case1# SHAKE HANDS -9/9







 たまりかねて、一人吹き出す。
 神妙な顔でのぞき込む顔に顔を指差し、突きつけ、笑いに笑った。
「あは、やだっ。あたしがテロ退治のお手伝い?」
「ど、百々君?」
 様子を、心配げと水谷が見ている。
「支配人までそんな顔して、もう。だってテロが起きてるなんて聞いたことないじゃないですか。相手にした対テロ組織って、なんだか外国みたいです。日本でそんなの、ないない」
 向かって百々は、顔の前で手を振り払った。
「だまして何をさせるつもりなのかし知りませんけど、それこそ何かの勘違いです。まいったなぁ。こんなことしてないで早く帰らなきゃ。次の入れ替えが始まっちゃいますよぉ」
 失礼しました、で頭を下げた。締めくくったなら、百々はその身をひるがえす。
「ごもっともです」
 肩に、百合草が投げていた。それこそ調子っぱずれだったなら、笑いのうちに逃れるなど、もうできなくなる。
「なぜなら本テログループの存在と犯行については、その一切が公表されていないからです。理由は、テロ行為とその対象に由来しています」
 恐る恐る振り返る。
「ど、どういうことですか?」
 百々は強張る顔で聞いていた。
「彼らの攻撃対象は常に、全ての娯楽と限定されているからです」
 明かす百合草に揺るぎはない。
「公表を伏せているのは、公にすることで不安をあおるだけでなく、いつどこで起きるやもしれないテロを避け、利用者が娯楽施設そのものを倦厭、世間が混乱することを避ける目的があります」
「そんなことになれば莫大な経済的ダメージは免れない。それがテログループの存在に、俺たちの存在もまた伏せられている理由だ」
 男も口を開いていた。
「客商売ってデリケートだからね」
 もっともらしく付け加える水谷こそ、もっともそれを憂う立場だろう。
「遊園地のジェットコースター転落事故。温水プール天井崩落。ケーブルカーの脱線宙吊り事故。バードストライクと報道されている旅客機のエンジントラブルのいくつか。そのため河川に着水した機体。祭り会場での火災事故。いずれも不慮の事故、または人為的なミスが引き起こしたものと報道されていますが、その実、未然に防ぐ事ができなかった事例です」
「そん、な……」
 言って百合草は再び柿渋デスクへ埋まり、そのどれもが新聞の三面を賑わせた事故、事件だったなら、しかもそのうちのいくつかは海外で起きていたなら、テロの規模と世間を欺くウソの大きさに百々はしばし言葉を失っていた。
「テログループの存在が認識されて一年余り。三十三件のテロ行為を経てもなお、彼らの要求は不明。現在、知られていることといえば、全ての娯楽に粛清を、の一文を揚げ、爆発物を使用するという二点のみです。それからもうひとつ」
 そこで百合草の声は沈んでいた。察知した気配とおり、傍らでドアは開く。あの赤いスーツの女性は現れていた。軽く一礼して男の傍らへ歩み寄りると、紙を手渡し一言、二言、添えて出て行く。
 どうやら手渡されたものは、「まだ自分は確認していない」と言っていた似顔絵のコピーらしい。百々の場所からでも見て取れるほどに、印刷が透けていた。
「確かに、似ているような気はするが……」
 男が窪んだ両目をなおくぼませる。
 さなか今度は、廊下側のドアが開かれていた。
「失礼します」
 お兄さんを追いかけ、フロアを飛び出していったあの女性だ。後ろには、百々の知らない細身の男性もついている。
「申し訳ありません、地下街で見失いました。出入り口には制服をはらせていますが、今のところ報告は上がってきていません」
「ご苦労だった。聞いている。監視カメラにもまだ反応はない。見逃したとは言いたくないが、経過時間からしてすでに逃亡したのではないか、とみているところだ」
 報告する女性へ百合草は教え、男が女性へ似顔絵を手渡した。ならそれが何なのか、今さら尋ねるようでは追いかけていた人物を逃がして当然だろう。受け取り女性はしばし見入る。
