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ACTion 73 『DEAD OR... 6』



『銃弾の雨なんて、あの時でさえ時代錯誤な強襲だよ』
 そうしてマグミットは、まるでそれが昨日起きたできごとであるかのように、語り始める。
『誰も彼もがあっという間に蜂の巣だったさ。クラウナートの港でよ釈放に歓喜していたあの男も、神経質な面構えで出迎えていた輩も、全てあたしを引き取る前に目出度く息を引き取ったって寸法さ』
 うまいゴロ合わせに自ら笑い、すぐにも剥いで、その瞳を冷たい色へ沈ませてゆく。
『助かったのは、ターゲットにすらされなかったあいつらと、わたしくらいなもんだ。だのにあいつらは、怯えて動くことすらできなかったわたしを助けようともしなかった! まがいなりにも、わたしの親だと名乗っていたのにね!』
 吐き出し開かれた口が、暗く大きな穴をうがつ。閉じてマグミットは、勝ち誇ったようにネオンへ笑いかけた。
『答えは簡単だよ』
 言葉に予感して、ネオンはただ身構える。
『あの男が死んだことで、わたしには利用価値がなくなったのさ。あの男がわたし生体名義に書き換えた、だからして引き渡せば得るはずだったあの男の財産が、金庫の鍵である私を育て、匿い続けることで得るはずだった多大な報酬が、あの瞬間、持ち主の記憶と共にその在り処さえ泡と消えちまったからだよ! 終身刑が相当のクラウナートから釈放されるなんて離れ業をやってのけたあの男が、どれほどの権力者だったかは知らないさ。だからこそ隠蔽したくもなる財産があったのなら、そのおこぼれ目当てであいつらもあたしのご機嫌取りに相当に気が入っていたってもんだ。おかげで嫌というほどいい思い出を残してくれたよ。そうさ、吐き気がするほどにね!』
『それが……』
 浮かび上がった映像が、ネオンの前で再び笑みを並べていた。
 聞き出そうとして打たれたわけを知ったワソランも、その唇を半開きとしている。
『死体に囲まれて呆然としていたわたしを拾ったのは、駆けつけた収監所の軍医だったよ。身の上も明白となったわたしに、行くところがないのならここにいればいいと言ってくれたさ。もちろんクラウナートに残ったのは、まだどこかであいつらが、いつか迎えに来てくれるんじゃないかと期待していたからだったね』
 明かしたマグミットは、その視線を足元へ落としてゆく。
『けれどクラウナートの環境にわたしの体が潰れ始めても、何も変わりはしなかったさ』
 そこからチラリ、ネオンをうかがい見た。
『これ以上、留まれば間違いなく死に至る。その時、わたしは思い知ったのよ』
 この先を聞いてはいけない。ネオンは唇を噛みしめる。
 だがマグミットを止める術こそなく、その手もまた固く握り絞められると幼き日々へ、時を越えた。
『あたしは捨てられたんだ、ってね』
 うつむいていた顔が持ち上げられる。
『愛だって? そんなもの信じやしないさ。でなけりゃ、ここに何が残る? どこへ行ける? それこそ全てを捨ててやったんだよ。あいつらもろとも、あたしはきれいさっぱり腑抜けた妄想を捨ててここまでやってきたのさ!』
 それでも違う、と言って聞かせるとは容易かった。
『現実は甘くないのよ。目に見えないものなんてのは、ただの暗示だとお知り! 他者を操るためだけの、金のかからないドラックなのさ。証拠にここは唸るほど儲かってる!』
 だが打ちのめされた相手をなお叩き潰して、それが正しいことだ、と言えるのかとネオンはうろたえる。
『だのに馬鹿は次々にあたしの前へ現われて、同じことをほざくんだよ!』
 訴えるマグミットの背で、水槽は今もなお、細かく泡を立ち上らせると液体を消費させ、試合が続いていることを知らしめていた。
『帰る場所があるだって? 待つ者がいるだって? だからくたばる訳にはいかないだって?』
 見開いた目でまくし立て、マグミットはそんな水槽へ振り返る。
『ふざけるんじゃないよ』
 吐きつけたのは、チャンピオンのおさまる水槽だ。
『たかがチェイサーの身の上だろうが。それをあたしの前で女のために命乞いかい』
 見上げるままに語りかけた。
『……なんですって?』
 聞き逃せるはずもなく、ワソランが身を乗り出す。
『しかも全戦全勝とは、わたしへのあてつけかい! そのうえその女までもがあんたを探して、ここへ来ちまったよ!』


