case1# SHAKE HANDS -5/9







 躍り出る男は、左右へ視線を投げたきりだ。ひとつ通りを違えたなら、平行して走る国道のせいで交通量の多めなそこでクラクションは鳴り響く。歩いていた人々が振り返り、かまわず止まれ、と突き出した片手で男は濃紺のセダンを止めてみせた。紙一重の位置でふわり、沈み込んだボンネットをかすめ、反対車線へ走り抜ける。尻ポケットから取り出したキーをかざして、その頭を押し込んだ。
 とたんピピピと機械音は聞こえてくる。歩道へタイヤを乗り上げていたワインレッドのワゴンだ。ガチャリ、鍵の解かれる音が続いた。
「車っ?」
 正解と、リヤウインドへ体当たりするように駆け寄った男が百々の手を放す。
「乗れッ」
 助手席を指し示した。
 で、どうするのか、などと質問は後回しらしい。それきり運転席へと身を沈める。 
 かかったエンジンに車体が震え出していた。
 目にしたなら百々も急ぎ助手席へ回り込む。不自由な両手にドアノブが握れなければ、中から男に押し開けられていた。
「早くしろッ」
「言われても、ホラ、手がくっついてるってばっ!」
 転がり込んで突き出す両手は某漫画の「カメハ○波」に似ていたが、黙して眺める男に言及はない。
「やっている場合かッ」
 むしろのぞいていた数字に、百々こそどやされていた。
 同時にアクセルがみ込まれる。路肩に乗り上げていた車体がガクリ、傾いで車道に乗った。切り返されるハンドルが進行方向をとらえなおし、繰り出されるシフトチェンジも鮮やかと、車は走り出す。
「ちょっ、待ってっ!」
 だが百々の片側で、ドアは開いたままだ。向かって身を乗り出していた。
「何するッ」
「閉め……、るっ!」
 絞めれば車内は異様なまでに静まり返っていた。
「ふぅ……」
 それだけで一件落着したような気になるのは、なぜか。
 百々は胸をなでおろそうとして手が離れないことを思い出し、そうだったと改め中をのぞき込む。
 残り、四分七秒。
 まさに光陰、矢のごとしとはこのことか。若輩ながら時のはかなさに人生のあはれを感じ、若輩者ながらもしみじみまぶたを閉じていった。
「ちょ……、ばふぅっ、だぁーっ!」
 できるはずもなく、意味不明の擬音をまき散らす。
「ばっ、爆発するっ! よっ、な、なななななっ! するんですってばっ! したら、すれば、って、コ、コレ本当にしちゃうんですかぁっ?」
 などと話すたび文脈が支離滅裂とさ迷ったところで、もう知ったことではない。
「わっ、わたし、今日、死んじゃうんですかっ?」
 このさいである。見知らぬ男にすがって問うた。
「落ち着け」
 一瞥した男は言う。
「脅すわけじゃないが、爆発物の遺留品はこれが初めてじゃない。かつ、それが不発だった試しもない」
「は、い?」
 いやむしろ、その事実は落ち着けなかった。
「そ、それってつまりっ……!」
 喚くために必要なだけの息を、そうして百々は胸へと吸い上げる。
「つまり、局面に対処するのは、初めてじゃないということだッ」
 遮られ、鼻からぷすん、と抜き出した。
 それってやっぱり、死ぬってことじゃないですか。
 もう涙目だ。胸の中で代わりに呟く。
 乗せてワゴンは通りを走った。いつ飛び出してくるやも知れない歩行者からさえ逃れるように加速し続けると、追い越し禁止のセンターラインもなんのその、前方に現れた他車を細かく刻んだハンドルさばきで、次々に抜き去ってゆく。
「無線があるだろ」
 さなか、かみ合わない言葉を吐いたのは男だ。その手元で小刻みとシフトレバーは入れ替えられ、車体は急激に減速した。ならすれ違いざま対向車線で、ワンボックスカーも急ブレーキを踏むのを見る。
 何事かと、百々の目は釘づけになっていた。
