手土産にしてはかさばるが、話が弾む事はこれで間違いなしとなっていた。
防弾ジョッキを着込んでいようとも、至近距離から食えばそれなりのダメージを受けるものである。エア弾を食らった追っ手の四体は今、両手を拘束されると戦意喪失の面持ちでうなだれている。
眺めてアルトは、重さそのものが凶器のような実弾銃の銃身を振り上げると、このひと悶着に疲れた肩を軽く叩いてほぐしてた。
残る三丁は弾を抜き抜き去った状態で、脱ぎ捨てた作業着にくるみ足元に置いている。
こう落ち着くまでをご協力いただいたのは、言うまでもない。スラーたちと共に駆け込んできた『ヘモナーゼ』だ。そう、何の因果か通路でネオンたちを売れ、とせっついた彼だった。しかもその『ヘモナーゼ』はこの店の経営者であり、モディーの叔父だというのだから、まったくもって世間は狭いとしかいいようがないだろう。
その『ヘモナーゼ』は拘束具を提供したうえで、店内奥の事務所さえ都合すると、手を貸せば今後の営業に関わるのではないかとうがるアルトへ、営業を妨害されたのだから文句を言ったところで頭を下げる義理こそない、とも言い放っている。有難くとも心強い限りだった。
そんなモディーの叔父はこの乱入騒ぎを収拾すべく、混乱極める店内へ出て行ったところだ。だからして事務所には、何とも唐突な再会を果たした面々が雁首を並べている有様でもあった。
『お急ぎのところ、首もつっこみたくはねぇが……、』
その口火を切ったのはスラーである。
『相変らず読みが早くて痛み入るね』
何しろ『急いでいる』などと一言もいっていないのだから、言うほかない。耳にしてアルトは肩で弾いていた銃身の動きを、止める。向けてどうも、とスラーは肩をすくめて返し、その顔へアルトは前のめりとこうも続けた。
『だが、俺たちは会ったことにしなかった方が、せっかく楽しみに来たあんたらのためじゃないのか?』
確かにその辺の道端で鉢合わせするのとでは、てんで事情が違っている。
と傍らで、ネオンが体を跳ね上げた。飛ばしたくしゃみに口元を覆う。仕方ない。スコールもどきのスプリンクラーを浴びたきりだ。だからして事務所へ入るなりさらに奥へと消えたモディーが、タオルを片手に戻って来てもいた。
片目に捕らえて、迷わずスラーは答えて返す。
『その通り。ただそこまで切羽詰った顔をされちゃ、こちとら気になってこの後にも身がはいらねぇってもんだ。この辺なら、俺様の方が熟知しているとは考えねーか?』
『社長は勝ちにきたでやんす』
ネオンへタオルを渡したモディーが、アルトへもまた差し出していた。その回転する両眼は、実に自慢げだ。
見下ろしたなら、負けてアルトはひとつ、ため息をつく。タオルのみならず、その提案もろとも有難く頂戴することにしていた。肩へ引っ掛け、防水など想定に入っていなかった片耳の通信機を毟り取る。店の奥で指示を受けて以来、完全な接続不良となっていた量産型のそれを、足元のクズ入れへ放り込んだ。
合わせるかのようにまたひとつ、ネオンがくしゃみを飛ばす。
『ダメ。服が濡れてるせいみたい。風邪、ひきそ』
『困ったでやんすね』
一瞥してアルトはスラーへ、向きなおっていた。
『要は、こいつらと引き換えに、てっぺんのマグミットってヤツから簡単な質問の答えを聞いて、 俺の雇い主を取り戻したいだけだ。ただ……』
言葉を切る。
傍らに束ねた四体へ、やおらその身を乗り出していった。
『さすがの俺も、こいつらを連れて正面から邪魔しようなんてホド図太い神経の持ち主じゃなくてね』
これみよがしと実弾銃を突きつけ、その顔をかわるがわるにのぞき込んでゆく。押し合いへし合い後ずさる四体へニッ、と笑いかけてから、その体をスラーへ起こした。