「たく、高度規制で哨戒じゃ、シコルスキーの意味がない」
 声はドアを閉める細身の男性から発せられていた。
「ここは市街地だ。砂漠のど真ん中とは違う」
「確かにこんなイメージだったような気はするけれど」
 百合草は突き返し、口をすぼめた女性は煮え切らない。
「え、違いますか?」
 作らせたのが己なら、百々はついぞ身を乗り出していた。
「そうね。見覚えのある顔だとは思うの、だけど……」
「うそ、あたしにはそうだったって……。あ、ちょ、ちょっと貸してください」
 たまらず紙を譲り受ける。むさぼるようにそこに描かれた顔へ目を這わせていった。その背に、百合草の小言を聞き流した細身の男性は立つ。ひょろ高い位置から似顔絵をのぞき込んでみせた。
「ああ、これ、俳優のオダジョーじゃないか?」
 放つ。
 言葉に水谷もぽん、と手のひらを打ってみせていた。
「ああ、そうそう。ほんとだ。いや、よく描けてる!」
 なら阿呆と開いてゆくのは、百々の口だろう。
「ああ……」
 いや、確かに似ているな、とは感じていたはずだ。しかしそれがいつ俳優にすりかわってしまったのか。それだけが百々には分からない。だが似顔絵はそう思って見れば見るほどしっくりくるデキで、えもいわれぬ汗が次から次へとあふれ出する。
「いや、あれ? って、似てはいたんですけれど。んん? あ、あは、あはははははは……は」
 笑い声は乾いていた。
「手配中の似顔絵は保留だ。代わりに、あくまでも俳優のオダジョーに似ているとだけ伝えてやってくれ」
 そうして白く霞んだ空気の中、百合草だけが事態の収拾に取りかかる。柿渋デスクの内線へと吹き込んでいた。
「……す、すみません」
 謝れども、身の置き場がなさすぎていたたまれない。
 足音は、吹き飛ばして廊下側から飛び込んでくる。ドアからタンクトップもそのままに、マッチョが部屋へ飛び込んできていた。
「出たぞ!」
 言う声は大きい。
 やおら宙へと何かを投げる。
 追って全員の視線は跳ね上がり、すかさず男がそれをキャッチした。
 小さなビニール袋だ。
 男が目の高さへ持ち上げる。裏返し表返し、光に透かして眺めたそのあと、女性へと手渡した。
「今後の面通しや雑踏の識別等、ご協力いただきたかったのですが、こちらの勘違いだったようです」
 させておいて言う百合草の口調は、手のひらを返したように辛辣だ。たとえ期待させたつもりはなくとも、それは百々をひどく刺激する。
「いえ、あたし、ちゃんと見てますっ!」
 それがプライドだと知ったのは、ずいぶん経ってからのことだろう。
「似てました。けど、俳優さんと違うってこともちゃんと、わかってますっ!」
 声を張り上げていた。
「本当でしょうか? もちろん今後の安全面に対しては、我々が責任をもって対応いたします。ですが……」
 その間にも、袋は女性から細身の男性へリレーされ、投げ渡したマッチョは仁様子を仁王立ちで見守り続ける。
「会ったなら、いえ、すれ違っただけでも分かります。雰囲気ならちゃんと覚えてます。絵に描くとそうなっちゃったけど、自信はありますっ!」
 言い切る百々には、引くつもりなどない。
 そんな部屋へ、最後に瓶底眼鏡の彼は姿を現していた。
「……わかりました」
 それでも百合草の顔色に変わりがないなら、低く吐き出す。
「協力させてください。そのこと、証明してみせます」
「ど、百々君……」
 驚き振り返った水谷の面持ちこそ、神妙だ。
「うん、シフトのことなら気にしなくていいよ。田所君に頑張ってもらうから」
 そっちの話か。
 思ったところで、巻き込んだ当人なら都合をつけて当然だと思う。
 袋はすでに細身の男性へも渡されると、そこをゴールと柿渋色のデスクへ置かれている。言い切る百々から視線を逸らした百合草の袖口は、そんな袋を手元へ引き寄せていた。つまみあげて再びらゆらり、百合草は立ち上がる。
