case2#
Highter than Highter -3/10







 ともかく、やがてワゴンは蛇腹式の搬入口を通り抜ける。
 投光機の光に照らし出された広大な工事現場が、まだ剥き出しの地面のままで百々の前に広がった。
 資材と重機が、その半分ほどの敷地に並べ置かれている。残る半分にビッグアンプルは、足元に併設予定のショッピングモール基礎を地下数階はあるだろう規模で掘り下げそびえ立っていた。その周囲を、作業着にヘルメット姿の作業員たちが、この強風にもかき消される事のない声を張り上げ行き交っている。まじって、制服警官に爆発物処理班らしき防護服のシルエットもまた見えた。
 眺めるほどに、自身が場違いであることを百々が痛感したことは言うまでもない。
 うちにも乗り入れたワゴンを見つけて警察官は駆け寄り、下げたワゴンの窓ごし、例の身分証を掲げたストラヴィンスキーがやり取りを交わし始める。
 その隣、終わるのを待たずしてレフはシートベルトを外しにかかり、早々に百々へと注意を飛ばしていた。
「怪盗でも愉快犯でもかまわない。だが、身分証と端末だけは忘れるな」
 これが確かに忘れかけていたのだから、慌ててミントグリーンのトートバックを百々はまさぐる。その二つを掴み出せば、やおらレフの手は目の前に突き出されていた。
「貸せ」
「え?」
「端末だ」
 不躾な口ぶりには、断ると言う選択肢こそなさそうでおっかない。百々は渋々、端末を手渡す。なら端末は、やがてイヤホンを取り付けられた状態で百々の元へ返されていた。
「あ、レフが女性へプレゼントですか?」
 警官とのやり取りを終えたストラヴィンスキーが、再び車を発進させる。
「領収書はある。経費だ」
 返すレフが真顔だろうと、気にする様子はないらしい。
「それは備品に入っていない」
「でした。けど、こっちはそもうスマートな話じゃないみたいですよ」
 さらり、受け流すと、今しがた警官から仕入れたばかりの情報を並べてゆく。
「保全作業を優先したいからということで作業員の退避はまだ。もちろん身元の確認もです。ハナさんは先にビッグアンプルへ爆発物の捜索に向かったみたいですけれど、ハートがそうじゃないらしくて……」
 もちろん爆破予告が出されたことを告げたなら、それら撤収の足並みが早まることは日を見るより明らかだろう。だがそこには「言えない事情」というものがあり、ゆえに根拠の薄い警告に、退避もその効果が薄いのは百々にも容易く想像できた。
「ハート、聞こえるか?」
 なら確かめ、レフが自身のイヤホンを耳へ押し込み呼び掛ける。
「ありがと、使わせてもらうね」
「チーフへ言ってくれ」
 百々はその肩へ声をかけ、そっけないレフの返事を聞きながら、まとめられていたイヤホンのコードを伸ばしていった。
 なるほど。どうやらイヤホンは片耳用らしい。はずした時、首元から滑り落ちぬようコードの途中にはマイクと一体化したクリップがつけられており、百々はならば、と羽織るパーカーの襟元へクリップを噛ませた。その先を、巻きつけるように首へかけ、ぶら下げるわけにもゆかない端末をジーンズの尻ポケットへ、いまだ納得のいかない表情で映る写真の貼られた身分証をその反対の尻ポケットへ押し込む。これにて準備万端と、窓の外へ視線を投げた。
 なら駐車場エリアも入ってすぐの所だ。舞台さながら投光機械の光が白く照らし出されたそこに、睨み合うタンクトップ姿のバジル・ハートと、作業着にヘルメット姿の作業員を見つける。双方の間には同じ問屋から卸したのかと思うほど似たりよったりのコートを引っ掛けた一団もまた立っているのがうかがえた。
「あ、やってる、やってる」
 同様に見つけたストラヴィンスキーの声は、なぜにか楽しげと弾んでいる。
「暇はないだろ」
 吐き捨てワゴンが停止する寸前で、レフが助手席から飛び出してた。その足が地面を踏みつけるのと同時だ。サイドブレーキを引き上げたストラヴィンスキーもまた、ワゴンから抜け出す。
「わ。ま……、待って」
 取り残されかけて手足をばたつかせ、おっつけ百々も後部座席から這い出した。
 瞬間、そんな百々の髪を強風はさらう。目の前は塞がれ、走り出すどころかその足は止まっていた。
「こっちはワタライに任せておけ」
 先に到着したレフの声を、風鳴りの中にかすかと聞く。
「だがこの石頭は作業が終わらんと、テコでもここを動かんと言い張るッ」
 顔にかぶった髪をかき分けたなら、唸り返すハートの姿が見えていた。ワタライ、とはどうやらコート軍団の一人らしい。吐きつけられたレフの視線から百々は察し、そこへ加わったストラヴィンスキーの会釈からも、どうやら互いに見知った関係であることを理解した。
「当然ですよ。気象庁の予測だと進路を変更した大型が直撃ですからね。何かあってからじゃ遅い。それとも損失、きっちり弁償してくれるとでもいうんですか? あなた方の小遣い程度じゃ、すみませんよっ!」