 チケットブースの裏から入れるよ。
 デミがトラへ告げていた。
 詰める輩に気をつけろ。
 アルトもひとりごちる。
 サスの素っ頓狂な絶叫も派手に響けば響くほど、船がもうそこまできている事を知らせていた。自分が舵をとれなくなったその時、それもまた帰りの足として大いに役立つハズだと思えていた。何しろスラーの霊柩船がどれほど乗り心地に疑問をのこしたかは、前回の出来事で検証済となっているうえ、ネオンとトラがモメることなく同じ船に乗る保障がない。
 そう、あと少しだったのだ。
 だがしかし、くの字に折れた上腕の、開いた傷口からのぞく白い骨はあまりにも決定的となる。
 目にしてしばらく、覚えたのは入りきらぬ情報量を押し込まれたがゆえの、違和感だった。脳へ未曾有の圧力はのしかかると、背中への一撃など比べものにならないそれは、質を違えて深い場所からアルトの意識へ押し寄せてくる。止めて咄嗟に、折れた腕を戻そうと手を伸ばしていた。だがそれは意識だけのハナシだったらしい。戻すどころか動かず体は、格子から頼りなく剥がれて落ちる。
 気づけばマットへ両ヒザを突き立てていた。それきり倒れ込みかけた上体を支え、反射的に腕が前へ突き出されるが、それが折れたモノなら役に立たず、アルトはマットの上へゴロリ、身を投げす。
 声はなかった。
 ただ訳もなく危機的に早まる呼吸を感じ取る。
 そこに息苦しさはなく、いくら繰り返しても追いつかないことだけが厄介だった。
 逼迫感は、まるで夢の中で溺れているかのようだと思う。
 いやそもそも、それはもう呼吸が止まろうとしているかせいかもしれない、と漠然と予感してみた。そう思い及ぶほど冷静でいられることがなにより不気味だと、感じてもみる。
 その冷静も極みのただ中へ、迫りつつあった何かはついに顔をのぞかせる。メリメリと音を立てるようだった。冷静の底を裂くと、割れてのぞいた隙間から、遅れに遅れた感覚をドロリ、流し込んでくる。
 感じる前に想像していた。
 絶望感に泣き声は否応なくもれ出し、追い討ちをかけて想像とおりの、いやそれ以上の刺激は襲い来る。叫び声は上がっていた。続けるだけの余力もないなら、やがてそれは低くく潰れ、哀れと終息する。果てに、ただ繰り返される荒い呼吸に、喉の音を細く鳴らし続けた。
 そこにもうダメだ、という状況把握さえありはしない。なおさらチャンピオンが今どこにいるかへ気を配ることも、周囲の歓声すら意識の外となっていた。だからして涼しげと見下ろすチャンピオンが、番狂わせの代償を支払わせるかのように折れ、だらしなく放り出された腕を踏みつけようとも、気づけていない。 ひと思いと蹴り上げ、飛び上がった腕が肉だけをつなげてありえぬ方向へ跳ね転がろうと、何も感じはしなかった。
 引きずりアルトは、ただ身を捩る。
 むごさに、観客の罵声へはげんなりしたため息が混じり始め、かと思えば早急な決着を求め、罵声までもが飛び交いだす。
 だとして、させるわけには行かないと、意識したわけではない。むしろそんなモノはアルトの中で、とうに焼き切れてしまった後となっていた。
 それでも立ち上がろうと体は動き出す。
 マットへヒザをついていた。
 アルトはその身を浮き上がらせてゆく。


「ウソ、でしょ……」
 信じられず、ネオンもまた己が耳を疑っていた。
「チャンピオンが、ワソランの彼、だって言うの?」
 あてもなく確かめて、その目をワソランへと向ける。
 同様に見つめ返すワソランが、蒼ざめた表情でそこからネオンを見つめていた。
 ならばたちまち互いはリングの上で対峙する、アルトとダオ・ニールのそれに成り代わる。だからして唐突と、マグミットがこの陳腐な試合を提示した意味を理解していた。間違いなくこだわればこだわるほど、それは誰かを傷つける愚かな主張に成り下がる。
 とマグミットが、見上げていた水槽から勢いよく振り返った。
『いい気味だよ』
 絡めた視線をほどき、ネオンもまたマグミットへと向きなおる。
『お互いそのなんとやらのために、存分に闘いな』
 得意げと言うマグミットが、そこでアゴを持ち上げていた。
『その幻想に毒されて、死んじまうまでやり合いな!』
 怒鳴りつければやおらヒュッ、と喉は音を立てる。立てて絞りだされたのは、これでもかというほどの笑いだった。立ち尽くすふたりを前に、高らかと笑い続けていた。


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