case2#
Highter than Highter -2/10







「現場って……、テ、テロっ?」
「そうだ。この近くに犯行予告がつきつけられた」
 安売り徹した百々の笑いは、そこで途切れる。日常を模して流れていた時はとたん「ハモ公園」での爆発にまで巻き戻されると、今まで以上、強くトートバックの首を締め上げた。前に、「20世紀CINEMA」で爆弾を握らせたあの顔はフラッシュバックする。わずかな距離をおいて対峙した俳優似の、涼しげで個性的だがどこか無機質な瞳は、百々へ不敵と微笑みかけていた。
「あのお兄さん……。違う」
 笑い返せる道理などないなら、百々はその顔を振り払う。
「出たな怪盗、ソーワットっ!」
 握り締めた右手の拳を振り上げた。
「いや、相手は何も盗んでいない」
 すぐさま訂正してみせるレフは、至って冷静だ。
「なんでもかんでも爆破しちゃえばいいってもんじゃないのよ、愉快犯めっ!」
「愉快犯でもない。奴らはテロリストだ。聞いてるか?」
 などとセリフは赤線だらけだが、百々に真意は届くはずもない。
「聞いていますっ!」
 噛みつきともかくレフへ向きなおった。
「とにかくなんだって人の平穏乱す輩は、みんな同じなんですっ!」
 確かに雑だが、事態を手っ取り早く飲み込むには分かりやすい言い分だ。
「分かった、なんでもいい。ともかく現場はこの近くだ。勤務スケジュールはミズタニから聞いている。丁度いいタイミングだと迎えに来た」
 その雑さにこれ以上、相手にしたところで時間の無駄とふんだらしい。レフも話し半ばと聞き流す。
「だったら端末、鳴らしてください。めちゃくちゃ怖かったんだから」
 そんな互いの傍らへ、エンジン音は滑り込んできた。一体、今までどこにいたのか。あのワインレッドのワゴンは路肩へ寄ると、百々の前でブレーキを踏む。その運転席に瓶底眼鏡の彼、外田ことストラヴィンスキーの姿はのぞいていた。
 向けてレフが、挙げた手で合図を送る。すぐさま助手席のドアを引き開けた。
「細かい話は中だ。乗れ」
 どうやらハナから終電など、乗れるはずもなかったらしい。
「了解」
 百々はトートバックを肩へかけなおす。それきりシートへ腰を落としたレフに続き、迷うことなく後部座席へもぐり込んだ。
「って、それって、あたしのシフトがそっちへ流されてる、ってコトですか?」
 そうして気づく、情報漏洩。
「でなければサボタージュなのか拉致されたのか、万が一の時、把握できない」
 シートベルトを巻きつけながら言ってのけるレフは、さも当然そうである。
「ええっ、あたしは何も聞かされてないんですけどっ!」
 思わず百々は、目の前のヘッドレストをわしづかみにし、向こう側からストラヴィンスキーの合いの手は聞こえていた。
「はいはい、出発しますよ」
「わっ!」
 とたんワゴンのタイヤが鳴く。まさにロケットスタートと、百々は座席へ押し戻され、街並みは窓の中を飛ぶように流れだした。
「ったくぅ……、支配人めぇ」
 唸って見上げた空で雲は、夜だというのにはっきり見て取れる黒さでビルへのしかかっている。また風が強くなったらしい。踊り狂う街路樹が、ワゴンの両脇を飛び去った。かと思えば真正面、ヘッドライトの灯りを横切り何かが、猛烈な勢いで転がって行く。
「わお、驚いた」
 ストラヴィンスキーは言うが、口調は本気かどうかが疑わしい。
「指紋が一致した」
 と、それはちょうどワゴンが「20世紀CINEMA」辺りまで後戻りした時だった。助手席から振り返ったレフが切り出す。
「指紋?」
「テロリストと接触後、俺たちは『20世紀CINEMA』を飛び出したが、あの後、鑑識が向かっている。そこで採取されたものだ」
「あ、ショーケースだ……」
「不特定多数が触れ回ったショーケースだ。期待はしていなかったが、思い過ごしだったらしい」
