつかり、混迷を極めたところへアルトもまたスタンエアを振りかざし踊り込んでいった。その形相にもスタンエアにも、驚いて道を開けゆく利用者たちの反応は心地いい。立錐の余地もない混雑のなかだからこそ、すぐにも塞がれてゆく背後もまた、追われる者にはうってつけだった。
「船内マップ、取得中」
 その耳元で、イルサリが時間をつないでる。
「急げッ。頭、吹き飛ばされてからじゃ、何の役にもたたねぇぞッ」
「お言葉ですが、父上」
 吐いてすぐにも、イルサリにたてつかれていた。つまりそうしてついに始まった口答えは、自らにも覚えのある紛れもない自我の手ざわりだったが、父親としてそんな息子の成長を喜ぶには、現状、余りにもタイミングが悪い。
「指示優先だろうがッ」
 頭ごなしに投げつけ、この辺りだったと視線を走らせた。
「お言葉ですが、スタンドアローンというわけではなくとも公共との連携が少ない船への侵入は……」
 と流れ、めくれゆく利用者の隙間に、鮮やかなネオンのブラウスはちらつく。この中へ巻き込むわけにゆかないなら無事だけを確認すると、視界の端でさらに背後との距離を測った。
 刹那、シワを波打たせ走るテラタンが、その右腕を持ち上げる。
 銃口は真っ直ぐにアルトを指し、かと思えば実弾銃ならでは、そこから火の粉は散った。
 やおら髪が散る。
 かすめて弾は床へと突き刺さり、甘い角度に跳ねてあらぬ方向で仰け反った利用者を、何の前触れもなく雑踏の中へ沈めていった。
 目の当たりにしてのんきなことはもう、言っていられない。
「何してやがるッ、おせーぞッ、イルサリッ」
 おっつけ飛び来る二発目。しかしながら走りながら放たれた弾丸は今回も、ことごとく的を外す。
「マップ、取得。これでも最速です」
 待ちかねたイルサリの口調は、相変わらずだ。さらには意味ありげに、こうも付け加えていた。
「お言葉ですが父上」
 そんなアルトの目の前に、通路の入口は開ける。とたん、それまでかき分けずとも道を開け続けていた利用者は動きを鈍らせ、壁がごとくアルトの前に立ちはだかった。だとして後戻りなどできないなら、拒む垣根を手繰ってアルトは体当たりを食らわせる。
『どけッ』
 その間にも距離を詰める四体に焦れば、泳いだ目にあのやたら目立つ色合いは映っていた。
「お言葉ですが父上、逆走中かと。最上階へは後方二十メートル、エレベータの利用が最短コースです」
 そちらへ逸れた引き戻してイルサリも続ける。
「背中から実弾ぶっ放されてて、できねぇから頼んでんだよッ」
 吠え返せば、目立つ色の周りで見覚えのある古びたケースは踊り狂った。
『どいてってばっ!』
 知ったる声も飛ぶ。
『ソコ、触んないでっ!』
 放つと、真っ直ぐアルトへ近づいていた。
「了解しました」
 事態を把握したイルサリの声も一転する。
 前に、影は落ちた。
 ひと思いと古びたケースは振り下ろされる。
 押しのけようとしていた利用者はそこでカクリ、肩を落としていた。
「ハァイっ!」
 向こうから決して微笑んではいないネオンの顔が、のぞく。
「言ってんなッ」
 もう噛み付くほかないだろう。
 その襟首を、ネオンはかまわず掴んで引き寄せる。
「こっちっ!」
 されるがままと倒れた利用者をまたいでいた。ままに頑なだった混雑の中へもぐりこんだなら、背後であっという間に隙間を塞いだ客が、おっつけ追いついた四体を弾き返してくれる。
 振り回すだけ邪魔となったスタンエアを、腰のベルトへ挟み込んだ。そうして振り返れば早くも、頭ひとつ飛び出した『テラタン』に右へ左へ投げ捨てられる利用者が宙を舞っていたりする。
 と、そんな『テラタン』と目が合っていた。
「どあ、やべッ」
 がぜん繰り出す足へ力は入る。『テラタン』も何事かをわめいてシワを振り乱すと、客をかき分ける動きを早めて追いかけてくる。
「お前ッ、動くなっつっただろうがッ」