『さっきまで生きていたナビでは、この店の奥に上へ続く変電室があるって話だったが、 入り口は備品で塞がれちまってた。他のルートが知りたい』
言い終わるや否や、肩に引っ掛けたタオルの端で、濡れた髪をかき混ぜる。
なるほど、と腕組みするスラーは慎重だった。
『手を貸すのは、ルートを教えるだけで本当に足りるってのか?』
確かめる。
『頼めるなら、用が済むまでコイツを預かっておいてもらえるとありがたいが』
そこまで言われたなら、ついでだ。振った視線でネオンを指し示した。
と、そのとき事務所の扉は開く。一仕事終えたモディーの叔父が、戻っていた。
『とんだ災難だ』
吐き出す様は苛立ちもあらわだ。
『すまない、迷惑をかけた』
アルトは詫びるが、モディーの叔父はお門違いだ、とすぐにも片手で制してみせた。
『おにいさんのせいじゃないですよ。こんなことはしょっちゅうだ。確かに私どもはマグミットの世話になっていますがね、同じだけの不条理を味わっている。この並びじゃ、みんな腹のうちは同じようなものですよ』
払い戻しの段取りか、カードリーダーの窪みを片側に設えた決済端末を、充電ソケットから抜き去った。
『オジき』
再び店内へ戻りかけたその背を、モディーが呼び止める。
『何かここに代わりの服はないでやんすか?』
そうしてモディーが指示したのは、不憫さ漂うネオンだ。
とたんモディーの叔父の目が、値踏みしたあの時と同じ視線でくまなくネオンを見回していったことは言うまでもない。その足を、藪から棒に切り返してみせた。かと思うと、どうやらそこにロッカーは設えられていたらしい。開くなり中をまさぐり始める。
『オジき。このザマじゃぁ、次の賭けには間違いなく参加するって寸法だな?』
向かってスラーが、声を高くしていた。
『でなければ、ワリがあわんでしょう。一口乗せてもらいますよ』
答える叔父の手元でハンガーは、あれやこれやととっかえひっかえされている。
『ならヤマ師にひとつ、先払いで駄賃をくれてやるってのはどうだ?』
『なにが、お望みです?』
聞いたスラーがアルトへ目配せしてみせていた。そうして再び、叔父へと声を張る。
『こいつはオジキの方が専門だ。こいつら、マグミットに直談判があるらしい。専用の通り抜けってぇトコロを教えてやってくれねぇか? それからこっちのお姫さんを、話がつくまでここで預かって欲しいそうだぜ』
『ああ、あった、あった。これくらいだな、きっと』
やがてロッカーの中に向かって独り言を吐き出したモディーの叔父が、ロッカーから振り返る。
『ほう、その白い娘を、ですか』
閉めたその手元にはヒト型のハンガーがひとつ、握られていた。
『ええ、ならいくらでもお教えしますよ。上納金の配送ルートなら、文句ないでしょう』
ネオンと見比べながら戻ってくる。
『なんならこの際、ずっとここで預かっておいてもいいくらいですがね。もちろん賭けには勝つはずですから、そのときはお兄さんにも代金はきっちり支払わせていただきますよ』
そうして浮かべた笑みがイヒヒ、と卑猥に歪んだところで齟齬はない。
なら何はともあれただしておかねばならぬのは、その場しのぎでついた嘘だ。アルトは曲げた唇でつむじを掻く。
『いや、そいつは……』
遮り、ネオンの前へ、叔父は選び抜いたそれを突き出していた。
『似合うと思いますがね』
とたんネオンの顔が引きつる。
目にしたアルトも噴いていた。いやむしろこの場合、噴いたのは鼻血、と言った方が正確か。
なにしろそこにはどう見てもヒモ以外の何物でもない、果たしてどこが隠れるのかと思しき着衣はぶら下げられていた。だからしてネオンの声も、ことさら高く室内に響く。
『このままで、結構ですっ!』
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