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ACTion 82 『終わりは、父と娘』



 そして多分にもれず、このエピソードにもある後日談を、ここでつまびらかとしておかねばなるまい。
 誤報から始まった前代未聞の風営法違反船への一斉捜査は結局のところ、格納庫から漏れ出るように逃げ出す利用者たち全てを確保するに至らなかったものの、場所を提供することで儲けを吸い上げていた元締めたちと、労働者の大部分を逮捕したことで、ひと区切りを迎えている。
 ニュースは、広すぎる既知宇宙のどこにでもある一幕としてブロードバンドキャストライブの雑多なコンテンツの中に紛れ、検挙するに至った当局では、その元締めが今まで詳細のつかめていなかったギャングたちだと知れるや否や、ただのガサ入れに終わらぬ成果に、誤報をもたらした通信元は誰だと逆探知すら仕掛けている。
 しかしながらそこで行われていた賭け試合に、帰属ips細胞技術を応用して作られた完体が使用されていたことが判明するのは、まだ先のハナシだ。
 巻き起こしたサスとデミは、放った大量の救難信号と共に消失したイルサリの反応から、 コトは予定通り運んでいると推測。公安到着予想時刻をはじき出す作業をこなしたその後、 速やかとは言い難い舵さばきで模擬コロニーから離脱していた。
 同じく離脱を試みたトラとスラーにライオンは、おっつけ乗り込んだフロア側のエレベータで最下層へ降りてすぐ、道を分けている。試合観戦を業務命令と会場へ消えたモディーの行方も定かでないなら、スラーは出遅れるやも知れぬ自船の代わりにライオンをトラへ預け、モディーのおじの店へと足を向けていた。
 そうしてトラとライオンを乗せた『バンプ』が模擬コロニーを後にしたのは、満を持して乗り込んできた公安とまさに入れ違えというタイミングだ。そこまで配備も整えば、近辺を行き交う船のIDはコピーされていると考えて不足なかったが、このさい物理的な距離を取る方が心理的にも先決だと、トラはめったに出すことのないフルスピードでもってしてその場を離れている。ワソランのメッセージを届けるべく舵を切っていた。

 かたやモディーのおじの店へ足を運んだスラーは、そこでもぬけのカラとなった店を目の当りとしている。だた読み通り、ガス散布のテロと公安の一斉捜査に追い立てられたモディーと見事、鉢合わせていたのだから、名コンビである。
 しかしながらその寄り道は大きなロスタイムとなってしまっていた。格納庫から飛び出してまもなく、公安の手によって霊柩船は拿捕されている。
 乗り込んできた公安官を前に、さすがのスラーの言い訳も通らなかったらしい。そう、ワイヤースリーブマッチの勝敗は痛み分けと終わった上に、この騒動で払い戻しも成されていなかったなら、たった一枚買い求めたチケットをモディーがしっかり握り締めていたのだからどうしようもなかった。
 さてそのさい、スラーの張り手がモディーへ飛んだかどうかは、定かでない。
 そうしてそれぞれが、それぞれの生活に戻り模擬コロニーでの一件を、そこに絡む事情のあれこれを交換し合ったのは、これまたまだだいぶ後の話となる。何しろある意味、もっとも過酷だったかもしれないライオンが、その事実から解放されるまで幾らかの時間を必要としたせいだった。


