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ACTion 49
『そうしてAIは、トラを救う』



『ど、どういう、ことだ?』
 だかそれは、あまりにも間が抜けている。
『わ、わしは、ジャンク屋の……』
 ジャンク屋の船へ通信をつなげたつもりだったのに、とこぼしかける。
『よもやデミもヤツの船に乗っていたというのか!』
 妄想に呆けた頭をフル回転させて、見当違いの荒野へ突っ込んでいった。そのとんちんかんぶりを前に、デミの鼻溜はたちまち尖ってゆく。
『違うよ。ぼくがいるのはおじいちゃんの船だよ。そうしたらおいちゃんが、アルトの船にアクセスしてるところだって、教えてもらったからこうして繋げてもらってお話してるんだよ』
 当然だ。デミはギルド商人である。ジャンク屋が卸す商品を店で待てども、船にまで乗り込む理由こそない。
『なん、だ。そうだったのか……』
『それどころじゃないよ』
 と、なにをや焦るデミは、いまだ本調子とは言い難いトラへたたみかけた。
『おねぇちゃんが大変なんだ!』
 それはトラにとって、今さらであることは言うまでもない。
『そ、そんなことは、もう、知っておるわ!』
 とたんモザイクのかかったアレやコレやが再びトラの脳内で、動き出す。たちまちの動揺に狭い操縦席で体を揺すれば、モニターへサスの顔は割り込んでいた。
『ばっかもん! どうしてお前さんは、ついてゆかなんだ!』
 形式程度とは言え、挨拶すらすっ飛ばしての剣幕で怒鳴りつける。そうして並んだ『デフ6』親子の面持ちは、これまでにないほど厳しくトラを見据えた。
『……その、なんだ。つ、ついて行けるものか。わ、わしは所詮、邪魔者……』
 前に置いてトラはただ口ごもる。
『いい加減、学習せんか。この、すかぽんたんの、あんぽんたんが!』
 様子を、サスが吹き飛ばした。
『それとこれとは話が別じゃ。どうせおまえさんには、いつものややこしい言い分があるんじゃろうが、じゃったらなおさら本末転倒じゃ!』
『な、なにを! わしとて、ネオンに行くなと止めたのだぞ。だが、ネオンはわしの言う事などに耳も貸さなかったのだ。極Yの将来がどうのと言ったが、しょせんは奴に会いたいだけのことに決っておる。わしの目とて、そこまで節穴ではないわ!』
 トラも吐き返した。
 と、それみたことかと、呆れたサスが鼻溜を縮めてゆく。
『何を言っとる。あやつが何か厄介事をかかえておったことを、知らんのか』
 確かにテンの船で耳にしたくだりは最初、そんな具合だ。
『い、いや。知っている。誰かを探していると聞いた』
『その件で、イルサリが途中まではフォローしておったようじゃが』
 聞いてまったく、と眉間を詰めてゆくサスの表情は、そこでどんより曇っていった。
『向こうで巻き込まれたトラブルに船内ナビを要請したところで、連絡が取れんようになってしもうたと言うておる。フォローできた最後は、実弾銃に追われて模擬コロニーに並ぶ店へ飛び込んだというくだりじゃ。それきり、うんともすんとも言ってこんらしい』
 つまり事態は別の最悪を連れて、トラの前に舞い込もうとしていた。
『な、に?』
 トラは唇を弾く。
『実弾銃? 店へ、飛び込んだ、だと?』
 どこかで聞いた展開は、おかげで再び脳内で反芻されてゆく。なら同時に絶叫伴うモザイクだらけのあれやこれやは、百八十度、その様子を変えていった。
 見開く両目。
 巡る血の勢いに、トラはシワに埋もれた表情をぱあっと明るくする。
『なんだと! 店へ飛び込んだのは、ナニがあれで、そうだから、ああではなかったのかっ!』
『おまえさんがついてゆかんものじゃから、あやつとネオンは行動を共にしておる可能性が高い。現に、あやつの船はこの通りもぬけのカラじゃ』
 ならデミもまた鼻溜を揺すって割り込んだ。
『この間、ぼくの店にアルトが持ち込んだ物の中にね、積乱雲鉱石みたいなものが混ざってたんだ。だからてっきりアルトはそのチェイサーとモメてるのかと思ったんだけれど、イルサリの話を聞くとそうじゃないらしくて……』
『待て、待て、イルサリ、だと?』
 トラにとっては知らぬ名だ。ならデミが、忘れたの? と渋面を作って返していた。
『もう、F7のイルサリだよ。今、おいちゃんが喋ってた相手じゃないか』
 とたんトラの口は『ホ』の字に開いて、それきり固まる。つまり、まるきり通じた様子がなかったなら、みかねたサスが鼻溜を振っていた。
『よいか、あの一件以降、あやつはあのドクターイルサリとつながっておったらしい。しかもイルサリから親父と慕われてのう。無人の船は今、そのイルサリが預かっておる。お前さんや、わしたちのの相手をしながらじゃ』
 話はトラにとって、目が白黒反転するほどの話だった。
『おや、おや、親父? だと?』
 その頭を両手で抱える。
『間違いありません。わたくしはF7にてセフポド・キシム・プロキセチルの指示の元、志向の矯正とシナプス解析を主に担当しておりました旧介護プログラム、マルトクバージョン七○四、八八、通称イルサリです』
 話す声がトラにとどめを刺していた。トラはそのとき、何か途方もない労力を重ねて積み重ねたものの、ガラガラと崩れてゆく音を確かと聞く。同時に、てっきり繰り広げられているだろうと気をもんいた愛憎劇に、濃厚で高度極まる心理サスペンスは弾け飛んでいた。
