case2#
Highter than Highter -10/10







「労働?」
 応接セットへ腰掛けたハナが、細い眉を縮めて振り向く。
「そうだ」
 答えたレフは隣のソファ、その背もたれに尻を乗せていた。向かいにはハートが立ち、その手が添えられたソファに先ほどから百々は埋まっている。同じくストラヴィンスキーもまた、変わらずハートとツーマンセルで肩を並べ、墜落を目撃したと通報されていたらしい、乙部だけが壁に背をつけ腕を組むと、離れた位置に立っていた。
「全ての娯楽に粛清を。与えられる娯楽は全て、楽しむことを義務付けられた労働だと。そこに捕らわれた人民を解放することがテログループの目的であり革命だと、奴は言った」
 明かすレフの口調に、曖昧なところはない。
「ならこれまで引き起こされてきたテロの数々もまた、彼らにとっての革命だと?」
 問い返す百合草は、いうまでもなく柿渋デスクの向こう側にいた。
「いや、革命はまだ始まっていない」
 向かってレフは口を開く。
「そもそも俺たちがこれまで対処してきた案件は、SO WHAT の活動じゃない」
 言葉にストラヴィンスキーの中指が、興味深げと眼鏡のブリッジを押し上げてみせた。
「部外者の手によって引き起こされたものだ。奴の話が事実であれば、テログループ SO WHAT は革命を実行に移すため各地で必要な頭数をそろえていた。そこへ志願した輩が、自身の意思が本物であることを示すため、言い換えるならテログループへの忠誠を誓う手段として、これまでの事件を起こしてきている。認められた者には迎えが来る。奴もそれを期待していた一人らしい」
「だからこれまでどの案件も、要求や主張がはっきりしなかった、と?」
 こぼしてハナが、細いあごをつまんでみせた。
 吟味して百合草もまた、デスクへ立てたヒジの上で、深く両手を組み合わせてゆく。
 だがそうとらえたなら、これまでのすべては実に合点のゆく話で間違いなく、そこに口を挟む者はいなかった。
「どうやら僕たちは」
 やがてストラヴィンスキーが口を開く。
「SO WHAT の実際を取り違えていたようですね」
「つまりホンモノはこれから、後ろに控えたテログループのオハコというわけか。たく、つまらん。オーディションならほかでやれ」
 向けて目玉を裏返したのはハートだ。
 なら壁際、乙部の声は会話へ混じる。
「清き一票で盛り上げてやったのは、それこそこっちじゃないのか?」
 とレフの目が、見つめていた一点から持ち上がった。
「つまりハルヤマが知らずにいた犯行予告こそ、 SO WHAT が出したもの、ということか」
 誰もの視線が一時、レフへ集まり、やがてなるほど、と口をすぼめたストラヴィンスキーがこう続けてゆく。
「それでいて迎えはナシ。状況は、目立たせて放りだ出したも同然なら、あえて僕たちに捕まえさせるためのこれは案件だった。そういうことになりますね」
 揺れてレフの頭も、うなずき返した。
「それに何の意味が?」
 誰ともなしにハナが問いかける。
「……最後の同志」
 前にして呟いたのは百々だった。
「革命の、日は近い」
 それはロボットアニメと見まごうキリン対決の最中、スピーカー越しに聞いた男の絶叫だ。一部始終には思い返したくない所も多々あったが、改めなぞった百々の脳裏へ、言葉はありありと蘇る。
「なんだ、それは?」
 問いかけるレフが、睨むように鋭い眼差しを向けていた。
「自分が最後の同志になるって、革命の日は近いって。クレーンでお兄さんが叫んでた」
 あれはあれで修羅場だっただけに、記憶には今度こそ絶対的な自信がある。ならハートの声は百々の脳天へ降った。
「そいつか! オーディションは終わった。馬鹿は公安各局に対する宣戦布告か」
 おっつけ「ああ」とストラヴィンスキーから気抜けた相槌ももれる。
「だとすれば次から、お待ちかねの革命開始、かな」
 さらりと乙部が口添えていた。

