case1# SHAKE HANDS -7/9







「今日、昼過ぎ、市内ハモ公園東門前で、ワンボックスカーの爆発事故がありました。ワンボックスカーは菓子の移動販売車で、運転手が車を離れていた間の出来事だったということです。負傷者はなく、爆発の原因は搭載していた菓子製造機器に何らかのトラブルが生じたためではないかとみられており、現在、警察が、くわしい原因の特定を急いでいます」
 読み上げた女性キャスターのアップが、次の瞬間、スタジオ全体の映像へ差し替えられる。そのままカメラが軽く右へパンしたなら、隣に座る男性キャスターは口を開いていた。
「怖いですね。聞くところによると菓子製造機械というのは、あのポン菓子を作る機械だということですが、原因が分からない以上、他も爆発しないかどうかが気になります」
 いや、そんな心配こそ無用だ。だがしかし女性キャスターは深刻な顔つきで、うなずき返す。
「まったくです。早急の原因解明が望まれます。では、次のニュースです」


 爆発物は百々の手から剥がれたものの、それで全てが終わったかといえば現実はそれほど単純ではなかった。
 被害は少ないハズだとマッチョが言ったとおり、中小企業や個人経営の店舗が多い「ハモ公園」東門周辺へ仕事の手を休めてまで野次馬が現われたのは、消防にパトカー、救急に機動隊の乗るグレーバスが続々と集結し始めた頃だ。この際どちらが早くどちらが遅かったか、などいえない絶妙のタイミングだった。
 警察はそんな野次馬と先を争うように立ち入り禁止の規制線を引き、グレーバスから機動隊は次々飛び出して、消防によって消火されてゆく木立とワンボックスカーを一般市民の目から覆い隠している。あとを追うように鑑識らもまた方々へ散ったなら、やがて男にマッチョも混じって現場検証は始められていた。
 その頃、百々は、間違いなく日本人の顔立ちをした瓶底眼鏡の彼によって、機動隊が降りてもぬけのカラとなったグレーバスへ誘導されるといつの間に、と疑う早さで撮影された野次馬の顔写真を見せられている。「20世紀CINEMA」で箱を握らせた人物はこの中にいるか、と問いかけられていた。
 素人ながらも放火犯は現場を見に舞い戻る、という言葉を思い出した百々の手際は、悪くなかったはずだ。だが場所柄、写っているほとんどはスーツにネクタイ、制服を着こんだ地味な髪形の勤め人ばかりで、あの個性的な外見を見つけることこそできなかった。
 ゆえに似顔絵作成は始められる。
 小一時間のち出来上がったそれへ、百々は頷き返していた。
 そうして見上げた空には、報道のものなのかどうなのか、一機のヘリが舞っている。
 男が再び百々の前へ姿を現したのは、ちょうどその頃で、これから病院へ向かうが救急車とワゴンのどちらがいいかと問いかけた。百々が何のためかと聞き返したなら、手のひらの治療と、ただならぬ事態の関係者として他にも用件があるからだ、と説明してみせる。
 つまるところ事情聴取なのだろう。察して百々は、救急車は気恥ずかしいと、むしろ病院自体必要ないと返し、受け入れてもらえないなら車へ乗り込む
 そのさいの車は、道端で乗り捨てたハズのあのワゴンだった。路上から回収したのは、仕草から察するに私服警官らしい。その人は、すれ違いざま男へ親しげと敬礼してみせている。
 すっかり日は傾いていた。
 時間が時間だ。到着した警察病院は、まさに貸し切り状態で百々を出迎えると、加えてにこやかな看護師と軽妙な医師のダブルパンチで、受けた衝撃ごと赤目を剥いた左の手を癒してくれていた。爆発の影響うんぬんに関する追加検査は、百々の言動がしっかりしていることと本人の訴えもないことから免れるに至り、経て出た薄暗い待合で、百々はポツネンと腰かける支配人の、そう呼び続けているが名前は水谷だ、の姿を見つけている。
 驚く百々へ水谷は、自分もまた男が告げる「用件」のために呼び出されたのだと、話していた。それからというもの水谷は、なにをやしきりに「百々君ごめんね」を繰り返すが、百々にはその意味が分からない。ただ、「用件」さえすめばすぐにも解放されるだろう、と考え、再びワゴンへ乗り込んだ。
 もう夜だ。
 ワゴンは街灯の下を走り抜ける。
 ものの三分で、目的地へ到着していた。
