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ACTion 43 『それはつながり』



 気配に奥歯を噛んでいた。
 極まったところで、時は止まる。
『まちな!』
 マグミットの声が空を裂いていた。
『たしかにもったいないよ』
 こぼす頬へ、ゆっくり重たげな笑みは浮かび上がってゆく。そうしてマグミットは、嬉々とその両眼をアルトへ開いてみせた。
『それが条件だ。あのレンデムを返して欲しいならお兄さん、あんたが勝ちな! まさにうってつけだよ! 次のワイヤースリーブマッチ、 ウチが開催する賭け試合に、お兄さん、あんたが出るのさ』
 まくし立て、不可解に眉を寄せたアルトの視線を誘い、とあさっての方向へアゴを振る。
 なら対峙し、囲う輩にばかり気を取られていたせいだった。そこで初めてアルトは窓とはめ込まれたアクリルが、その向こうにぼんやりのぞく闘技場らしき会場があることに気づかされる。
『試合でチャンピオンに勝ったなら、ファイトマネーの代わりに言う通り、おねぇちゃんを返してやってもいいよ。全員が無罪放免さ。そうそう、ダオ・ニールとかの居場所だって教えてあげてもいい』
 得意げと言い切る。 
『どうだい?』
 不敵な笑みと共にアルトへ問いかけた。だとしてアルトがすぐにも答えないなら、アルトの背後へ合図を送る。受けた相手から、舌打ちは聞こえていた。続けさま、あった鉛の感触はアルトの後頭部から消え去る。
『ツイてるうちに、両手を挙げろ』
 声が低く促していた。
 従うほかない。両手を上げれば、重いだけに終始していた実弾銃はやおらそこからもぎ取られていった。
『感謝しなきゃ、バチが当たるよ。タイミングが悪けりゃ、こんなハナシは持ちかけたりしないんだからね』
 言うものだから、声も上がる。
『笑わすな。恩を着せたつもりか?』
『以外、この状況をどう解釈しろっていうの?』
 切り返すマグミットに疑うそぶりはない。
『断る。取引できるほど俺はあんたを信用しちゃいない』
 がっかりするマグミットが、しみじみかぶりを振ってみせていた。
『それは偏見ってものよ。何もわたしだってそこまで悪党じゃないのにね。けれどお兄さんはわたしにそうさせたいみたいだから、仕方ないね』
 とたん持ち上がったその表情は、アルトの前で一変する。
『ウチの船であたしに従わないなら、客でもない男には用はないんだよ』
 発せられる怒りと憎しみには、鈍い重みさえあった。
 その前へ、背後の何某は回り込んでくる。その脇に抱え込まれたネオンをアルトは初めて目にしていた。
『けど、おねぇちゃんたちは別だ。あたしが躾けてあげるから、これから色々、稼いでもらおうね。何しろお兄さんが運んでくれた、せっかくのお土産だ。無駄にはできない』
 だからこそ言い分に、思わず身を乗り出す。封じてネオンを抱えた黒服が銃口を掲げなおしたなら、「やめて」と叫ぶネオンの声に踏み止まっていた。
『なんだい、その目は?』
 問われたところで、答える義理などない。
『つまり俺の女に手を出すな、とでも言うつもりかい?』
 その顔をマグミットは、しげしげのぞいて吟味する。
『は、その年恰好じゃ、ロクに臓器も転売がききそうになさそうだからね。断るならお兄さんは、足元のバカ共と一緒にゴミになるだけなんだよ。ここはあたしの船なのさ。その後でふたりをどうしようと、関係ないこととお知り!』
 浴びせ、『それが嫌なら』と取り戻した落ち着きで付け加えてみせた。
『チャンピオンと一戦交えな。他に道はないよ』
 眼前で銃口を突きつける黒服もまた、促し首をかしげている。
 だからついてくるなと言ったんだ。
 見据えたなら、罵る声は胸の内にもれ出す。しかし言ったところで、それこそ何の役にも立たなかった。つまりマグミットの申し出を飲むほかないのか、と考える。すぐにもその試合こそフェアなのかと怪しめば、乗るか反るか二者択一こそ陳腐でしかなくなっていた。賭すものが、己が身一つならそれでも選ぶ事は可能だろう。でないなら第三の選択枝が、その新しいシナリオが入りようだった。
 ひねり出そうともがけば焦りは滲み出す。
 探しあぐねて向けた目は、それこそ助けを求めていたのかもしれない。知らず知らずのうちにとらえたネオンの瞳こそ、そんなアルトをのぞき込んでいた。ままに、何か用意はあるんでしょうと、いつもそうして強引に切り抜けてきたのだから、そのためにすべきことがあるなら教えてよと、その瞳で訴える。
 響きには、信じる者の力強さがあった。信じているからこその落ち着きがあった。その両方で、ないと思えた第三の選択肢の存在を、ほのめかしもする。
 思い起こせば戸惑い見失いかけたその度に、で間違いなかった。こうしてこの瞳は訴えかけると、ほんの数歩、未来を映し込んで己へ見せつけ、不確かな明日をビジョンと示し続けてきたのではなかろうか。
 だからしてあの場所からも、抜け出せていた。
 そしてここまで遠く、走り続けることが出来ていた。
 おかげでなくせば恐怖を覚える、これは存在となったのか。
 いや、とアルトは逸れた思考を巻き戻す。
 何よりネオンには見えているのだ。それがアルトという個であり、なら出し惜しみする道理などありはしない。
 そういうことだろ?
