case1# SHAKE HANDS -4/9







 刹那、駆け出すお兄さんに躊躇はない。
 追いかけ男の銃口が流れた。
 任せて傍らから、女性も走り出す。
「あなた……!」
 そうしてショーケース前へたどり着いた女性へ、支配人は口を開いた。
 重なり開いた正面扉は、お兄さんが表へ飛び出して行ったためだ。
 対象を見失い、男が投げ捨てるように銃口を下げていた。
「ええ、CCTです」
 女性は答え、男もショーケースへ床を蹴る。
「な、誰? 何のことですか?」
 どもる百々は、すでにこの場についてゆけていない。
「見せて」
 裏腹と納得したらしい支配人はそれ以上を尋ねず、言って女性が百々の腕を引き寄せた。 
「逃げた」
 背へ、男が駆けつける。
 聞きながら裏表、百々の手を確かめる女性の動きは素早い。
「うわっ、と」
 無言でその手を男へ預けるが早いか、つまんだ襟を引き寄せまくし立てた。
「こちら20世紀CINEMA。不審者と接触。今、外へ出た。見えてる?」
「何を掴まされた?」
「な、何って……」
 振り回されて百々は、男へ顔を持ち上げる。覆いかぶさるような長身に押されてのけ反った。そうして初めて合った目に驚かされる。
 鈍色の空。
 そんな言葉がしっくりくる色だ。グレーの瞳は明らかに外国人のそれである。とたん日々、どれほど洋画を上映していようとも、どれほどポスターに囲まれていようとも、百々の中から島国コンプレックスは破竹の勢いで吹き出す。
「の、のーっ。のー。のー。のー。のっ、さんきゅー、ぷりー、ずっ」 
「日本語は話せる」
 いや、むしろ話しているところじゃないのか。
「ここ、任せるわよ」
 だからして女性も日本語で投げた。華麗と黒髪をなびかせ、表へ駆け出す。
 比べてあられもないのは百々だ。見かねた支配人に耳打ちされてみる。
「百々君、日本語、日本語だよ。答えて」
「の……、ひゃ……あ?」
 ようやく我を取り戻していた。
「何を渡されたのか見せろ」
「え、えっと、はい。」
 男に急かされ、握り絞めた切の両手をとにかく開きにかかる。
 だが何かおかしい。
「れ?」
 今さら離れないことに気づかされていた。
「おい、どうした百々?」
 そこへ場内チェックを追えた田所も、駆け寄ってくる。
「百々君、何やってるの。早く見せて」
 百々を囲んで人だかりは出来上がり、業務命令とばかり支配人の激が飛んだ。
「わかってますけど」
 言う百々こそ、応じたい。
「よっ! やっ! でやぁっ!」
 だがどれほど気合いを入れようと、かなわなかった。仕方ない。やがておずおず顔を上げてゆく。
「あの、離れません。えへ」
 事実なのだから、笑みでも添えて報告してみた。
 否や、男がの手を掴み上げた。
「ちょっとぉっ!」
 身長差が半端にない。百々はつま先立ちとなり、そんな百々の絡み合った指の隙間から、男は中をのぞき込んでみせる。
「やはりか」
 吐き捨てついでに、百々の手もまた投げ捨てた。
「うひゃぁ」
 もう何がどうなってのこの扱いなのか。吹き飛ばされかけて踏み止まり、百々もおっつけ己が手の中をのぞき込む。
 そこに四角い箱はあった。表面に灯る光は赤で、至って正確にデジタル表示でカウントダウン。時を刻み続けているを見つける。
「爆発物と思しき遺留品を発見」
 耳へ、襟元へと告げる男の声が響いていた。
「へぇ」
 それは大変。思うままに男を見上げる。
 いや待てよ、ですかさず手元へ振り戻した。
 過るよもやに、その場で百々は伸び上がる。
「ばぁっ、ばくだぁんっ?」
「百々、お前ぇっ!」
 脱兎のごとく散ってゆく田所と社員は、薄情者だ。
「ちょっと、タドコロぉっ!」
 現場責任者として留まったものの、のけぞる支配人に表情はなかった。
 なら再び、百々の腕は引っ張り上げられる。
「七分四十秒」
 隙間へ目を細めた男が告げた。だとしてもう何が、と聞くまでもないそれは、残り時間だ。
「う、うっそだぁ」
「今すぐ応援、頼むッ」
 百々は引きつり笑い、それを最後に男は襟元から口を離した。
「そんな、これってただのデジタル時計で、あのお兄さんは、それをわたしにくれただけなんですよねっ?」
 などと、この期に及んで食い下がる百々の往生際は、いいのか悪いのかが分かりにくい
「そいつはカウントがゼロになれば、ハッキリする」
「そんなの、いただけませんっ、いただけませんっ!」
 千切れそうに首を振った。
 目も向けず銃を懐へしまいこんだ男は、そうして百々の手を掴みなおす。手加減なしで剥がしにかかった。
「いだ。いだだだだだっ!」
「うるさい。ガマンしろ」
「千切れるぅっ。千切れますってばっ」
「切れるものは?」
 微動だにしなかったなら、支配人へ振り向いた。
 その顔は、真顔が過ぎて黙っておれない。
「ダメダメダメ、ダメっ!」
「手くらいなんだ。それともこのまま体ごと吹き飛ばされたいのかッ?」
 いや、それを言っちゃあおしまいだ。
「どっちもダメですぅっ!」
 百々は唸り、支配人も答えて返した。
「あの、ウチは肉屋ではありませんので……」
 つまり肉屋だったらアンタは出すのか。瞬間、百々の脳裏に過ったところで、残り時間を確かめた男の舌打ちを食らわされる。
「クソ」
 確かに狭苦しい場所でそれは、残り五分三十秒を灯していた。
「わ、わ、わ、わ、わ、わぁっ!」
 もう、じっとなんてしておれない。
「ちょっ、ったぁ、って、コレっ、いいっ、ひぃー」
 意味不明の擬音が飛び出す。
「来いッ」
 その手を引いて、男は駆け出した。
「ちょ、どこへっ」
 ならもう舌に足がもつれようとも、百々にはついてゆくほかなくなる。
「タ、タイムカードっ!」
 去りぎわなぜゆえ、口にしたのがその単語だったのか。さらには業務の引継ぎも忘れない。
「つり銭、三十円、間違えてますぅ」
 いいよこのさい、それくらい。言わんばかり浮かべた諦めの笑みで、遠慮がちに手を振る支配人が百々の視界の中、みる間に小さく遠のいてゆく。果てに正面扉は、開け放たれていた。
 そこに変わらず街は広がる。身を包む喧騒でもってして、これがリアルと百々を迎え入れていた。