  全ての娯楽に粛清を。

 巡る言葉が、そこで誰もを黙らせる。代わる想像が不穏な空気を漂わせ、絶ち切り百合草はデスク前から立ち上がっていった。
「見解が正しければ想定される懸念のうち最も重大なものは、彼らの存在が隠しきれぬものになる事態、すなわち、これまであいまいとされてきたプロパガンダが公にされることだ。防ぐことができなければそれだけで、事態は我々にとって取り返しのつかない『革命』となることが予想される」
 指が神経質とデスクを弾く。
「必ず阻止する」
 声は重く、しかしながらそれが大袈裟だとは思えなかった。与える者も与えられる者も、人はそれほどまでに娯楽を必要とし、日々まみれている。たとえ開放されたとして行くあてもないほど、誰もがそれを常用し続けていた。
 そんな百合草の傍らで不意に、ドアが浮き上がる。あの赤いスーツを着た女性だ。隙間から部屋へ身を滑り込ませていた。だからといって百合草が話を切ることはない。
「たとえ春山が我々に対する宣戦布告の捨て駒だったとして、『20世紀CINEMA』で回収された爆発物の中から SO WHAT とのつながりを示す物証は回収されている。つまり春山は、我々が初めて取り押さえたテログループの関係者だ。突破口はそこにある。入手の経路を辿れ。そこからテログループの実態を突き止めろ」
 いや、必ず見つけ出せ、と目が、一同を見回す。
「そのためにも今後、警察側と協力。春山を中心に捜査を進める。各自、分担は現状のまま。文言にあった『近い』と言う時期がいつなのか、現地点では不明だ。ゆえにこれは、時間との勝負だと思ってかかれ」
 そこで声へ力はこめられ、デスクを弾いていた手は空へ向かって広げられた。
「以上」
 聞き入れ返されるうなずきは、至って緩慢なものばかりだ。見回し百合草もまた緊張を解いてゆく。
「全員、ご苦労だった」
 言葉を添えて、再びデスクへ身をおさめた。
 ならまったく、とため息を吐き出したのはハナだ。
「四時間後には春山の事情徴収に行かなきゃならないの。仮眠室、借りることはできるかしら?」
 それが用事だったらしい。百合草へ書類を渡している赤いスーツの女性を呼び止める。
「今日はオペレーターも詰めてますので、一番奥なら空いています」
 振り返って彼女は答え、礼を言ってハナはえいっ、とソファから立ち上がった。
「じゃ、お先に」
 放つ背伸びに遠慮はない。それきり部屋を出てゆく。
「現場検証は鎮火後だ。俺は一度、帰って寝る!」
 何に腹を立てているのか、吐いたハートもきびすを返した。
「礼状は朝一ですしね。ぼくもフロくらい入っておきます。お疲れ様でした!」
 ストラヴィンスキーが、その後に続く。おかげで混み合うドア付近、立ち尽くしていた乙部も押し出されるかたちで壁から背を浮かせていた。
「シコルスキーをチェックしておくか」
「ええっ、まだ仕事、するんですか?」
 驚くストラヴィンスキーの声が通路に響いている。
「どうせヘリの中で寝るんだろうが。あの、狭っ苦しい中、俺には考えられん」
 投げるハートは、やはり怒っているようだ。
「今すぐ飛べと言うのが、ここのやり方じゃないか」
「いやぁ、オツさん、オツかれさん……」
 などと吐くストラヴィンスキーのオヤジギャグは、どうしたものか。
「って、せっかくのぼくの冗談聞いてくださいよ! わかってないなぁ。オツさん、オツさんてば!」
 聞かず乙部は、プレートの張られたわき道へ逸れていったらしい。ストラヴィンスキーの訴えが妙におかしく百々の耳へ届いていた。思わず吹き出しかけたなら、きっかけに百々もまた長らく埋まっていたソファから腰を上げることにする。
「わたしも帰ります。お疲れ様でした」
 百合草へ頭を下げた。
 なら百合草は、ちらり書類の向こうから百々へと視線を投げる。それきりだ。すぐにも元へ戻したかと思えば、百々へとこう言っていた。
「明日、ここへ八時半。指示は彼女が与える」
「え、今日、遅番なんですけれど」
 のみならず、早々に打ち切りが決まった映画「バッファロー」の後ガマの後ガマ、その試写もまた控えていたりする。
「だからして、明日に伸ばした」
 なるほどシフトは支配人、水谷からダダ漏れだ。
「わ、わかりました」
 百々は仕方なくミントグリーンのトートバックを肩へ掛けなおした。一礼してドアへ身をひるがえせば、背で、やり取りを見届けたレフもまたソファの背もたれから尻を上げる。百合草は、そんなレフへも狙いすましたように言葉を投げていた。
「送ってやれ」
 否や振り返ったレフが「なぜ俺が」と言いかけたことは、顔を見なくても十分、百々にも伝わっている。だがそんなレフへ向けられた百合草の視線は、百々が食らったそれとは比べ物にならぬほど鋭かった。果てにシンと冷えた声は部屋に響く。
「命令だ」