 信じ返して、促すネオンへ己が命のハンドルを預ける。
 ままにアクセルを踏み込んだ。
 その加速に恐れはもう、ついて来れない。むしろ爽快感さえ覚えて全てがうまく回る予感に、安堵さえもを感じ取る。
 満ちるままにネオンへ小さく、笑い返しいた。
 応じるネネオンが、ひとつ確かとうなずき返してみせる。
『なら、お手つきはナシといこうぜ』
 吐き出した声には、揺るぎない芯があった。
『それが俺からの条件だ』
 アルトはマグミットへと放つ。合わせてネオンも視線を添えたなら、まさに探していた新しいシナリオは小気味よいリズムを刻んで走り始めようとしていた。 
 その音色へ耳を澄ます。
 奏でられる意思と似て非なるこの原動力を、胸いっぱいに吸い込んだ。一体となればなおさら手綱を緩めぬグルーヴ感は、トルクを上げて思いにもよらぬ力をアルトの中から引き出そうとする。
『いいね。そうだった。どちらもお兄さんの大事な商売道具、だったからね。だったらナニも手も出さずに待っておいてあげるよ』
 言うマグミットへ歯を剥き出し笑って返した。
『なら、その道のプロから忠告しておいてやるよ。あんたみたいにせっかちが過ぎると、あっちでは不評だってハナシだぜ』
 聞かされたネオンの顔は、呆れたどころの騒ぎじゃない。だとしてかまうものかと、アルトは続ける。
『いいか、指一本でも触れてみろ。あんたのファイトマネーは拳だってことを覚えとけ』
『面白い冗談だよ。ただし、決着がつくまではこちらで預からせてもらうからね』
 言うマグミットの口ぶりこそ欠片も面白がっておらず、証拠にすかさずその手を差し出す。指先でネオンを招き寄せた。
 指していた銃口を空へ向け、応じる黒服がネオンを腕に後じさってゆく。
『ふたりは俺の見えるところにおいておけッ』
 呼び止めたところで食らわされたのは、目にゴミでもはいったかのようなネオンのウインクだけだ。そうしてすかさず開いた唇の形から、声を伴わぬメッセージをすくいあげていた。冗談じゃない。憤るが綴り終えたネオンはもう、知らぬ存ぜぬの面持ちだ。
 やがてその姿はワソラン同様、この場を後にしてゆく。
 気づけば空間には、何ともむさ苦しい面子だけが取り残されていた。
『なら、テンションも上がったところで、さっさとおっぱじめようじゃないか』
 任せてアルトは吹っかける。
『もちろんそうさせてもらうつもりだよ』
 囲う五体へアゴを振るマグミットが、阿吽の呼吸で答えていた。
 合図に、囲う五体が詰め寄ってくる。及び腰で上げたきりのアルトの腕を掴んでみせた。捻って素早く拘束したなら、手繰った腰からスタンエアを見つけて抜き去る。
『そのためには準備が必要なの』
『準備?』
 捩じり上げられた腕が悲鳴を上げていた。繰り返して振り払えども、ただの身悶えにしかならずアルトは頬を歪める。
『お兄さんには高価で繊細なスーツを着てもらわなきゃならないからね。せいぜい楽しませてちょうだいな。でなきゃ、お互い困るってもんだ』
 言って同時に、マグミットは高らかと掲げたその手を、打ち鳴らした。
『さあ、あんたたち! ぼうっとしているヒマはないよ! 準備にかかりな!』


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