 だからしたえ手遅れだとしても、言っておかなければ気のすまないのは、その言葉だ。客をケースで張り倒しながら走るネオンへ、投げた。
「そんなことよりワソランでしょっ! ワソランはどこっ?」
 逆に怒鳴り返されて、ぐうの音も出ず舌打つ。
「……マグミットに連れて行かれちまったッ」
 仕方なしと知らせてネオンの腕を掴んだ。このままでは目立ち過ぎると、周囲に紛れるべく歩調を合わせさせる。だが当のネオンはマグミットが誰だったのかさえ、思い出せずにいる様子だ。 しばしアルトの横顔を見上げ、ようやく気付いたようにその口を開いていた。
 瞬間、銃声は響く。
 砕けた何かの甲高い音が、鼓膜を突き抜けた。
「きゃあっ!」
 伸び上がっていた体を縮めて、ネオンが叫ぶ。咄嗟にアルトも銃声へ身をよじっていた。どうやら持て余す客に痺れを切らせたらしい。そこで『サリペックス』は空へ銃口を向けている。
 凝視する利用者たちがまさにひと息、吸い込んだままで固まっていた。
 吐き出すと同時だ。叫び声もろとも我先にと通路を逃げ出し始める。
 光景にスッ、と店内へ姿を消す綺麗どころに勧誘の手合いは慣れていた。
 それだけでも視界はいくらか開けたなら、あおって二発目は放たれる。
 きっかけにして、ついにそれは天井から噴き出していた。
「何これっ!」
 けぶる視界にネオンがうめく。
 スプリンクラーだ。
 今の一撃が招いたか、周囲へ豪雨がごとく水を撒き散らしていた。
 蹴散らし逃げ惑う客の勢いが増す。変わらず誘いかけてくるホロ映像だけが安穏、笑みを浮かべ続け、次々と突き破って四体が通路を駆けてくる。
「おい、走れッ」
 目にしてアルトは、ネオンの体を引きずり起こしていた。
 と、それは絶妙のタイミングだ。
「新規ルート確保」
 イルサリが渡りに船を出す。
「どっちだッ?」
「左手、十五メートル前方。数えて七つ目。左手、ドア」
「何? 誰にいってんのっ?」
 はたから見ればまるきりの独り言だが、かまっている場合でない。
「ナビだよ、ナビッ」
 とにもかくにも駆け出し、指示されるまま足を止める。
「残りおよそ三歩。二、一、そこです」
 だがそこにイルサリの示すようなものこそ、見当たらなかった。壁がただ、立ち塞がるのみだ。
「おいッ、んなモンねーぞッ」
 信じられずアルトは辺りをまさぐった。
「いえ、マップ上ではそこに『ライトネブライザー』という店の入り口があります」
「塞がってるッ」
 さすが非合法施設。その間取りは臨機応変と変更されるものなのか。
「なにしてんのっ。来てるっ!」
 言い合うアルトの作業服を、ネオンが引いていた。
「ほかッ」
 拳を叩きつけたなら、鼻先から雫が飛ぶ。アルトは身を翻した。
「検索中」
 イルサリの切り返しもまた早い。
「別件にてレポート有り」
「今、必要かよッ」
 言わずにはおれないだろう。
「九十セコンド前より、こちらの座標を求める通信が……」
「知るかッ。どうとでも教えてやれッ」
 まだ続きそうだったそのレポートを、アルトは断つ。
「了解」
 素直に引き下がったイルサリは、すぐさま現状へ立ちかえっていた。
「ルート確保。左手、七メートル。ドア。奥、突き当たりに変電室。変電室から各階層への経路あり」
 声に従い目を走らせれば、今度こそそこに青い小さな扉はあった。まるで壁と一体のようなそれ以外、周囲に該当するものはない。
「変電室は構造上、区画変更の心配なし」
 飛びつくように駆け寄り、バー状のノブを握っていた。開くその前に、だ。アルトはネオンへ振り返る。
「ワソランは最上階だ。あいつら振り切って、奥の変電室から連れ戻しにいくぞッ」
「わかったっ」
 ようやく聞けたいきさつに、ネオンのうなずきも確信を持って放たれる。
 合図にアルトは勢いよく、ドアを引き開けていた。


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