「わかりました。なら機密上、部外者として、とは考えておりません。臨時職員として、ご協力いただきます」
「ええっ!」
 と、声を上げた本人こそ水谷だ。
「百々君、すごいよ。あとでここの話……」
 耳打ちするものだから、ついに水谷の脇腹へ百々のヒジ打ちはめり込んでいた。水谷の上体が、百々の背後で深く静かに沈んでゆく。
「わかりました。精一杯、協力させていただきますっ!」
 目もくれず声を張り上げた百々の鼻息は荒い。そしてこれにて短かったフリーター生活ともこれにておさらばだ。臨時といえども就職先は、決まったも同然となっていた。
 讃えて間延びした拍手は打ち鳴らされる。
「そいつは、すごい」
 似顔絵のオダジョーを見破った細身の男性が、言った。
「ホンキか?」
 向かいで男もまた、呆れたように百合草へ確かめている。
「予定通りだ」
 百合草は返し、迷わず手のひらをそんな男へと向けた。
「なら今後、共に行動していただくこととなるだろう職員の紹介をしておく。彼がレフ・アーベン」
 言われて仕方なさげと、男は一歩、足を踏み出す。
「日本語なら話せる」
 同時に手もまた、百々へと差し出した。
「たすかります」
 握り返せばすかさず百合草は、隣の女性もまた指し示す。
常盤華(トキワハナ)
「よろしく、ハナって呼ばれてるわ」
 会釈に肩からこぼれた黒髪は、やはり麗しいと思う。百々は彼女とも握手を交わし、百合草に導かれるまま仁王立ちのマッチョへ振り返った。
「バジル・ハート」
「まさか自分から言い出すとはな」
 見下ろされながらも怯むことなく、突き出されたその手を掴み返す。
「あんなもの掴ませた奴に、ひとこと言ってやるんです」
「隣が、外田瓶助(ソトダヘイスケ)」 「あ、どうも」
 などと、うって変わって瓶底眼鏡の彼は腰が低かった。
「え? ストラヴィンスキーとか、呼ばれてませんでしたっけ?」
 差し出された手も遠慮がちだ。握って百々は目を瞬かせる。
「それ、ボクのあだ名です」
「どうにもソトダは発音しにくい。舌を噛みそうだからな。俺がつけてやった」
 明かしたマッチョこと、バジル・ハートに、百々は思わず頬を引きつらせる。
「あだ名の方が、言いにくいんですけど」
 そうして最後、細身の男性もまた紹介されていた。
乙部了(オトベサトル)。彼は同じ職員でも空が専門だ。当セクションの所有するヘリ、社名からシコルスキーと呼んでいるが、そのパイロットを務めてもらっている」
 もれなく、繊細だろうその手にも百々は触れる。
「では早速だが、我々が対峙しているテログループの数少ない遺留品であり、特徴にも目を通しておいてもらおうと思う」
 あのビニール袋だ。百合草に手渡されていた。
「これまで爆発物の中に、決まって仕込まれてきたものでもある」
 聞きながら百々は、恐る恐る中をのぞき込む。
 そこにパチンコ玉によく似たものは、入っていた。爆発の痕跡も生々しく、表面には黒くススが焦げ付くと、思えば現場ですぐにも始まった鑑識作業はこれを見つけるためだったのかと振り返る、だとするなら、よくぞ短時間でこんなに小さなものを見つけ出したものだ、と感心していた。
「テロ行為以外、それはテロリストたちの数少ない主張のひとつと認識している。その表面をよく観察してみてもらいたい」
 促されて、百々は袋を裏返した。しばし視線を這わせて玉に、爪楊枝の先で引っかかれたような傷跡がある事に気づかされる。
 なんだろう。
 目を凝らした。ならそれは、やがて百々の中で読み下せる文字の羅列へ姿を変え始める。そこにありふれた単語は二つ、浮かび上がっていった。
「……SO WHAT」
 言葉が、日常的な非日常の始まりを、百々へと告げる。

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