 薄ら明るい表は、すっかり台風一過の様を呈している。人気のない路面には新聞紙から看板までが散乱し、断るにも断れない状況を経て百々は、それら荒涼とした風景の中をワゴンの助手席におさまり帰宅の途についていた。
 レフはあれから喋らない。難しげな表情でただハンドルを握っていた。
 あまり車内の雰囲気はよろしくない。
 いや、元々この車に乗って、よかったことが一度でもあったろうか。
 百々は懸命に思い返す。
 だが明るくなりつつある空の色と裏腹の眠気と疲れが頭の芯を掴んで離さず、考えは一向にまとまる気配をみせなかった。だからといって眠る図太さも持ち合わせておらず、三分だ、居心地の悪さに辟易して百々は自ら口を開く。
「気になってること、聞いていい?」
「なんだ」
 せめて二言以上で返してほしいが、現状、多くは望めそうもなかった。
「犯行予告、アレの出どころって誰も調べないの?」
 百々は負けず話し続ける。
 と、ワゴンが赤信号にブレーキを踏んだ。当然ながら横断歩道を渡る人の姿はない。止まっていることが間抜けのような、それは光景だった。しかしながら臆せずレフは輪をかけて、クソ真面目と答えて言う。
「送られてくる犯行予告に声明文は物理的なもの、電子的なものの二パターンがある。いずれも書式の統一された複数のメール、もしくは消印のあるなしにかかわらず送り主不明の郵便物で、国内外からだ。そのどれからも指紋は検出さていない。電子的なものの場合、アドレスは詐称されている。数の多さと、複雑な経路をたどって送り付けられているせいで、発信元を辿ることは実質上、困難だ」
 続きのようにシフトレバーを入れ替えた。
 信号が青に変わっている。
 ゆるりワゴンは動き出していた。
「うーん、世界中の同志って人たちが、送りつけてるのかもね」
 思いつく得策などあるはずもなく、社交辞令で百々は返す。
 案の定、そこで会話は途切れた。
 エンジン音だけが車内を満たし、ずいぶんな間をおいてやがて口を開いたレフは言う。
「だろうな」
 何だその間合い。
 チラリ、百々はレフを盗み見た。
 なら気づいたレフが、正面を見据えたままで大きく息を吐き出す。
「あの似顔絵は間違っていなかった。特徴をよく捉えただけに、ディフォルメが過ぎただけだ。正面から見て思った。信用していなかったことは詫びる」
「え、そ、そうなの? というか、そういうことは最後まで言わなくていい。ショック倍増した」
 唐突な謝罪に当の百々こそ目を白黒し、おかげで倍増した疲れにぐったり、シートへ沈み込んだ。
「それよりさぁ」
 切り出す。
「命令だ……」
 百合草の声を真似た。
「あそこで勝手な行動するから、こうなるんだよ」
 とはいえ百々もまた、イヤホンからの声を無視して最上層へ上がった一人だ。この居心地の悪さを味わう羽目になった自分のことも振り返ってみる。
「逃がすつもりはない」
 と、レフが吐いた。
「でもあれは……」
 言いかけたところで、やおら百々の目に駅の屋根は飛び込んで来る。
「あ、ここでいい。下ろしてっ!」
 始発ならもう十分に動き出している時間だ。沈み込んでいたシートからはね上がってまで、指示していた。
「駅でいいのか?」
 慌てた素振りでレフはウインカーを跳ね上げている。左折すべく、視線を左右へ走らせた。
「うちに横付けされちゃ困るよ。親に就職先でテロリストと戦ってます、って言える? 台風で電車が止まったから、20世紀の事務所に泊まったってことにする。それに、その方がそっちだって、つまんない任務から早く開放されるでしょ」
 いや、これはもう雑用の域だ。
 ままに駅前のロータリーにワゴンは潜り込み、客待ちのタクシーに紛れてブレーキを踏む。百々は逃げ出すがごとくドアを押し開け、ワゴンから降りていた。
「明日、八時半。独りで地下へ降りられるな」
 いったい幾つだと思われているのか。背へ、まるでお遣いの子供へ言い聞かせるようなレフの声は覆いかぶさる。
「当然。そっちこそ、ちゃんとお父さんの言いつけ守ってなさいよね」
 ドアを閉める間際、おかげで百々も車内へ頭を突っ込み返していた。
「夜じゃないぞ。朝だぞ、朝」
 これ見よがしと連呼されて、百々は唸る。
「わかってるってば。ああ、もうっ! 帰って速攻、寝るっ!」
 勢いよく閉めるドア。
 ほどなくワゴンは走り出していた。
 その窓から、わずか笑ったレフの横顔がのぞいたような気がする。つられて口元を緩ませ、ほっとしている自分に百々もまた気づかされていた。
 それきりロータリーから出てゆくワゴンはあっけない。
 見送り百々は、トートバックの中から定期を掴み出す。
 どうやらホームへ、電車が到着した直後のようだ。そんな百々の周囲を、スーツに身を包んだサラリーマンにOLはどうっと、取り囲んでいった。
 この中に、と百々はいつしかそんな人波を見回し考える。この中に、今夜の一杯や、彼とのデートを楽しみにオフィスへ向かっている人はいるはずで、ふともすれば新作映画に贔屓のチームの観戦を週末の楽しみと、財布にチケット忍ばせている人がいるやもしれなかった。のみならず子供たちとの約束があり、その子供たちは己の勇姿を親兄弟に応援してもらうその日を心待ちにしているかもしれず、と想像は広がってゆく。そのどれもが、当然の光景だった。「労働」だなどと恨みをかう理由はわからず、「娯楽」は破壊される根拠を霧の向こうに隠し去る。
 ままに百々は、身をひるがえした。
 柔らかいベッドを求めることもまた、この世にある数多楽しみの一つだ。
 間違いない。
 出来る今はまだ、何も心配することはないのだと思う。
 そしてこの平穏はこれからも果てしなく続くのだと信じて百々は、今日もまた改札をくぐりぬけていった。

case2# Highter than Highter complete!