case1# SHAKE HANDS -3/9







 ややもすれば予告編は終わり、「バッファロー」本編が始まる頃合いだけに、妙だった。様子に支配人も「おや」と、言わんばかりの顔を向けている。
 「あかウサ」のもぎりが一段落ついた田所が、座席にトラブルでもあったのかと、目をやっていた。ならお兄さんは、あろうことか残り二人となった「あかウサ」グッズの最後尾につく。
「ちょうど、いただきます。ありがとうございました」
 確かめて百々はまた一人、客を見送っていた。
 さなか鳴ったのは、「ぶっとびあかウサ! 猫耳大作戦」の上映を知らせるチャイムだ。
 きっかけに社員はカウンターへと戻り、遅れてやってくるがいないかしばらく待った田所は、スクリーンの画質確認へとシアターB内へ消えて行く。
「お待たせしました。どちらの商品をご希望ですか?」
 そして百々の前に、「バッファロー」を抜け出してまで列に並んだお兄さんは立った。
「どれが売れてるの?」
 警戒していなかった、といえばウソだろう。だからして踏襲した文言は、そんな不信感を隠すための芝居でもあった。だというのに尋ねてショーケースをのぞき込むお兄さんは、肩すかしがなお挙動不審でしかない。そしてその質問こそ、買うために並んだとは思えない不自然を強烈なまでにまとっていた。
「携帯ストラップが一番よく売れています」
 だとして問いただせないなら、百々はショーケースの左端を指して教える。
「へぇーぇ」
 返事は無関心そのものと間延びし切っていた。だのによく見ようと手をつきのぞき込むお兄さんは、ショーケースへと覆いかぶさる。
「なるほど。三つとも絵柄が違うんだ」
 近づきすぎたその頬へ、ショーケースの蛍光灯がやけに青く反射していた。
「映画、楽しい?」
 見入る百々へ、やおらお兄さんは問いかける。
「え? あ、あかウサ、ですか?」
「……映画」
 どもればすぐにも訂正されていた。たちまちノーと言えない空気は漂い、百々はともかく笑って返す。
「は、はい。たの、楽しいですよ」
 瞬間、お兄さんの眼に力はこもっていた。
「実はね……」
 などと、その切り出し方こそないだろう。何しろそうして明らかとなるのは、これまでの会話がまったく本題とは無関係である、という事実だ。だからして明かしたお兄さんもショーケースにあった手を、バルーンパンツのポケットへ滑り込ませている。
「受け取ってほしいものが、あるんだ」
 百々へと言った。
「は?」
 脈絡のない提案が、百々の目を点に変える。
 かまわずお兄さんは握り絞めた手をポケットから抜き出すと、そんな百々の前へズイ、と突き出した。唖然とする百々が断らずにいたなら、受け取ってくれるものと決めつけ微笑みかける。
「よかった。手、出して」
 促した。
 だとして百々が喜びもろ手を上げるはずもない。むしろ気味悪さだけが満ちて我に返らせる。
 瞬間、お兄さんのもう片方の手は伸びていた。百々の手を掴むが早いか、引き寄せそこへ強引に何かを押し付ける。勢いに、電卓が百々の手から飛んでいた。床で弾けて、音に支配人は振り返り、居残っていた茶髪の男性に清楚な女性もまた何事かと視線を上げる。
「えっと、あ、はっ?」
 うろたえるまま泳ぐ百々の目は、まさに回遊魚と化していた。うちにもお兄さんは百々のもう一方の手もまた取ると掴ませた物の上へあてがい、しっかり握っていろといわんばかりに、自らの手で包んで力任せに振る。
 そうまでして渡したかった物の固く冷たい感触は、百々の手の中にあった。
 のぞき込んでうなずく兄さんは、意味ありげだ。
 その背後にカウンターから駆け付けた支配人は立つ。
「おきゃくさ……」
 が、さらなる声は上がっていた。
「動くな。公安だッ」
 その場にいた誰もが振り返る。そこに客だと思い込んでいた茶髪の男は立っていた。
「両手を頭にっ。ゆっくりこちらを向きなさいっ」
 だけではない。あの清楚な女性もまたベンチシートから立ち上がると、茶髪の男性と肩を並べる。
 目にしたお兄さんが素早く身を沈み込ませていた。態勢は、次の瞬間にも解放して繰り出されるロケット奪取を予感させる。
 制して懐へ、腰まわりへ、二人の手はすかさず伸びた。おっつけ抜き出された物に、百々は、いや誰もが己が目を疑う。
「聞こえなかったのかッ?」
 果たしてそれはスクリーンで眺めるだけのものではなかったのか。銃口が、お兄さんをとらえていた。