『ジャンク屋の、子供は、AI……』
『わしらはデミの預かった積乱雲鉱石がやっかいじゃと動いたわけじゃが、そこでこの面倒を知った。ならばタイミングもばっちりに、お前さんが通信をつなげておるとイルサリが伝えてよこした』
『申し訳ありません。かなり取り乱されておられましたので、わたくしの判断で通信を公開させていただきました』
 言うイルサリへは恩に着ると言うべきか、否か。しかしトラの耳には届かない。
『AI……』
 夢心地とその言葉を繰り返す。
『おいちゃん、おねぇちゃんが好きなら、ちゃんと守ってあげなきゃダメだよ』
 一体、いつからこうも立場は入れ替わってしまったのか。デミが叱りつけていた。
『……AI』
 かまわず惜しんで、これでもかとトラは噛みしめる。
『ヤツの子供は、AIだったのか……』
 もうこみ上げてくる笑いを押し込めることができそうにない。我ながら不気味だと思いつつも、ついに諸手を挙げて笑い出す。一部始終に『デフ6』親子のみならず、イルサリまでもがぎょっとしたことは言うまでもなかった。
『何か、不都合でもありましたでしょうか?』
 そんなことはない、とトラは言いかける。だが、ただただトラの笑い声は大きくなるばかりだ。
『バカもん。笑っておる場合か』
 サスに怒鳴りつけられていた。
『すまん、すまん』
 どうにか咳払いで押さえ込む。
『なるほど。で、デミ坊、イルサリに聞くとそうではなく、どうだったというのだ?』
 トラは取り戻した眼光で、デミへとそのアゴを引いた。
『ワソランってひとだよ。そのひとが最上層に連れ去られたって、イルサリは記録してるんだ』
『ワソラン?』
 どこかで聞いたことがあったろうかと、トラは思いを巡らせる。そうしてあてずっぽうながら、知る限りを口にしてみた。
『それはレンデムの女か?』
 とたんデミの眉が驚いたように跳ね上がる。
『どうして知ってるの?』
 ビンゴらしい。
『ヤツの船のモニターに映っていた。そのレンデムが、ひと探しをしていると聞いたのだ』
 ふーんと相槌を打つデミは、まだまだこの手の話しに慣れていないらしい。見かねたサスがデミから主導権を取り上げる。
『あやつ、そのひと探しのために、少々派手に動きおったのではないかと思うとる』
 光景はトラにも容易く想像できるものだった。だからこそ胸の前で深く腕を組みもする。
『コロニーの治安に水でも差したか』
『実弾銃じゃ。常識のなさは、仕切っとる輩と符合するわの』
『そこにネオンも巻き込まれた』
 言って組んだ腕の端で、トラは数度、指を弾いた。
『それこそが、お前さんの招いた怠慢じゃ』
 皮肉を言われようが、巡る考えをまとめるにそれほど時間は必要ない。すぐにもトラは伏せ気味だった視線を、サスへ持ち上げてゆく。
『今、どこにいる?』
 これに関してはデミの担当らしい。
『Op1チューブラインのスウィングバイナリー五から、一万セコンドポイント』
 なぞってトラは、座標変換すべくナビの画面を弾いた。
『模擬コロニーまでは、ワシの方がずいぶん近いようだな』
 舌打つ。
 サスはまるで、その言葉を待っていたかのようだ。
『ならば頼めるかの?』
 小首をかしげた。そんな互いの視線はモニター越しだろうと、ガッチリと合っている。
『知った以上は放っておけん。わしらもそっちへ向かっておる。だが到着するまでは、お前さんにあやつらのことを頼みたい』
 だとして二つ返事などと、それこそそぐわなかった。
『言ってくれるな、サス。これは頼まれてやるような類の話ではないぞ』
 トラはフン、と鼻を鳴らす。
 だからこそだ。サスは遠慮がちにこうも確認していた。
『アルトのことまで頼むのは、お前さんの意にそぐわぬ事じゃと思うとるがの』
 それはもう、今では笑うしかない心遣いである。
『ネオンのためなら、わしは誰の面倒でもみてやる』
 そうして吐いた思いには、嘘偽りも見栄も、やせ我慢すらありはしなかった。だからしてサスが、驚いたように、ほ、と鼻溜を膨らませている。その豆鉄砲を食らったような顔はやがて満足に緩んでゆくと、味わい吟味するかのようにその手で鼻溜を撫でつけた。
『なんだ。そんなにわしの顔が面白いか?』 
 トラは言わずにおれなくなる。
『なに、長生きはしてみるもんじゃと、思うとるだけじゃ』
『ふん。好きに言うがいい』
『父上の所在を補足』
 重なりその時、イルサリの声はそれぞれのコクピットに響きわたる。
 急転直下だ。
『何、アルトがおったのか?』
 サスが鼻溜から手を離した。
『ネオンも一緒におるのだろうな!』
 トラもまた急きたてる。
 一個体でいる必要のないイルサリは、マルチタスクが常のプログラムだ。そうして矢継ぎ早と投げかけられる二機の船からの質問を並行処理、同時に答えてゆく。
 しかしながらその中でも等しく述べられることとなったのは、このくだりだろう。
『残念ながらこれは父上からの通信ではありません。しかし父上がこの件で使用した検索プログラムが、模擬コロニー内で起動したことを確認。父上所在の手がかりと報告いたします』


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