 それもそのはずだろう。警察病院の敷地をぐるり回りこんだ反対側、職員用通用口から入り込んだ病院建物の地下にある、最も奥に設えられた駐車スペース「106」に、ワゴンは収まったせいだった。
 「今度はどこに包帯を?」百々はからかい問いかける。なら男は至極真面目と「ここは病院でありながら病院ではない」と説明してみせた。
 そうして向かったのは車体後方の壁面、通用口と思しき蛇腹扉の前だ。そこで男は胸ポケットからカードを抜き出すと、脇のパネルへと押し当てた。相図に開く蛇腹扉はマジックか何かのようで、節電中だった中に明かりが灯るのを見る。エレベータだ。小ぶりなカゴは六人乗れば狭いほどの広さしかなかった。
 促され、おっかなびっくり百々は乗る。
 押して止まる階層を指定するようなボタンはない。代わりに男は、扉の脇に埋め込まれたのぞき穴のようなレンズをのぞき込んだ。それだけで降下を始めたカゴに百々は、いかがわしさを感じてみる。のみならず、問いただしたいことは数々あったが、あり過ぎてタイミングが掴めなくなっていた。
 ままにエレベータの扉は開く。男が言ったとおりだ。そこに病院だが病院でない光景は広がった。
 真正面、廊下が果てまでズン、と伸びる。その左側にはガラスで仕切られた部屋があり、中で黒板並みのモニターは明滅していた。前にしてインカムを装着した男女が数名、慌ただしくも整然と働いている。何のかは不明だったが、百々はその姿に「プロフェッショナル」という言葉を連想する。
 見向きもせず廊下を進む男は、この場所に慣れている様子だ。
 やがて右手にドアを並べた岐路は伸びた。
 さらに進んだところで、帰路は左へも伸びる。上には行き先を示したプレートが貼られていたが、百々に読み切ることは出来なかった。
 一体ここは何なのか。
 眉をひそめたところで、ついに男の足は止まる。通路突き当りの目の前には、一枚のドアが立っていた。
「チーフだ」
 音が短く告げてドアをノックする。だとしてそれが誰なのか。飲み込めないまま、やがて中から男性の声は返されていた。
「入れ」
 合図にドアは押し開けられる。モスグリーンの応接セットが、男の背中越しに見えていた。さらにその奥、テレビがつけられているらしい。音は聞こえ、柿渋色したデスクの角も、部屋の奥にはのぞいている。
「逃がしたと聞いたが」
 向かって男が投げていた。
「言うな。まだそう決まったわけではない」
 声は返され、男は中へ入ってゆく。応接セットをすり抜けると、柿渋色の前に立った。
「ストラヴィンスキーの作成した似顔絵は?」
「反応はまだない。それが決まったわけではない理由だ」
「俺もハナも少しなら顔を見たが、出来上がりはまだ確認していない」
「被害者の協力が信用できなければ、全ては茶番だ。確認は後回しでいい」
「現場はハートがフォローしている。シコルスキーは?」
 会話は目まぐるしく、でなくとも百々には一つも理解できそうにない。
「ハナを拾って戻った。まったくあれは哨戒機として使えないと証明したようなものだな」
「当然だ。オツが聞いたら怒る」 
 と、部屋の左側奥だ。ドアはそこで開いていた。
「失礼します。チーフ」
 女性の声が聞こえてくる。やがてチラリ、目の覚めるような赤いスーツは見えていた。
「容疑者の潜り込んだ地下街から、移動できる範囲、地下鉄の監視カメラを主に似顔絵の顔の自動検出を試みましたが、今のところ該当者は出ていません。区域内の警ら完了まで残りおよそ一時間。すでに地下から逃亡したことを考慮した上で、捜索範囲の拡大必要を報告します」
 重なり、テレビが似たような口調でニュースを読み上げている。辛うじて見えたその画面には、平穏な頃の「ハモ公園」が映し出されていた。
「なるほど。これで確定したようだな、レフ」
 呼びかけられた男が、肩をすくめて返している。
「自動検出は、明朝全路線の始発時刻まで。全国指名手配は以後も継続だ」
 声が女性へ告げていた。それきり女性はドアの向こうへと消えて行く。
「ということで」
 見計らい、男が口を開いていた。
「協力者を案内してきた」
 その背がねじれる。立ち尽くす百々と水谷へ振り返ってみせた。だからして同時に百々の視界も開けてゆく。柿渋デスクの向こう、腰かけた人物の目が持ち上がってゆくのを、目の当たりにしていた。