 百々の脳裏にがっつり商品を吟味してショーケースへ手をついていたお兄さんは蘇り、補足するように話すストラヴィンスキーの声を聞いていた。
「彼、列の最後に並んでたらしいですね。だから指紋がついたのも一番最後。ということで、けっこういい状態で採取できたそうですよ」
 この天候が手伝ってか時間のせいか、そんなストラヴィンスキーのハンドルさばきによって出た国道は、ずいぶと見通しがいい。真っ黒な路面にテールランプはぽつぽつ灯ると、実にいつもの半分ほどの車を走らせていた。
 背にしたレフは先を続ける。
「各局のデータと照合。該当するものがないと思われたその矢先だ」
「そう、矢先の、ついさっき」
 またストラヴィンスキーが、鼻歌でも歌いだしそうな調子で合いの手を打った。
「符合する指紋と共に、犯行予告は送りつけられてきた」
「だ、大胆不敵」
 事実に、百々は眉を跳ね上げる。
「でもってその直後、入国管理課のデータとも一致したんですよね」
 さらり、言ってのけるストラヴィンスキーの口調には、むしろなにやら意味ありげな響きがあった。気づいて百々は跳ね上げたばかりの眉を、詰めなおしてゆく。
「で、あのお兄さん、何者?」
「不法就労者だ。再入国しているとしたら、それもそれで問題レベルの、だ」
 レフが答えて言った。
「がっ、外国人?」
 どうも最近、やたらとお近づきになることが多いらしい。
 するとレフの薄い唇の端は小さく持ち上がる。
「そう見えたか?」
 問われて百々は、しばし口を結んだ。ひょっとこよろしく尖らせると、改め睨んだあさってのソラへ視線をやる。
「っていうか。言葉だって普通だったし、あの俳優さん似の顔は中国人でも韓国人でもなかったように思う」
 ならばとレフが胸ポケットから抜き出したのは、端末だ。握った手の中、親指で二度三度、液晶画面をタッチすると、百々の前へずい、と突き出してみせた。
「それが、コイツだ」
 促されるまま百々は身を乗り出し、のぞき込む。思わず声はもれていた。
「うっそ」 
「それ、どことなくハートに似てませんか?」
 投げかけるストラヴィンスキーは、どこかイタズラ気でもある。だが確かに言われてみればそうだった。エラの張った四角い輪郭。ぶ厚めの唇に黒目がちの大きな瞳。極め付けの浅黒い肌は天然パーマもステレオタイプと、アジアも赤道付近に住まいする者の典型として、実に濃い顔立ちはそこからむすっと百々を見上げていた。
「ホセ・マグサイサイ。三十三歳。フィリピン国籍。二年前、裁判所の判決に基づき強制送還を食らっている」
 などと、説明するレフの話など二の次だ。百々はいてもたってもいられずまくし立てる。
「違う。いくらなんでも記憶が曖昧だって言われても、男の人だっていうこと以外、絶対違うって言い切れる。あのお兄さん、こんな顔じゃないよっ!」
 その真剣な眼差しに満足したらしい。レフは手の中で端末を回転させると、胸ポケットへと差し戻していた。
「ならどいつが全てを仕掛けたのか、確かめる」
「指紋と一緒に送りつけられてきた爆破予告の現場は、ビッグアンプルです。ぼくたちは今、そこへ向かっています」
 いつしか国道を走り抜けたワゴンは、吹き付ける風にいつも以上の唸り声を上げると環状高速を走っている。
「え、ええっ! ビッグアンプルって、あのっ?」
 ストラヴィンスキーの明かす目的地に、百々はのけ反るほかなくなっていた。
 何しろそれは駅でなら二つ向こうの場所、広大な鉄道の引込み線エリアを潰して着々と工事が進められている建物だで、若人なら誰もが来年春のオープンに期待を寄せる完全屋内型テーマパークだったのである。
 と、車線変更にストラヴィンスキーがウィンカーを出す。口笛は鳴らされ、高速出口を記した看板が誰もの頭上を飛び去っていった。
「そのクールなビッグアップル建設現場まで、あと三分」