 最中、体を外へ投げ出されそうになる。
「ぎゃぁっ!」
 甲高く鳴くタイヤが信じられない。その通りとフロントガラスの向こうで景色は、百八十度、回転していた。Uターンならぬピンターンだ。気づけばすれ違ったハズのワンボックスカーは、目の前に据え置かれている。
 周囲から浴びせられるクラクションの音が凄まじかった。
 打たれて百々は小さくなり、ドリフトにカウンターを当てていたタイヤを男は進行方向へ向けなおす。ワンボックスカーめがけ、再びアクセルを踏み込んだ。
「っとぉーっ!」
 かかるGに、上がる百々の声ももうお馴染みか。
 乗じてワンボックスカーも、白煙吹上げバックしてくる。その荷台のドアが跳ね上げられていた。これも箱乗りの一種なのか。絵にかいたようなマッチョの黒人は、やおらそこに姿を現す。
「レーフ!」
 タンクトップからむき出しの腕がごつかった。振ってカムイン、と車内を指し示す。
「ど、どなた? 知り合い?」
 そろそろ何がどうなったところで、聞き流せる免疫力だけはつき始めているだろう。
「爆発物の解除に呼んだ。乗り変える」
 飲み込めない事態が雪だるま式に膨れ上がって行く百々の脳内さえシェイクしてワゴンは止まり、男が運転席を抜け出した。広げた両手でマッチョへ何事かを怒鳴りつけながら、助手席へと回り込んでくる。そのドアを引き開けた。
「降りろ」
 もう言われるがままでいいと思う。連れられ百々は、ワンボックスカーへ走った。
「遺留品はどこだ?」
 マッチョの目が探して動く。
「彼女が握らされている。取れない」
「なんだと?」
 知れて漂うファックユー並みの険悪さは、どうにかならないものなのか。それでも男は百々を車内へ押し上げ、命を預けるようなものだ。百々はマッチョへ頭を下げた。
「おっ、お世話になります」
 だとして返事はないのだから、むしろ拉致されているような気分になってみる。どころか、つまみあげられた扱いこそそのものと、車内へ放り込まれていた。
「早く乗れッ」
 追いかけ男も荷台へ飛び乗る。
 ドアをマッチョが閉めていた。
「出せ!」
 鋭い声が車内を突き抜ける。
「アイアイサー!」
 小気味よく返された返事にワンボックスカーが、熱いガスを吐きだした。「20世紀CINEMA」方面へ後戻りだ。問答無用と走り出す
 そんな車内に座席はない。運転席までが筒抜けのそこを埋めてガレージかと、工具は窓を塞ぎ吊るされていた。
「取り出せるか? もう四分ないハズだ」
 問いかける男の声は神妙だ。
「その四分があれば、問題ない」
 言ってマッチョは百々の手を取り、開く限りに指をほどいて念入りに中を調べ始める。かと思えば傍らの取っ手を掴み、スチール製の天板を引き出した。折りたたまれていた足は同時に床へ伸びると、そこに簡易テーブルは出来上がる。上へ、百々のヒジをねじ込んだ。
 送られたじっとしていろ、の目配せはもう、白目ばかりが目立って仕方ない。残してマッチョは足元の工具箱へ身を屈め、至極小さなスポイトを取り出し再び身を起こした。
「だが、その四分がないから、やっかいだ」
 吐いて頭上のライトを灯す。
「ハモ公園だ。ストラヴィンスキー、三分で着け!」
「イエッサー!」
 百々の手元を慎重に照らして投げた。
 どうやらこの激走のゴールは、そこらしい。荷台に爆発物を載せているとは思えぬほど軽妙な返事は返され、マッチョは百々の手元へ前屈みとなる。
「そこなら爆発しても、被害が少なくてすむからな……」
 さなか聞こえたくだりは、全力でなかったことにするしかないものだろう。
「これより遺留品の回収に、取りかかる」
 同様に、何事もなかったかのようにマッチョも言い放つ。
「ガタガタいうやつは外へ放り出すからな。覚えておけッ」