『そうでしたか。それは失礼しました』
 小柄ながら体格のいい『レンデム』は、言って、いかにも値の張りそうなフレキシブルソファーを回り込むと、ライオンの前に立つ。
 決して広くない部屋のつくりは、真新しい壁紙とそろえられたばかりの調度品に光って見えたが、ゆえににわか仕込みであることも強調して止まなかった。それがツーファイブ社の違法実験により急成長を遂げたハーモニック創薬の社長室であれば、なおさら納得のゆく風景だと、ライオンは眺めてその口を開いてゆく。
『いや。こちらの方こそ、急に押しかけたようなものですからな』
『遠いところを、よくおいで下さった。どうぞ、おかけ下さい』
 ウロコ模様の光る手のひらが、開いてライオンを促していた。
『失礼する』
 腰を落とせば見た目通り、極上のクッションが長旅の疲れすら癒してライオンをそこに受け止める。見届け、客を客として扱う社長はその向かいへ腰掛けた。
 つまり彼こそが、あの騒動のただなかで請け負ったメッセージの配送先、ワソランの父親だ。
『そうでしたか、娘がわたしにメッセージを』
 改め噛みしめ、その目を寂しげにも懐かしげにも細めてみせる。
『詳しい事情は存じ上げないが、いや、知ったとして言及しないのが我々ボイスメッセンジャーだが、大事なメッセージだと心してここまで持ち帰った』
 ならその通りだといわんばかり、ワソランの父親の目はたわむ。
『で、娘は、どうでした?』
 返事が待ち切れないかのように身を乗り出した。
『希望に満ちていた。美しいお嬢さんだった』
 必要な情報だけを抽出して、ライオンは口にする。
『そうでしたか』
 だというのに父親の口からもれたのは、ため息だけだ。そうして下ろしたばかりの腰を上げ、フレキシブルソファーの後ろへ回り込んでゆく。
『その声を、家内にも聞かせてやりたいところですが、あいにく娘をなくしてからと言うもの、 言葉も話せないようなことになってしまって……。こんなことになるなら、わたしもふたりの仲を認めてやればよかった』
 聞かされた深刻な様子に、ライオンの湿った鼻もヒクついた。
『さしでがましいようだが』
 だからして言わずにおれなくも、なる。
『認めれば、必ず帰ってくる。わたしはそう思うが』
 聞き入るワソランの父親は、その目を部屋の片隅へ投げていた。
 やはり一言多かったと、悔いたライオンの持ち上げた腕は、だからして早急にメッセージを再生すべく、鬣の中へと潜り込む。
『ありがとう』
 声に、その動きを止めていた。
『そうであればいいと願ってはいるが、もう全て遅い。叶わぬ夢だよ』
 口調は語る以上、意味ありげで、どういう意味だと勘ぐれば、やがて微動だにしないワソランの父親が向ける視線の先に答えを見つける。
 ホログラムだ。
 顔を再現しろといわれたなら可能な依頼主、ワソランのホログラムはそこで、モノクロのフレームに囲われ物悲しげとライオンへ微笑みかけている。
『娘は慣れぬ長旅の途中で事故に巻き込まれましてね。帰ってきたのは、片腕だけだった。航行規定を無視したその航路は、残されたフライトレコーダーからもイルサリ症候群の疑いが濃厚だったと言うことでした』
 淡々と、教えてワソランの父親は言う。
 まさかとライオンは絶句していた。
『それは、いつ?』
『もう、あれからわたしは三つも歳を取った』
 そんなことなどありえない。
 ライオンの口の中はあっという間に干上がり、舌がもつれた。
『ま、まさ、まさか! わたしは、つい四十五万セコンド前にこのメッセージを! 何かの間違いだ!』
 取り乱す。
 だがワソランの父親は、まさに素っ頓狂を絵に描いたような顔でライオンへ止めを刺していた。
『いえ、そんなはずはない。腕が娘のものだと分かったのは、DNAの一致が根拠です。娘はもう、わたしたちの手の届かないところへ行ってしまった』
 馬鹿な、といいかけたライオンの口はついに空を食む。
 ならば、あの場にいたモノは何だったのか。
 言葉を交わし、別れを告げた相手は誰だったのか。
 亡霊、いや、それこそ幻。
 そのどちらであろうともなかろうとも、確かに物理現象として託された音声と言語は、現にこの頭の中に格納されている。
 不意打ちだった。
 オカルトは無防備であればあるほど、不気味さを倍増させてゆく。
 片腕で十分だった作業を中断してライオンは、思わず両の手で義顔の中の頭を抱え込んでいた。乙女がごとく絶叫は、その時、社長室を駆け抜けてゆく。


 そして、もうひとつ。
 最後に告げなければならないのは、ギルドの鑑定により、その価値が決定付けられた積乱雲鉱石の行方だろう。だがこれに関しては、ある流浪の種族の未来のために浪費されたと記しておくが無難だと、まとめておくことにする。
 同時にハーモニック創薬は、新たな飛躍を遂げるべく、社長令嬢の弔い合戦としてイルサリ症候群における対処療法薬の研究に偉大なる一歩を踏み出しもしていた。
 積乱雲鉱石を挟んだ双方の関わりについては、第一線で名を挙げる一大企業と不名誉極まりない団体との関係を明るみに出すこととなるため、具体的には明かせない。
 とはいえ、まさに言わずもがなか。
 しかもそれら研究と、切り開かれつつあるとある種族の未来への活動に、途方もない演算能力を持ったプログラムが関与していることもまことしやかに囁かれていたなら、これもまた具体的には明かせない存在だということを、承知していただきたい。
 なにしろそれでも世界は今日も、履いた靴のままに走り続けている。
 誰よりも何よりも、安心して任せるに、これほどの理由はないのだから。

ハードボイルドワルツ有機体ブルース2
積乱雲チェイサー 完

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ハードボイルドワルツ有機体ブルース 2.5

(全6話)

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