 直線だった高速は次第にきつい螺旋の下りへ変わり、揺すられる百々の眉間へ次第、力は込められてゆく。
「出来上がる前から爆破って……」
「現場には先に、ハナとハートが到着している」
 正面へ向きなおったレフの向こうで、ETCのバーは跳ね上がっていた。なら極め付けと、百々のボルテージもそこで跳ね上がる。
「冗談じゃないですっ! あたしだって、すっごく楽しみにしてるんですからっ! 絶対、彼氏が出来たらデートはそこだって決めてるんです。その計画を奪おうなんて絶対阻止ですっ! だいたい誰もいない工事現場なんだから、あたしじゃなくても犯人なんてすぐわかっちゃいますよっ!」
 すでに大捕り物だ。拳振上げ百々は豪語した。
「それが、そうもいかなくって」
 あっさりストラヴィンスキに否定されてみる。
「へぇ?」
「こうなる事を知っていたなら、相手は相当に用意周到だということだ」
 言ったレフが体を、わずかに傾けた。恐らく、そこに匿っているだろう銃を確かめたせいに違いなく、いっとき気を取られて百々は我を取り戻す。
「何、どういうこと?」
「本来なら、こんな時間に動いていない現場だが今日に限ってこの天候だ。急遽、現場では作業員が駆りだされての保全作業が行われている。百名近くの作業員が現場をうろついているらしい」
「作業員にでも扮装して、映画館の時みたいに現場に紛れていたりしたら大変ですね」
 なるほど、きっと皆して同じ作業服の、ヘルメット姿なのだ。百々はもう、笑うほかなくなっていた。
「あは、は、は。な、なるほど。だからあたしがいるわけだ。けど、み、見分け、つくかなぁ」
「まぁ、そういったところで入国管理課データとの一致と犯行予告が送られてきたタイミング、それにてんで合わない顔写真とか、そもそもそれら自体がぼくたちを撹乱するための陽動作戦なんじゃないかってハナシもあるんですけどね」
 とどめと付け加えるストラヴィンスキーが、軽やかとシフトレバーを入れ替えてみせる。
「え?」
 百々の笑いはそこで引っ込み、ならって速度を落としたワゴンは、やがてかつて鉄道の引込み線があったといわんばかり、一切の生活感を欠いた荒涼とした風景の中へと滑り込んでいった。そこにあるのは鉄柵沿いに連なる敷きたての道路と、それらを右へ左へ振り分けてぶっきらぼうと突っ立つ信号機のみだ。どうやらその鉄柵に囲われた向こうが広大な工事現場らしい。なぞって走ることで、ひたすらワゴンを搬入口へ誘導していた。
 と、レフが助手席で前屈みと身を縮める。窮屈そうな姿勢で狭いフロントガラスの外を見上げた。いや、そうしなければ、それは視界に入り切らないのだ。建設途中のビッグアンプルはその名の通り、薬液が閉じ込められたアンプルよろしく首と思しき場所から上を細くすると、そこで天へ向かいそり立っていた。
「わざと残した指紋に、それを見越して符号させた不法就労者のデータだったなら、ここを吹き飛ばすだけにしては度の過ぎたおふざけだ」 
「まったくです。相変わらず要求もありませんしね。まるで行為そのものが目的みたいです」
 レフは呟くように言い、返したストラヴィンスキーも、眼鏡のブリッジを押し込みフロントガラスの向こうを見上げゆく。おっつけ百々も、後部座席で体を低くしていったなら、まだいくらか積み足す予定なのだろう。天辺で浅く明滅するクレーンの赤い衝突防止ランプはその目にとまった。
「どうして人の楽しみをを目の仇にするのか知らないけど……」
 見つめるほどに、言わずにおれない気持ちは沸き起こる。
「みんなの楽しみだもん。だいなしにされる前に絶対、捕まえてやるんだから……」
 そうしてここでも、百々は強く拳を握り絞めていた。
「待ってなさいよ、怪盗ソーワットっ!」
「いえ百々さん、彼らは何も盗んでませんよ」
 ただすストラヴィンスキーの声も聞こえぬほどに。