 前において吠えるハートが言うところの石頭は、服装からしてこの現場の作業員で間違いなさそうだ。引かぬ強気な様子はまさに、ここが修羅場と言っていた。
 と、その胸倉めがけてハートの手は伸びる。
「それもこれも!……」
 掴み上げるが早いか言いかけ、その先をのみこんだ。おかげで眉間は詰まり、盛り上がった肩がいかつさを越えて凶暴なオーラを発してみたりする。
「それよりあっちだ」
 なだめてレフがその肩を叩いてビッグアンプルへと、アゴを振っていた。すかさず流した目でレフは、渡会の顔もまたとらえる。
「現状は?」
 つまり始まるのは状況報告だ。そこでようやく百々は我に返る。
「ごめんっ、遅れた」
 輪の中へと飛び込んだ。
 はずが、食らう、痛いほどの視線。
「な、なんですか?」
 なるほど。見てくれが場に合わなさすぎた。気づいて急ぎ、百々は尻ポケットから例の物を抜き出しにかかる。
「ほら、これ。そら、コレっ!」
 突きつけ振って、身分証を見せて回った。
 おかげで集まっていた視線が散らばっていったとして、それは関わらない方がいいだろう、と誰もが思ったせいにほかならない。だからして渡会もまた、咳払いなど挟みながら何事もなかったように話し始めていた。
「あ、え……、現在、ウチの捜査員にココの作業員の身元確認を当たらせています。別班は下層からアンプル内を、あとショッピングモール予定地でも、対象の捜索を展開中。とは言えここはご覧のとおり広過ぎましてね。蟻もムカデも這い出し放題というわけです。ですが……」
 その足を踏み変える。
「外周こそ人目がない。これには今回、助けられそうですよ。不審人物がいたなら必ず職質の対象となります。この間のようなことにはなりませんね」
「ハナ、どこだ?」
 聞いたレフが、イヤホンのコードにぶら下がるマイクを引き寄せ呼び掛けていた。見て取ったハートもまた、口論のうちに弾き飛んでいたそれを耳へ押し込みなおす。聞こえてくるものに耳を澄ませばその視線は自ずと作業員から逸れ、だからこそ呼び止め作業員はハートへ再び詰め寄っていった。
「一体、何があったっていうんです? あなたたち悪者捕まえるのはプロでも、現場は素人でしょ。現場内へ部外者が立ち入るだけでも困るんですよ。わけもわからず危険だって言われてもね、勝手にアチコチいじくって、それこそそっちが怪我したって知りませんよ」
 ならハートの視線は、そんな作業員へ向けなおされてゆく。
「ヒドい事になる前に早くここを去れ。ワークマン」
「三方に分かれますか?」
 割り込み確かめるストラヴィンスキーだけが、笑顔だった。
 答えるべくてレフが度会へと振り返る。
 小さく笑って返した度会のつま先は、その時すでに作業員へと向けなおされていた。
「保険、入ってるんでしょ?」
 同時に吐き出す溜息は、百々にもわかるほどと芝居がかっている。
「頼みますよ、これでも一刻を争ってるんでね。それとも公務執行妨害ってやつを行使しなきゃならないほどの事態ですか? 違う意味であなた、一生モノの怪我、しますよ」
 諭す優しさこそ、正真正銘の「脅し」にほかならない。証拠に返事を迫るとその足は、半歩、一歩と作業員へ繰り出されてもいる。
「そうだな、別れた方がいい」
 任せてレフが、ストラヴィンスキーへうなずき返した。
 その体がビッグアンプルへ傾ぐ。
 支えるように足が前へと踏み出されたなら、おっつけハートも地面を蹴り出していた。
「え? 何? どうなるの? あたし、どうすればいいの?」
 百々がついて行けないのはそのスピードよりも、まず状況へ、だ。
「百々さん」
 見て取りストラヴィンスキーが、自身の耳を指し示す。そこにもしっかりイヤホンが押し込まれているのを目にして百々は、アクセサリーかと首からかけたままのそれを自分もまた耳へ捻じ込んだ。とたん、うるさいほどの通信は百々へも届けられることとなる。
 見届けたストラヴィンスキーの体が軽く弾む。勢いを削ぐことなく、先に駆け出した二人を追って走り出した。
「あっ、だから待ってってっ! あたしこれでも、めいっぱい頑張ってるんですけどっ!」
 八方破れて百々もその背を追いかける。
 その頃には、あれだけ騒ぎ立てた作業員もすっかり協力的となっていた。だからしてひと仕事終えた渡会が百々の後ろ姿を見送っていたとしても、百々はまるで気づいていない。
「あれが、新しい職員でしょうか?」
 渡会へ問いかけるコート軍団の一人は、とにもかくにもいぶかしげだ。渡会はその顔を渋い表情でチラリ、盗み見、ただ頬をすぼませる。
「だろうな。聞いてはいたが。ま、深く考えるな。俺は何も見てないぞ。ん、何も見ていない」
 もちろんこの会話が百々の耳へ届くことこそ、ない。